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第8話 練習不足
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とりあえずシャワーを浴び、バスローブを着て。ベッドに戻り、のんびり転がっていたエリスの隣に、勇気は正座する。
「何がどうなってるのか、説明してもらえませんかね……」
申し訳ないわ情けないわで、勇気はエリスの顔を見れない。エリスの方は今回の事も気にした様子は無く、「レストルームに行って、帰ってきたらユウキが酔ってた」と言っていた。
「間違えて、私のお酒、飲んだみたい。私、ユウキに、飲んだの? って、聞いた。ユウキ、飲んじゃったから、もう飲む、ってお酒呑み始めた。ユウキ、よく酔ったから、私の部屋に、連れて来た」
「ここ、エルの部屋?」
「そう、滞在中の部屋、ここ」
スイートルームに90日も泊まるの? 勇気は驚いて辺りを見回した。先日のスイートルームとは違う所だ。スイート借りてるのに違うスイート借りて、俺を呼び出したの? と感覚の違いに目眩がするような思いだった。
「ユウキ、sex、しようって、言った」
「断らなかったの?」
「ユウキに、酔ってないの? って、聞いたら、酔ってない、って、言ったから」
「酔っ払いの酔ってないは信用しちゃダメ!」
うわあああ、と頭を抱える。こんな様子では、エリスは一生勇気の誘いを断らないだろう。勇気の自制心にかけるしかないが、ちょっとした事故からここまで酔ってしまう人間をどうにかするのはなかなか骨が折れそうだ。しかし、何とかしなければこのまま間違いを犯し続けてしまう。
「その、口を塞がれていたのは……?」
エリスも前にバイオレンスだと言っていたし、強姦まがいのことをしているのではと不安になる。勇気も男であり、そういうのに憧れがないわけでもない。酔った勢いでやっていないという確証が無かった。
「あれはね、私が、悪いの」
「え? エルが?」
「私が、うるさいから……」
「うるさい?」
そりゃ、犯されそうになってるんだから抵抗して声ぐらいあげるだろ。そう考えたが、エリスの答えは予想外のものだった。
「私の声、日本と違うから、うるさいって」
「え?」
「ユウキ、日本式がいいって、でも、私まだ、練習不足、ごめんね? ユウキ」
なんか謝られてる。
エリスが何を言っているのか勇気は思案した。ぐるぐると考えを巡らせて、単語を組み合わせて、辿り着いた答えは「喘ぎ声」だった。
洋物のAVは、「オーイエス」とか「ジーザス」とかうるさいイメージがある。もしかして、本当にエリスもそういう声を出して喘ぐんだろうか。それをうるさいと言ったのか。
待てよ、だとしたら、練習不足って何のことだ。
「エル、練習って?」
「ビデオ、見て、練習してる。でも、なかなか、難しいね」
「だから、何の練習?」
「あー、ん、gasps」
「なんて?」
単語の意味がわからないでいると、エリスがくっくどぅーどぅるどぅー、とスマホに言い出す。毎回思うが、何故人類はスマホに向かって、ニワトリの鳴き真似をさせられる事になったんだろう。そんな事を考えている勇気に、エリスがスマホの画面を見せてくる。
「喘ぎ声。……喘ぎ声の練習?!」
「日本人、あん、あん、好き」
「や、やめろ、やめるんだ、俺がめちゃくちゃにエルを汚してる気がする! いやもうめちゃくちゃに汚してるけど!」
うわあああ、とまた頭を抱える。そんな勇気を心配そうに撫でながら、エリスが尋ねてくる。
「ユウキ、あんあん、嫌い?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ……」
「じゃあ、あんあん、好き」
「なんでエルの中にはその二択しかないの?」
「ユウキ、何が、気になる?」
「いやだって、俺が知らない間にエルに酷い事してたら嫌だろ」
「ユウキ、優しいよ?」
優しい奴が喘ぎ声うるさいとか言って口塞ぐか? 勇気は盛大に眉を寄せたが、エリスはホントだよ、とうっとりしている。
「ユウキ、とっても、気持ちいい、してくれる」
「やめてぇ……」
「ホントだよ? 乱暴、されてないよ?」
「嘘だあ……」
恋をして盲目になっているエリスの言う事など信じられない。そう思うのに、エリスがうっとりと「ホントだよ」と言うのだから困ったものだ。
「私、愛されてる」
「違うんだよ、エル、愛ってのはもっと、こう……」
「私のこと、愛してない?」
また悲しげな顔をする。愛しているか否かで分けられてしまうと、そりゃあ、愛しいとは思う。すっかり情が湧いてしまってるから、こんなことになっているのだ。だがその言葉をこの外国人がどう解釈するか。愛とはなんなのか。ライクとラブの境目とは。セックスの意味するところとは。
困惑のあまり哲学的テーマに挑み始めて、頭がおかしくなりそうだ。
「ユウキ……」
