上 下
6 / 16

6 ルイストールの夢

しおりを挟む
「あら、良いのではないですか?」

 それを聞いたシェラインは二つ返事で首を縦に振る。だってルイストールはこれだけの絵を描ける人なのだ。
 内気で、外で遊ぶよりも室内で読書や音楽鑑賞、自らも楽器を爪弾いて過ごす事の多いルイストールの手慰みにと絵画の教師をつけたのは他でもないアルサート国王だというのだから。

「本当に!?本当に??」

 シェラインの返事を聞いたルイストールは飛びつく様にシェラインに詰め寄ってくる。

「え、えぇ…だって、殿下の絵の素晴らしい事と言ったら、私ついつい口が滑って陛下にも話し聞かせてしまいたくなるのを何度も我慢しなくてはいけないのですもの。画家におなりになったら、誰の目も耳も気にしないで殿下の絵を鑑賞できるのでしょう?」


……もう我慢などせず、思う存分に殿下の素晴らしい所を自慢できますもの!……


「で、もシェラ……そうすると、君と結婚できなくなるよ…?」

「え…?」

「僕は王の器ではない…!人と接するのは最小限にしたいし…誰かと話をするよりも周りの人々の観察をしている方が好きだし…学があったとしても、武芸の方は本当に嫌いで……」

「ええ、良く存じてますわ?」

「本当は、本当は……」

 苦しそうに言葉を紡ぐルイストールの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちてくる。

「殿下……」

 ルイストールのどんな表情をも逃すまい、とするシェラインではあるが、必死にシェラインに訴えかけながら幼子の様に泣くルイストールの様はこの時初めてシェラインに見たくないと思わせた。
 大きな瞳を歪めながら落ちてくる涙はとても綺麗だと思ったけれど、苦しそうなルイストールの見るとシェラインの心が締め付けられる様に苦しくなるからだ。

「殿下…」
 
 ルイストールが画家になる、それは城を出て行く覚悟をしているという事だ。国王として立ちながら絵を描くのではなくて、まだ幼いながらもルイストールは自分は国王の器ではないと、客観的に自分自身を評価している。

「でも…まだ時間はあるのですよ?学問の様に処世術も学んでいく事ができますでしょう?諦めてしまうのは…早いかと…」

 シェラインはなんと言ったら良いのか分からなくなってくる。幼い時から婚約者として過ごしてきたのに、ルイストールの隠れた才能を発見し、全面的に応援ができると喜んだ矢先にルイストールに結婚はできないなどと言われてしまうのだから。

 では画家になる事を諦めて、国王として立つ事のためだけに生きてもらう?そうすれば幼き頃からの約束は果たせるわけで…けれど、目の前のルイストールはそれは無理だと、できないと苦しみ泣いている。

「…僕が王の器ではないことくらい、周りの者は知っているよ…?今だって父上に妃を娶る様にとしつこいくらいに進言がある。まだまだ父上だってお若いし……」

 まだ若い国王が新たな子供を儲ければルイストールの悩みは解決するのだろうか?

「私は…どうすれば…?」

 ルイストールにはキラキラと妖精の様に光輝いていて欲しいのだ。出来れば好きな道を選んで……

「シェラ……僕は君が好きだよ?」
 

……ああ、殿下。私もですわ。苦しむ姿よりはニコニコとした顔が見たいのです。そう、例え殿下と結婚ができなくても!……

 
 申し訳なさそうに、気遣う様にシェラインを見つめてくる優しいルイストール。初めて自分の思いと大きな決断を口にして、その心はまだまだ緊張と不安で揺れ動いているだろうに、シェラインを慮ろうとしてくれる、優しい王子様……

「私もですわ。殿下。殿下が大好きです。もし、お城から離れる様な事がある時には一緒に連れて行ってくださいますか?」

 結婚できなくても側にいたい。ちゃんと顔が見える様に付き合っていきたいのだとシェラインの心は叫んでいた。

「シェラ…ダメだよ。それこそ、父上を苦しめることになっちゃう。国が大変なことになるよ?僕はシェラが好きでシェラも僕のことを好きだったら、ほら、もう家族と同じだろ?家族は遠く離れて暮らさなきゃいけないとしても、家族なんだよ?」

 また、ホロリと溢れてくるルイストールの涙に釣られ、シェラインの頬にも涙が伝う。

「本当に?本当に、家族と思っていてくださいますか?また、会った時にこうして近くにいても?」

 まだ幼い二人には本当の男女の愛情は分からない。けれど、大切だと思った者を自分自身の様に好きになる事は難しくなかった。
 その情の事を何と言うのか知らないだけで…しっかりと手を握り合って共に泣き、胸の内を語り合ってはまた涙する。

 そんな事を二人で何度も、何日も話し合い、シェラインも覚悟を決めたのである。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

夫の不倫劇・危ぶまれる正妻の地位

岡暁舟
恋愛
 とある公爵家の嫡男チャールズと正妻アンナの物語。チャールズの愛を受けながらも、夜の営みが段々減っていくアンナは悶々としていた。そんなアンナの前に名も知らぬ女が現れて…?

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

アイアイ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

覚悟はありますか?

翔王(とわ)
恋愛
私は王太子の婚約者として10年以上すぎ、王太子妃教育も終わり、学園卒業後に結婚し王妃教育が始まる間近に1人の令嬢が発した言葉で王族貴族社会が荒れた……。 「あたし、王太子妃になりたいんですぅ。」 ご都合主義な創作作品です。 異世界版ギャル風な感じの話し方も混じりますのでご了承ください。 恋愛カテゴリーにしてますが、恋愛要素は薄めです。

処理中です...