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17.もう1人②

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「……後はお前が何とかしてくれ、おれは寝る」

「おやすみなさぁい、しゅうちゃん……」

 私は修一が引きずって風呂場に転がした安永の死体を見て、吐き気を催した。その場で吐くわけにはいかず、何とかキッチンのシンクに辿り着き、胃液が出るまで吐き続けた。

「……私、うまいことやれてるのかな」

 修一が眠ったと思っていたら、シンクでぐったりしていた私の真横に彼が立っていた。

「……おまえ、演技がブレブレだぞ。口調がおかしい」

「悪いけど、演劇なんてやったことないのよ」

「おまえはサイコパスなんだからな。とりあえず修一ばかが騙されているうちは問題ねぇ」

「しゅうちゃんには、私が殺しているように見えてるって事よね?」

「見せてるのはお前の仕事だろ。どう見えてるかまではオレにはわからねぇな」

「嫌われたらどうしよう」

「……知るかよ」

 凪は私の頭をグシグシと撫でて、風呂場に向かう。

「……お願いだから、次は掃除ぐらいして」

「うるせぇ、テメェがやれ。前の女の首だけはオレが処理してやっただろうが」

「何で人の肉を保存するのよ、耐えられないわ」

「そのうちわかる」

 分かりたくないわ!私はこいつがバラバラにして血抜きした死体を袋詰めにして冷蔵庫に入れるという意味不明で最悪な作業をやらされている。この前だって、吉澤とかいう女の解体された肉片をやっとの思いで小分けして袋詰めして、冷蔵庫に入れたのに。あんたが油断して意識飛ばすから、修一が覚醒して、せっかくやった肉片を全部捨てられたんじゃない。ふざけるな……。

「しゅうちゃん、騙してごめんね……」

「独り言ボソボソ言うな、気持ち悪りぃ」

「その人も、なんでここに来ちゃったかな」

「そりゃ、女がいなくなったから探しにきたんだろ」

「……で、それと無理やり私の気持ちはどうなんのよ」

「それはおまえの得意分野だから仕方ねえだろ」

「……ムカつく」

はオレがやってんだからいいだろ、それぐらい」

「でも、しゅうちゃんには今回も、前回も、私が殺してるように見えてるんでしょ?そんなのサイコパスじゃないの……」

「だから、テメーはサイコパスをやれって言ってんだろ。しかも、見せてるのはオマエだ。自分でやるって言ったんだから、グジグジ言うな、ボケ」

「しゅうちゃんの顔で罵倒しないでよぉ」

「……本当にめんどくせぇ、雅が女が嫌いなの分かる気がするぜ」

 凪が風呂場で安永の死体を解体し始めたようだ。私は気分が悪くなってきたので、修一の部屋で横になって、耳を塞いだ。耳を塞いで、死体を解体する不快な音が聞こえないようにしていたら、いつの間にか寝てしまった。

 私が目を覚ますと、外はすっかり暗くなっていた。先日からの疲れが出たのだろう。思えば、私が修一の部屋で生活する事になって、3日程経っていた。

 アルバイトの最終日、帰り道に父親の正臣を凪が殺して、2人で川に投げ捨てた。その後、気づかないうちに雅に人格が交代して、父親や兄に近いぐらいの「催眠」の力で気絶させられて、この場にやってきた。

 後は凪と雅の言う通りに、私は可哀想な監禁少女を演じて、2人が指示したように振る舞ってきた。修一の意識がなくなる(眠った)タイミングで、雅か凪に人格が交代して、風呂場に監禁された私と何度か打ち合わせの会話をした。

 修一から見ると、どう映っていたのだろう。意識が睡眠中に入れ替わっていないと、幻を見ているような感覚になるらしい。自分が自分の姿を確認できない状態で、遠くから見ている感覚だと、2人は言っていた。おそらく、私は何度か独り言をひたすら言っている変質者のように見えたに違いない。

 修一に対して、「自分が拉致監禁の加害者」だという意識を植えつけたのは私だ。勿論、2人の入れ知恵でやったにすぎない。私は父親にこそ異様な執着心で管理されてはいたものの、今となっては時々しか家に帰ってこない兄の樂人には、私が家に帰っていない事は知られていないだろうし、父親ほど私を監視していたわけでもないので未だに警察沙汰になっていないのだろう。

 でも、父親の水死体が発見されたという話を凪から聞かされたので、私が行方不明である事や、捜査の中で兄に父親の死は伝わるだろうから、私は目立った行動が出来ない。このまま行方不明扱いになり続ける方が都合が良いのだ。

 私があれこれと想像して不安になっていると、キッチンの方で物音がした。雅がまた煙草でも吸っているのだろうか。私は部屋のドアを開けて、キッチンを覗き込んだ。

 冷蔵庫の前で、あぐらをかいて背中を向けて座っている修一を見つけた。でも、それが修一なのか、雅なのか、凪なのかは分からなかった。

 はドアを開けて、自分を覗き見ている私に気付いたらしく、ゆっくりとこちらを振り返る。

 口に沢山の血がついていて、何やら美味しそうに口の中で咀嚼していた。

「……あれ、誰かな?お兄ちゃんのお友達?」





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