上 下
3 / 25

3、相容れぬ二人 2

しおりを挟む
 その後の事は勿論覚えてはおらず意識を失ってから先程目が覚めたばかりだ。

「婚姻はどうなりました?」

 本来であったらゲルテンに着いたその日に婚礼を上げる手筈であったはず。フリージアもゲルテンに赴いた直後に婚礼をあげよと言い含められていた。自分が国王の前で倒れてしまうなどの失態を犯してしまったことも信じられないが、国事である王の婚姻はそのまま中止になったのだろうか?

「恙無く……終わりまして……」

「終わった…?」

 なんとも言いにくそうなマルクスの言。少しフリージアから視線を外した所も、あまり良い結果にならなかった事を示唆しているに違いない。

「あの…終わったとは……?」

「フリージア様がお倒れになった後…その、婚姻の取り交わしだけは済ませましたので…」

 誰が……?フリージアの覚えている限り結婚式はあげてはいない。倒れたフリージアを式場にでも運んで見せかけだけでも整えたのだろうか?それとも誰か他の花嫁を立てて代役とした?

「証書の取り交わしだけで済まされたそうです…」

 非常に申し訳ないと視線を外してマルクスは続ける。タガードとフリージアの結婚式はフリージア欠席のまま婚姻証書の取り交わしのみ両国の代表者が行ったと言うのだ。仮にも一国の王の結婚であるのに、それも花嫁を迎える立場であるのになんとも簡素な物ではないか。
 フリージアは奴隷であった。なので貴族と同じ待遇をせよとはいえない立場だ。けれども政略結婚といえどその家々の威厳を表し形だけでも取り繕うのが普通の事と思っていたのに…

「私は……その場に要らなかったのですね…」

 倒れた自分がきっと悪かったんだろう。公式な場にも出られなかったのだから…けれども結婚初日の結婚式で花嫁不要とは一体全体どう言うことか…

「旦那様は何と?…陛下は何と言っておられました?」

 結婚の証書が取り交わされてしまったのならば契約は成ったのだろう。だとしたらゲルテンの国王タガードはフリージアの夫となった。挨拶の場だけで見たタガードは今どこにいるのだろうか。

「勝手に寝かせておけと…」

 今、見えている外の景色から夕刻であろうことがわかる。昼間に着いたことからゲルテンに着いて既に数時間が経っていた。そしてすぐの結婚式に花嫁は要らず…結婚が成ったのならばきっと今夜は話に聞く所の初夜となるはず。

 それを寝ておけと………?

 フリージアは信じられなさすぎて頭が真っ白になる。花嫁には祝福も花嫁衣装も無く、初夜の褥には来なくて良いと…

 いくらフリージアが奴隷であったとしても夫なる者からこんな侮辱を受けなければならないものだろうか?ましてやタガードはフリージアの身分を知らないのでは?主人と代わった事を知らないのならばそれは貴人に対して許し難い暴挙を働いたことと同じであるのに。

「なんで、こんな侮辱を………」

 怒りと驚愕で手が震えてきてしまう。結婚式で花嫁が必要とされずに放って置かれた、それも幌が被せてあるだけの外にである。要らない花嫁と聞いたゲルテンの家の者達からはなんと言われるだろうか?
 格式と品格と礼節を非常に重んじる帝国で育ったフリージアに取っては非常に耐え難い屈辱である。だからといって主人の命に逆らって自害などもっての他であろう。フリージアの矜持よりも国と国の安寧に重視すべきであろうと言う事も理解できるから。

「フリージア様まずは、お食事をお取りください。これからの事はそれから考えましょう。」

 ワナワナと震えているフリージアに心なしか血色の良くないマルクスが食事を進める。

「………分かりました……」

 やっとの事、怒りも何もかも無理矢理に呑み込んで、マルクスの言葉に従おうと空腹を満たすべく晩餐の席に着こうとフリージアは立ち上がる。

「マルクス、晩餐の場所はどこです?」

「ございません。」

「…………食卓は…?」

「………ございません。」

「ここで、食べるのですか?」

 、フリージアが寝かされていた場所はかろうじて砂地の上に厚手の敷物が何枚か重ねて敷かれているもののようだ。そこに寝台ならぬ寝所に代わる厚手の敷物が敷かれていたのだ。四方には木製か金属製の支柱が何本か地に刺して立てられている。それに幌が張ってあり陽と僅かな風とを防いでいる作りだ。なのでほぼ外である。

「フリージア様、こちらに。」

 マルクスがスッと差し出してきたのは布が掛けられている大きな盆だった。

「こちらが本日の晩餐になります。」

 かけ布を取ると彩り良く盛り付けされた数種の料理が並んでいた。どうやらフリージアの為にここまで持って来てくれた様である。

「卓は無いのですか?」

 奴隷であっても皆食卓に着くのが慣わしであろう。主人の所には奴隷であっても専用の食堂、食器、浴室に寝室。生活に必要なものは全て揃っていたのだ。それなのにここでは地にそのまま座って食べろと言う…
 すぐそこは地面だ。風が吹き込めば砂埃も入ってくる。

 ここには石で造られた壁も大理石の床もない。磨き込まれた机や椅子に食事毎に使い分けるカテラリーも…晩餐だと言うのに妻と共に食事を取ろうとする夫もおらず華やかな楽師達の音色も無い。ありとあらゆるものが違ってフリージアはただただ呆然とする…





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】異世界転移したら騎士団長と相思相愛になりました〜私の恋を父と兄が邪魔してくる〜

伽羅
恋愛
愛莉鈴(アリス)は幼馴染の健斗に片想いをしている。 ある朝、通学中の事故で道が塞がれた。 健斗はサボる口実が出来たと言って愛莉鈴を先に行かせる。 事故車で塞がれた道を電柱と塀の隙間から抜けようとすると妙な違和感が…。 気付いたら、まったく別の世界に佇んでいた。 そんな愛莉鈴を救ってくれた騎士団長を徐々に好きになっていくが、彼には想い人がいた。 やがて愛莉鈴には重大な秘密が判明して…。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

処理中です...