17 / 37
第17話 YAKISOBA
しおりを挟む
「ごめん、ごめんね、ユウキ……」
「いいんだよ、気にするなって」
「だって、せっかくユウキと、一緒に……」
エリスはこの世の終わりのようにしょんぼりしている。彼の楽しみにしていたカップ焼きそばは、ダメになってしまった。悲しげな声を出して、ずっとシンクを見つめているエリスに、自分の焼きそばを差し出す。これを混ぜ混ぜして食べな、と言うと、エリスは信じられないといった顔で勇気を見た。
「だって、これ、ユウキの」
「俺はいいんだよ、いつでも食べられるんだから」
「でも、そしたら、ユウキの、バンメシ、無い」
「大丈夫、他にも食べるもんあるから。一人暮らしの味方、冷凍食品とかな」
そう言って冷蔵庫の冷凍室を開ける。一人暮らし用の小さなソレには、とりあえず腹を満たせるようにと、ご飯やからあげ、野菜炒めなどの冷凍食品が常備されている。電子レンジで温めればできあがりだ。
「焼きそばだけじゃ味気ないし、色々あっためよう」
「日本の、ショクタク、家庭の、味」
「ん、こういうのはちょっと違うかもしれないけど、まあいいか」
勇気は苦笑して、「ほら、あったかいうちに」と焼きそばソースの素をエリスに手渡した。
テレビをつけるとバラエティ番組をやっている。それを見ながら、二人でテーブルを囲った。エリスは念願のカップ焼きそばを嬉しそうに頬張って、「家庭の味」と繰り返している。大いなる誤解のような気がした。
冷凍庫にあった物を適当に温めてを並べ、いちいちエリスに「これは何?」と聞かれながら一緒に食べる。テレビからは笑い声が上がっていたが、勇気も大して面白くないと思ったし、エリスはもっと、何が面白いのかわからない様子で、しかし興味深げに見ていた。
「……そういえば、エル」
「ン?」
「結局、日本語ペラペラなのか?」
気になっていた事を尋ねると、エリスは「ふふ」と微笑んだ。
「そんなこと、ないよ」
「でも」
「フレーズ、セリフ、覚えるのは、できる。イラッシャイマセコンニチハー、とかね。でも、喋るは、難しい。日本語、便利だから、話せるけどね」
「便利?」
「ン。単語、並べる、大体、通じる。便利」
あーなるほど。勇気は納得した。英語で難しいのは文法がしっかりしていたり、単語にトゥーだのアだの、何かひっつけてないとダメなことだと思う。日本語はその点、確かに単語さえ正しければ、間の言葉はなんとなく想像できるものだ。
「じゃあ、ペラペラではないんだ。ちょっと安心した」
「安心?」
「だってもし、全部エルの演技だったらさ、なんか俺、めちゃくちゃ踊らされて落とされたみたいな感じするし……」
「そう?」
「うん、ちょっとな」
結局、勇気はエリスに惚れてしまうに至ったのだ。もし全てエリスの手の内だったのなら、複雑な心境にもなる。だがエリスはハッキリ違うと言ってくれた。
「でもね、ユウキ」
「ん?」
「もし、私、騙してた、でも、お互いさま。ユウキ、酔って、私に、求婚した」
「……それを言われると、俺もなんとも……」
痛いところだ。するとエリスが微笑む。
「でも、私、事実、ユウキが、好き。ユウキも、私、好き。嬉しい。全部、チャラ」
ネ?
