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第12話 ゴホウビ
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異業種交流会が無事に終わり、エリスとは別々に会場を後にする。上司にお疲れ様でしたと頭を下げ、勇気はいそいそとエリスの待つホテルへ向かった。
先に帰っていたエリスが、部屋の中へ招いてくれる。ソファに腰掛けるように促して、そっと目の前のテーブルに透明な液体の入ったグラスを置いてきた。「どうぞ」と言われ、勇気は動揺した。
「え、エル、これ、何?」
「お水、だよ」
「ホントに?」
「ホント、ホント」
エリスが微笑みながら、隣に腰掛けてくる。勇気は恐る恐るグラスを手に取り、くんくんと匂いを嗅いで、少し口に入れる。確かに、水のようだ。疑って悪かったな、と思いながら、ありがたく水を飲む。
「ユウキ」
すぐ側で、エリスが名を呼んでくる。その声にドキリとした。ん、とグラスを置いて、エリスを見る。背丈が違うから、ソファに腰掛けてもユウキはエリスを少し見上げる形になった。
「ゴホウビ、いい?」
「ん、うん。何、したらいい?」
勇気はドキドキしながら尋ねた。こういう状況なのだ。求められることは大体想像がついてしまう。しかし、素面でエリスとそういうことをするのは、初めてだ。だから緊張していると、エリスが微笑む。
「じっと、してて?」
そう言うと、彼はゆっくりとした動きで、抱きついてきた。身長差のせいで抱かれているのは勇気のような形になりながら、背中に手を回され、愛しげに撫でられる。密着しているから、エリスがどんな顔をしているのかもわからないが、それは、性を感じるものというよりは、抱擁だった。
「ユウキ、ユウキ……」
甘えるように名を呼んでくる。勇気はドキドキしながら、おずおずと彼の背中に手を回して、撫でてやった。それをエリスは拒まなかったので、ご褒美とはつまりそういうことなのかもしれないと思った。
「……エル、……今日は、頑張ったな……」
あの後も、何人かと話そうとエリスは努力を続けていた。勇気もそれをサポートしたが、よく頑張ったと思う。
「うん、私、がんばった」
「疲れたよな……よしよし、ごめんな、無理させて」
「いいの、ユウキが、そばにいてくれた。それに、ユウキの、言うとおり、私が、話したら、みんなも、話してくれた。私、さみしい、なかったよ」
ぎゅ、と抱きしめられる。それで勇気ははたと気付いた。
「……エル、もしかして」
ここしばらく、俺に会えなくて、寂しかった?
ニャインにはメッセージが来なかった。エリスにも予定が有るのだろうと、特にこちらから連絡を取ったりもしなかったが。もしかして。
エリスは、会うのを我慢していたのではないのか。
エリスは勇気の問いに答えず、抱きしめる力を強くした。それが答えのようなものだ。
「……ユウキ……」
「なんで。会いたいって言ってくれたら別に、平日の夜でも、飯ぐらいなら行けたのに」
「ユウキ、迷惑、する」
「迷惑なんかしないよ、なんで急に、そんな……」
困惑していると、エリスは少ししてから、ポツポツと小さな声で呟く。
「ユウキ、私と、違う。仕事、ある。友達、いる。私の、わがまま、ユウキによくない。迷惑」
それで理解した。以前、職場に押し掛けてきた時や、予定を聞かれて断ったことを、エリスはすべて気にしていたのだ。全て、全て、勇気が好きなあまりに。この仔犬は、やっとできた唯一の友達に甘えることもできなくなったのだ。
何を急にしおらしくなってるんだ。ユウキはどうにも胸が苦しくなって、思わず「ばか」と漏らした。
「お、俺だって、エルと飯食ったりすると、楽しいんだぜ? エルの前では素でいられる気がして、だから、……だから……」
エリスとの出会いは確かに事故だったし、最初は困惑することも多かった。大事故を起こしてセックスもしてしまった。それでも、彼と過ごす時間を嫌とは感じなかった。
むしろ、会社ではひた隠しにしていた自分の、普段の姿で話せるような気がして落ち着いたし、なにより、エリスの言動は愛らしくて。
「……俺、エルと一緒にいるの……好きだし……」
自覚した途端、顔が真っ赤になってしまった。好き、という言葉を出すと、たまらなく愛しくなってしまう。
ぎゅっと抱き返すと、エリスが「ユウキ」と名を呼んでくる。だから、彼を安心させるように、頭を撫でてやった。
「ごめんな、俺も声かけてやれなくて。また、食べに行こう。いつか冷やし中華も食べなきゃいけないし」
「……うん……。ユウキ……」
「うん」
「ゴホウビ、ちょうだい」
今度はなんだ、と問う暇も無く、エリスがユウキから僅かに離れる。エリスがじっと、勇気の眼を見つめている。人形のように整った美しい顔が、目の前に。澄んだ青い瞳は揺れていた。そして、彼がゆっくりと、口を開く。
「キス、して」
「……っ」
思わずゴクリと喉が鳴った。勇気は童貞ではないし、キスだって初めてではない。まして、エリスにとっては勇気との行為は何度か経験していることだろう。
しかし、勇気にとっては初めての、エリスとのキスだ。ドキドキしている鼓動が聞こえてきそうなほどなのに、もう、エリスの顔から、瞳から、唇から眼を離せない。
「ダメ?」
ダメなわけないだろう。勇気は天を仰いで、眼を閉じて、と呟いた。「うん」と返事があって、エリスを見ると素直に目を閉じて、待っている。
ああ、ああ、こんな、こんなの、無理だろ、そりゃ、そりゃあこんなのが、好きって言ってきたら、そりゃあ。
勇気はエリスの頬を撫でて、ゆっくり、そっと、彼の唇に自分のそれを重ねる。ちゅ、と軽く触れるだけで、柔らかい唇の感触に胸が熱くなる。すると、エリスが眼を開いて、切なげな視線で勇気を見つめた。
「もっと、いつもみたいに、して……?」
もう、もう無理だった。勇気はエリスを抱きしめて、深く、深く口付けた。
先に帰っていたエリスが、部屋の中へ招いてくれる。ソファに腰掛けるように促して、そっと目の前のテーブルに透明な液体の入ったグラスを置いてきた。「どうぞ」と言われ、勇気は動揺した。
「え、エル、これ、何?」
「お水、だよ」
「ホントに?」
「ホント、ホント」
エリスが微笑みながら、隣に腰掛けてくる。勇気は恐る恐るグラスを手に取り、くんくんと匂いを嗅いで、少し口に入れる。確かに、水のようだ。疑って悪かったな、と思いながら、ありがたく水を飲む。
「ユウキ」
すぐ側で、エリスが名を呼んでくる。その声にドキリとした。ん、とグラスを置いて、エリスを見る。背丈が違うから、ソファに腰掛けてもユウキはエリスを少し見上げる形になった。
「ゴホウビ、いい?」
「ん、うん。何、したらいい?」
勇気はドキドキしながら尋ねた。こういう状況なのだ。求められることは大体想像がついてしまう。しかし、素面でエリスとそういうことをするのは、初めてだ。だから緊張していると、エリスが微笑む。
「じっと、してて?」
そう言うと、彼はゆっくりとした動きで、抱きついてきた。身長差のせいで抱かれているのは勇気のような形になりながら、背中に手を回され、愛しげに撫でられる。密着しているから、エリスがどんな顔をしているのかもわからないが、それは、性を感じるものというよりは、抱擁だった。
「ユウキ、ユウキ……」
甘えるように名を呼んでくる。勇気はドキドキしながら、おずおずと彼の背中に手を回して、撫でてやった。それをエリスは拒まなかったので、ご褒美とはつまりそういうことなのかもしれないと思った。
「……エル、……今日は、頑張ったな……」
あの後も、何人かと話そうとエリスは努力を続けていた。勇気もそれをサポートしたが、よく頑張ったと思う。
「うん、私、がんばった」
「疲れたよな……よしよし、ごめんな、無理させて」
「いいの、ユウキが、そばにいてくれた。それに、ユウキの、言うとおり、私が、話したら、みんなも、話してくれた。私、さみしい、なかったよ」
ぎゅ、と抱きしめられる。それで勇気ははたと気付いた。
「……エル、もしかして」
ここしばらく、俺に会えなくて、寂しかった?
ニャインにはメッセージが来なかった。エリスにも予定が有るのだろうと、特にこちらから連絡を取ったりもしなかったが。もしかして。
エリスは、会うのを我慢していたのではないのか。
エリスは勇気の問いに答えず、抱きしめる力を強くした。それが答えのようなものだ。
「……ユウキ……」
「なんで。会いたいって言ってくれたら別に、平日の夜でも、飯ぐらいなら行けたのに」
「ユウキ、迷惑、する」
「迷惑なんかしないよ、なんで急に、そんな……」
困惑していると、エリスは少ししてから、ポツポツと小さな声で呟く。
「ユウキ、私と、違う。仕事、ある。友達、いる。私の、わがまま、ユウキによくない。迷惑」
それで理解した。以前、職場に押し掛けてきた時や、予定を聞かれて断ったことを、エリスはすべて気にしていたのだ。全て、全て、勇気が好きなあまりに。この仔犬は、やっとできた唯一の友達に甘えることもできなくなったのだ。
何を急にしおらしくなってるんだ。ユウキはどうにも胸が苦しくなって、思わず「ばか」と漏らした。
「お、俺だって、エルと飯食ったりすると、楽しいんだぜ? エルの前では素でいられる気がして、だから、……だから……」
エリスとの出会いは確かに事故だったし、最初は困惑することも多かった。大事故を起こしてセックスもしてしまった。それでも、彼と過ごす時間を嫌とは感じなかった。
むしろ、会社ではひた隠しにしていた自分の、普段の姿で話せるような気がして落ち着いたし、なにより、エリスの言動は愛らしくて。
「……俺、エルと一緒にいるの……好きだし……」
自覚した途端、顔が真っ赤になってしまった。好き、という言葉を出すと、たまらなく愛しくなってしまう。
ぎゅっと抱き返すと、エリスが「ユウキ」と名を呼んでくる。だから、彼を安心させるように、頭を撫でてやった。
「ごめんな、俺も声かけてやれなくて。また、食べに行こう。いつか冷やし中華も食べなきゃいけないし」
「……うん……。ユウキ……」
「うん」
「ゴホウビ、ちょうだい」
今度はなんだ、と問う暇も無く、エリスがユウキから僅かに離れる。エリスがじっと、勇気の眼を見つめている。人形のように整った美しい顔が、目の前に。澄んだ青い瞳は揺れていた。そして、彼がゆっくりと、口を開く。
「キス、して」
「……っ」
思わずゴクリと喉が鳴った。勇気は童貞ではないし、キスだって初めてではない。まして、エリスにとっては勇気との行為は何度か経験していることだろう。
しかし、勇気にとっては初めての、エリスとのキスだ。ドキドキしている鼓動が聞こえてきそうなほどなのに、もう、エリスの顔から、瞳から、唇から眼を離せない。
「ダメ?」
ダメなわけないだろう。勇気は天を仰いで、眼を閉じて、と呟いた。「うん」と返事があって、エリスを見ると素直に目を閉じて、待っている。
ああ、ああ、こんな、こんなの、無理だろ、そりゃ、そりゃあこんなのが、好きって言ってきたら、そりゃあ。
勇気はエリスの頬を撫でて、ゆっくり、そっと、彼の唇に自分のそれを重ねる。ちゅ、と軽く触れるだけで、柔らかい唇の感触に胸が熱くなる。すると、エリスが眼を開いて、切なげな視線で勇気を見つめた。
「もっと、いつもみたいに、して……?」
もう、もう無理だった。勇気はエリスを抱きしめて、深く、深く口付けた。
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