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第20話 トラストミー

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 勇気は元よりその場の全員が呆気にとられている中、エリスは早口の英語をまくし立てて、どうやら通話相手と口論をしている。そんな大ごとなら、もっと人の居ないところに行こうと提案しようとした時、どうも一方的に通話を切られたらしい。

 エリスは「ダディ? ダディ?!」とやっとわかる英語を漏らした後に、「シーット!!!」とこれ以上わかりやすい表現はないだろうぐらい腹が立ったという顔で「クソッタレ!」と叫んでいる。

「……え、……エル……?」

 あまりの事に勇気が恐る恐る声をかける。エリスは怒り冷めやらぬと言った様子で震えていたが、ややして勇気と、周りの様子に気付いたらしい。スイマセン、スイマセンと周りに頭を下げて、それから落ち着こうとしてか胸を押さえ深呼吸をしたりしてから、勇気を見た。

「エル……その……大丈夫……?」

「ウン、ごめんね、ビックリした、でしょ……」

 はぁ……と大きな溜息を吐いて、エリスは頭を抱えている。

「ど、……どうしたの……?」

「……シット、なんて……ユウキに、嫌われちゃう……」

「い、いや、それは別に……大丈夫だよ、エルも男だもんな、そりゃ興奮したらクソとか馬鹿とか言うよ、大丈夫、落ち着いて……」

 勇気が優しく声をかけると、エリスは不安げに見つめてきた。

「ユウキ、落ち着いて、聞いて」

「あ、うん、俺は落ち着いてるけど……」

「これから、色々起こる、思うけど、私を、信じて。なんとか、する」

「へ?」

「トラストミー」

「あ、うん、え? 急にどうしたの、エル……さっきの電話のこと?」

 戸惑っている勇気に、エリスは小さく頷いて、「私、急用、ごめん」と言って立ち上がる。それから、思い出したようにカレーの残りをかっ込んだ。

「あっ、えっ?」

 驚いている勇気をよそに、エリスはカレーを完食し、ナプキンで口元を拭くと「ゴチソサマデシタ」と呟いて、勇気を見た。

「デート、終わり、ごめん、すぐ、行かなきゃ」

「えっ、あ、エル!」

「ごめん!」

 エリスはごめんと繰り返しながら、フードコートから小走りに立ち去って行く。後に残されたのは、周りの人から見られている勇気と、カレーの皿の乗せられたトレーだけだった。








 一体、エリスに何が有ったのか。

 結論は月曜の朝に出た。

「勇気君~! どういうことなんだい! 円満解決じゃなかったのかい!」

 朝、出社してすぐ。部長が離婚届でも出されたような顔で詰め寄って来たのだ。

「ななな、何のことですか?!」

「何のことって! マキノ商事が! うちを買収するって話だよ!」

 勇気はしばらくして、「ハァ?!」とエリスの「なんて?!」に負けない声を上げた。




 詳しい事はわからない。どうしてそんな話になったのかも。とにかく、マキノ商事が勇気の会社を買収しようという動きを見せているらしい。何故それがわかるのかとか、どうして我が社もそれに応じる可能性が有るのかも、勇気にはよくわからない。わからないが。

「例の御曹司と何が有ったんだい勇気君! まさか彼と喧嘩した仕返しとかそんな話じゃないだろうね?!」

「まさか!」

 最初が最初だけに、マキノ商事の社長も随分下らないことで動く男だと思われているが、まあ事実そうだから仕方ない。勇気は土曜日のエリスの様子を思い出して言う。

 エリスはダディに対してシットと言っていた。

「喧嘩したのは……御曹司と父親の方で……」

 トラストミーと言っていた。信じてほしいと。何とかすると。

「何とかするって、どうするつもりなんだよ、エル……」

 ぼそりと漏らした独り言は、同じく独りで大騒ぎしている部長の喚き声にかき消された。






「牧野・ハロルド・エリスが、最初からこの会社を乗っ取るために、君に近付いたって線は無いの?」

 昼休憩。部長が散々喚き散らした為に会社中に噂は広がり、ざわざわと落ち着かない食堂の片隅で、要が小さな声で勇気に問いかけた。

「まさか、そんなわけないです。エルは本当に、純粋なやつで……。俺を騙したりなんて……」

 勇気は言っていて自信が無くなってきた。以前、エリスは流暢な日本語を披露したではないか。あれこそがエリスの本当の姿で、カタコトポンコツな仔犬の姿は全て演技なのかもしれない。天才にはそれぐらいのことはできるんではないだろうか。

 そう考えれば、おかしな話だ。それほどの天才なら、友達がいなかったとしても、とりまきぐらいいるだろうし、金持ちの息子なら護衛や秘書が居てもおかしくないのに、そんな連中は全く見当たらなかった。

 ましてや、恐らく酔っぱらった勇気にレイプまがいのことをされているのに、怖がるどころか、激しかったと顔を赤らめる始末。もしかして、処女でさえなかったのでは……。

 疑い始めるとキリがない。勇気はブンブンと頭を振って、トラストミーという言葉だけを繰り返す。エリスは信じてほしいと言った。なら、信じるのがダチだし、恋人ってもんだろう。

「エルに限って、そんな事は無いです。きっと、彼のクレイジーなパパンが、何かクレイジーなことをしでかしちゃったんだ……」

 勇気の言葉に、要は「ふうん」とさして興味無さそうに頷いた。

「そっか、じゃあ俺もエルちゃんを信じてみようかな」

「え、エルちゃんって……。いやでも、信じてくれるんですか? 会ったこともないエルのこと」

「勇気君が信じてるエルちゃんのことだから、信じるんだよ。それにね、ぶっちゃけ俺、この会社の経営がどうなるとか、割とどうでもいいんだよね」

「か、軽……。え、要さん、この会社に愛着とか無いんですか? 人助けしたいとか、システム好きとか……」

「いっぱいお金貰えるとこだと思ってるよ」

「……そ、……そうですか……は、はは……」

 勇気は乾いた笑いを漏らして、うなだれた。

「しかし、何もこんな年の瀬で忙しい時期に、こんな騒ぎ起こさなくてもねぇ」

 要は呆れたように呟く。そうだ。エリスはどうなるんだろう。任せてって、何をするつもりなんだろう。

 勇気は心配になってきて、仕事が終わったら連絡を取ろうと心に決めた。
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