エリスが何が「ね?」なのかわからないことを言ってくるが、まあ言いたいことはわからないでもない。そうだな、と勇気は苦笑した。
泊まりの荷物も持って来ていたエリスを先にシャワーに入らせた。彼は「狭い! 日本の、バスルーム、とても狭い!」と大喜びしていた。交代で勇気もシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かして部屋に戻ると、シルクのパジャマ姿のエリスが床に転がっていた。
「うわ。エル、床で寝ちゃダメだ」
慌てて起こすと、エリスは眠そうに、「日本人、床で寝る……」と呟く。床で寝るけど、それは床の事じゃない。寝るなら布団を敷かないと、と勇気は敷布団を用意した。
「ほら、ここで寝ないと」
「ん、ン」
引っ張ると、眠そうにしながらも敷布団の上に移動してくれた。そこに枕を置いて、頭を乗せさせてやり、掛け布団を用意する。おやすみな、と掛けて、自分も寝る準備をしようと立ち上がろうとした手を、エリスが掴む。
「ユウキ」
「ん、ダメだよ、布団は狭いから」
「寝ない。寝ないから、一緒に、いて?」
「寝ないからって、わ、わ」
グイッと引っ張られて、掛け布団の中に引きずり込まれる。エリスのほうが美人だし、受け身だから忘れていたが、彼のほうが背は高いわけだし、男だから力もある。抵抗するのもままならないうちに、ぎゅうと抱きしめられて、勇気はどうしようもなくなった。
「ンー、ユウキ」
「あー、もう、いいよ、子守唄でも歌えばいいのか?」
甘えるように擦り寄ってくるエリスを撫でてやると、彼は嬉しそうに微笑む。
「ユウキ、とても、優しい」
「優しかないって」
「ユウキ、ユウキ」
「わ、ちょ、ちょっと」
ちゅ、ちゅ、と啄むようにキスをされる。それは性を意識するものというよりは、本当に愛しいものにするような、例えるならペットや子供、ぬいぐるみにするようなもので、勇気はどうにも弱った。
エリスがどういうつもりであれ、何度か体を重ねた仲なのだから。あまり刺激されると、火がついてしまう。しかし甘えられているだけなのに、そんな気分になる自分がいけないといえばいけないんだし……と悶々としていると。
「んん!?」
唇にキスが落とされる。それは、やりすぎだ。エル、と名を呼びかけた口を塞がれて、開いていた唇を割って舌が潜り込んでくる。慌てて離れようとしても、エリスが抱き込んできて、離してくれない。
「……っ、え、エル、だ、ダメだって、……っ」
息継ぎの度にダメだと言ったが、エリスは止まらない。角度を変えて、何度も唇を重ね、舌を絡ませてくる。息苦しさと、口内で交わる感覚にクラクラして、自然と息も上がり、鼓動も熱も高まる。
「え、エル……っ、ダメだ、って、なんも、準備、してないし……」
「有るよ……?」
「え……」
真っ赤になった顔で止めようとしたのに、同じくうっとりとした顔のエリスが、そう言って誘うのだから、もうどうしようもない。
「私、持って来た」
「な、な、……」
「ユウキ、……嫌?」
小首を傾げる仕草で、エリスの髪が流れる。そんな誘い方をされて、もう今更引き下がれる筈がなくて、今度は勇気から唇を重ねた。
「いいんだよ、気にするなって」
「だって、せっかくユウキと、一緒に……」
エリスはこの世の終わりのようにしょんぼりしている。彼の楽しみにしていたカップ焼きそばは、ダメになってしまった。悲しげな声を出して、ずっとシンクを見つめているエリスに、自分の焼きそばを差し出す。これを混ぜ混ぜして食べな、と言うと、エリスは信じられないといった顔で勇気を見た。
「だって、これ、ユウキの」
「俺はいいんだよ、いつでも食べられるんだから」
「でも、そしたら、ユウキの、バンメシ、無い」
「大丈夫、他にも食べるもんあるから。一人暮らしの味方、冷凍食品とかな」
そう言って冷蔵庫の冷凍室を開ける。一人暮らし用の小さなソレには、とりあえず腹を満たせるようにと、ご飯やからあげ、野菜炒めなどの冷凍食品が常備されている。電子レンジで温めればできあがりだ。
「焼きそばだけじゃ味気ないし、色々あっためよう」
「日本の、ショクタク、家庭の、味」
「ん、こういうのはちょっと違うかもしれないけど、まあいいか」
勇気は苦笑して、「ほら、あったかいうちに」と焼きそばソースの素をエリスに手渡した。
テレビをつけるとバラエティ番組をやっている。それを見ながら、二人でテーブルを囲った。エリスは念願のカップ焼きそばを嬉しそうに頬張って、「家庭の味」と繰り返している。大いなる誤解のような気がした。
冷凍庫にあった物を適当に温めてを並べ、いちいちエリスに「これは何?」と聞かれながら一緒に食べる。テレビからは笑い声が上がっていたが、勇気も大して面白くないと思ったし、エリスはもっと、何が面白いのかわからない様子で、しかし興味深げに見ていた。
「……そういえば、エル」
「ン?」
「結局、日本語ペラペラなのか?」
気になっていた事を尋ねると、エリスは「ふふ」と微笑んだ。
「そんなこと、ないよ」
「でも」
「フレーズ、セリフ、覚えるのは、できる。イラッシャイマセコンニチハー、とかね。でも、喋るは、難しい。日本語、便利だから、話せるけどね」
「便利?」
「ン。単語、並べる、大体、通じる。便利」
あーなるほど。勇気は納得した。英語で難しいのは文法がしっかりしていたり、単語にトゥーだのアだの、何かひっつけてないとダメなことだと思う。日本語はその点、確かに単語さえ正しければ、間の言葉はなんとなく想像できるものだ。
「じゃあ、ペラペラではないんだ。ちょっと安心した」
「安心?」
「だってもし、全部エルの演技だったらさ、なんか俺、めちゃくちゃ踊らされて落とされたみたいな感じするし……」
「そう?」
「うん、ちょっとな」
結局、勇気はエリスに惚れてしまうに至ったのだ。もし全てエリスの手の内だったのなら、複雑な心境にもなる。だがエリスはハッキリ違うと言ってくれた。
「でもね、ユウキ」
「ん?」
「もし、私、騙してた、でも、お互いさま。ユウキ、酔って、私に、求婚した」
「……それを言われると、俺もなんとも……」
痛いところだ。するとエリスが微笑む。
「でも、私、事実、ユウキが、好き。ユウキも、私、好き。嬉しい。全部、チャラ」
ネ?