今の勇気にはっきりわかるのは、目の前の仔犬が泣きそうな顔をしていることだけだ。それも、犯されたからではない、ただ一人の友人に、愛されていないかもしれないと怯えているのだ。そんな彼を傷付ける理由などなく、勇気は「あうあう」と声にならない鳴き声を出してから、「愛してる……」と呟いてしまった。
「何がどうなってるのか、説明してもらえませんかね……」
申し訳ないわ情けないわで、勇気はエリスの顔を見れない。エリスの方は今回の事も気にした様子は無く、「レストルームに行って、帰ってきたらユウキが酔ってた」と言っていた。
「間違えて、私のお酒、飲んだみたい。私、ユウキに、飲んだの? って、聞いた。ユウキ、飲んじゃったから、もう飲む、ってお酒呑み始めた。ユウキ、よく酔ったから、私の部屋に、連れて来た」
「ここ、エルの部屋?」
「そう、滞在中の部屋、ここ」
スイートルームに90日も泊まるの? 勇気は驚いて辺りを見回した。先日のスイートルームとは違う所だ。スイート借りてるのに違うスイート借りて、俺を呼び出したの? と感覚の違いに目眩がするような思いだった。
「ユウキ、sex、しようって、言った」
「断らなかったの?」
「ユウキに、酔ってないの? って、聞いたら、酔ってない、って、言ったから」
「酔っ払いの酔ってないは信用しちゃダメ!」
うわあああ、と頭を抱える。こんな様子では、エリスは一生勇気の誘いを断らないだろう。勇気の自制心にかけるしかないが、ちょっとした事故からここまで酔ってしまう人間をどうにかするのはなかなか骨が折れそうだ。しかし、何とかしなければこのまま間違いを犯し続けてしまう。
「その、口を塞がれていたのは……?」
エリスも前にバイオレンスだと言っていたし、強姦まがいのことをしているのではと不安になる。勇気も男であり、そういうのに憧れがないわけでもない。酔った勢いでやっていないという確証が無かった。
「あれはね、私が、悪いの」
「え? エルが?」
「私が、うるさいから……」
「うるさい?」
そりゃ、犯されそうになってるんだから抵抗して声ぐらいあげるだろ。そう考えたが、エリスの答えは予想外のものだった。
「私の声、日本と違うから、うるさいって」
「え?」
「ユウキ、日本式がいいって、でも、私まだ、練習不足、ごめんね? ユウキ」
なんか謝られてる。
エリスが何を言っているのか勇気は思案した。ぐるぐると考えを巡らせて、単語を組み合わせて、辿り着いた答えは「喘ぎ声」だった。
洋物のAVは、「オーイエス」とか「ジーザス」とかうるさいイメージがある。もしかして、本当にエリスもそういう声を出して喘ぐんだろうか。それをうるさいと言ったのか。
待てよ、だとしたら、練習不足って何のことだ。
「エル、練習って?」
「ビデオ、見て、練習してる。でも、なかなか、難しいね」
「だから、何の練習?」
「あー、ん、gasps」
「なんて?」
単語の意味がわからないでいると、エリスがくっくどぅーどぅるどぅー、とスマホに言い出す。毎回思うが、何故人類はスマホに向かって、ニワトリの鳴き真似をさせられる事になったんだろう。そんな事を考えている勇気に、エリスがスマホの画面を見せてくる。
「喘ぎ声。……喘ぎ声の練習?!」
「日本人、あん、あん、好き」
「や、やめろ、やめるんだ、俺がめちゃくちゃにエルを汚してる気がする! いやもうめちゃくちゃに汚してるけど!」
うわあああ、とまた頭を抱える。そんな勇気を心配そうに撫でながら、エリスが尋ねてくる。
「ユウキ、あんあん、嫌い?」
「そうじゃない、そうじゃないんだ……」
「じゃあ、あんあん、好き」
「なんでエルの中にはその二択しかないの?」
「ユウキ、何が、気になる?」
「いやだって、俺が知らない間にエルに酷い事してたら嫌だろ」
「ユウキ、優しいよ?」
優しい奴が喘ぎ声うるさいとか言って口塞ぐか? 勇気は盛大に眉を寄せたが、エリスはホントだよ、とうっとりしている。
「ユウキ、とっても、気持ちいい、してくれる」
「やめてぇ……」
「ホントだよ? 乱暴、されてないよ?」
「嘘だあ……」
恋をして盲目になっているエリスの言う事など信じられない。そう思うのに、エリスがうっとりと「ホントだよ」と言うのだから困ったものだ。
「私、愛されてる」
「違うんだよ、エル、愛ってのはもっと、こう……」
「私のこと、愛してない?」
また悲しげな顔をする。愛しているか否かで分けられてしまうと、そりゃあ、愛しいとは思う。すっかり情が湧いてしまってるから、こんなことになっているのだ。だがその言葉をこの外国人がどう解釈するか。愛とはなんなのか。ライクとラブの境目とは。セックスの意味するところとは。
困惑のあまり哲学的テーマに挑み始めて、頭がおかしくなりそうだ。
「ユウキ……」
今の勇気にはっきりわかるのは、目の前の仔犬が泣きそうな顔をしていることだけだ。それも、犯されたからではない、ただ一人の友人に、愛されていないかもしれないと怯えているのだ。そんな彼を傷付ける理由などなく、勇気は「あうあう」と声にならない鳴き声を出してから、「愛してる……」と呟いてしまった。
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