エリスが何が「ね?」なのかわからないことを言ってくるが、まあ言いたいことはわからないでもない。そうだな、と勇気は苦笑した。
泊まりの荷物も持って来ていたエリスを先にシャワーに入らせた。彼は「狭い! 日本の、バスルーム、とても狭い!」と大喜びしていた。交代で勇気もシャワーを浴び、ドライヤーで髪を乾かして部屋に戻ると、シルクのパジャマ姿のエリスが床に転がっていた。
「うわ。エル、床で寝ちゃダメだ」
慌てて起こすと、エリスは眠そうに、「日本人、床で寝る……」と呟く。床で寝るけど、それは床の事じゃない。寝るなら布団を敷かないと、と勇気は敷布団を用意した。
「ほら、ここで寝ないと」
「ん、ン」
引っ張ると、眠そうにしながらも敷布団の上に移動してくれた。そこに枕を置いて、頭を乗せさせてやり、掛け布団を用意する。おやすみな、と掛けて、自分も寝る準備をしようと立ち上がろうとした手を、エリスが掴む。
「ユウキ」
「ん、ダメだよ、布団は狭いから」
「寝ない。寝ないから、一緒に、いて?」
「寝ないからって、わ、わ」
グイッと引っ張られて、掛け布団の中に引きずり込まれる。エリスのほうが美人だし、受け身だから忘れていたが、彼のほうが背は高いわけだし、男だから力もある。抵抗するのもままならないうちに、ぎゅうと抱きしめられて、勇気はどうしようもなくなった。
「ンー、ユウキ」
「あー、もう、いいよ、子守唄でも歌えばいいのか?」
甘えるように擦り寄ってくるエリスを撫でてやると、彼は嬉しそうに微笑む。
「ユウキ、とても、優しい」
「優しかないって」
「ユウキ、ユウキ」
「わ、ちょ、ちょっと」
ちゅ、ちゅ、と啄むようにキスをされる。それは性を意識するものというよりは、本当に愛しいものにするような、例えるならペットや子供、ぬいぐるみにするようなもので、勇気はどうにも弱った。
エリスがどういうつもりであれ、何度か体を重ねた仲なのだから。あまり刺激されると、火がついてしまう。しかし甘えられているだけなのに、そんな気分になる自分がいけないといえばいけないんだし……と悶々としていると。
「んん!?」
唇にキスが落とされる。それは、やりすぎだ。エル、と名を呼びかけた口を塞がれて、開いていた唇を割って舌が潜り込んでくる。慌てて離れようとしても、エリスが抱き込んできて、離してくれない。
「……っ、え、エル、だ、ダメだって、……っ」
息継ぎの度にダメだと言ったが、エリスは止まらない。角度を変えて、何度も唇を重ね、舌を絡ませてくる。息苦しさと、口内で交わる感覚にクラクラして、自然と息も上がり、鼓動も熱も高まる。
「え、エル……っ、ダメだ、って、なんも、準備、してないし……」
「有るよ……?」
「え……」
真っ赤になった顔で止めようとしたのに、同じくうっとりとした顔のエリスが、そう言って誘うのだから、もうどうしようもない。
「私、持って来た」
「な、な、……」
「ユウキ、……嫌?」
小首を傾げる仕草で、エリスの髪が流れる。そんな誘い方をされて、もう今更引き下がれる筈がなくて、今度は勇気から唇を重ねた。
11
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
優しくしなさいと言われたのでそうしただけです。
だいふくじん
BL
1年間平凡に過ごしていたのに2年目からの学園生活がとても濃くなってしまった。
可もなく不可もなく、だが特技や才能がある訳じゃない。
だからこそ人には優しくいようと接してたら、ついでに流されやすくもなっていた。
これは俺が悪いのか...?
悪いようだからそろそろ刺されるかもしれない。
金持ちのお坊ちゃん達が集まる全寮制の男子校で平凡顔男子がモテ始めるお話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる