2 / 37
第2話 やってきた御息女
しおりを挟む
よく考えろ、俺。
勇気はシミひとつないカーペットを見つめながら、思う。
部長は御息女と言っていた。つまり、この部屋に来るのは女性のはずで、一目惚れしてねんごろになりたいと言っているのも女性のはずだ。しかし、今扉の前にいたのはどう考えても女ではない、と思う。
身長は勇気より頭1つ分は高そうだったし、白いスーツを着た体はそこそこ体格も良かった。顔立ちは凄まじい美形だ。イケメンにも色々種類が有るが、まるで美術品のような、そう、一言で表せば美人。長いストレートロングの金髪も相まって、顔だけ見れば女に見えないこともない。青い瞳は宝石みたいに澄んでいて、「ユウキ」と親しげに微笑む姿は、魅力的ではあった。
アレは誰だ。少し考えて、その御息女さんのボディガードかな……? と思う。
「ユウキ、開けて」
トントン、とまたノックされる。さっきの男が名前を呼んでいる。名前を知っているということは、まあ関係者なんだろう。恐る恐るもう一度扉を開ける。やはり、モデルのように美人な男だ。その後ろを見てみたが、他に誰もいない。困惑して彼を見ても、嬉しそうに微笑んでいるばかりだ。
「え、と……マキノさん……の……?」
「うん、エリスだよ」
「エリス」
「エルって、呼んで?」
男の名前でエリスってすげえな、と勇気は考え、それから、もしかして御息女って、と眉を寄せる。エリス。日本人が聞いたら間違いなく女性名だと思うだろう。つまり。
「……えっ? 貴方が、私と、会いたいって?」
「そうだよ、二週間も、連絡、くれないから……また、会いたくて」
カタコトの日本語は少し辿々しく、子供っぽくて可愛い。しかし言っているのは身長180センチ以上有る白いスーツの男だ。
何がどうなってんだ。
勇気は頭の中をグルグルと検索した。彼の顔を見ても、エリスという名を聞いても何も思い出せない。それにしては、彼は親しげに接してくるではないか。二週間前の飲み会で一体、何があったんだ。
「入って、いい?」
小首を傾げるような愛らしい仕草で、エリスが尋ねてくる。勇気は怖かったが、事情を理解する為にも、おずおずと彼を部屋に招き入れた。
スイートルームの使い方なんて、勇気は知らない。しかし彼は慣れた様子で部屋に入り、柔らかいソファに腰かけ、嬉しそうに勇気を見つめていた。
「ごはん、食べる?」と聞かれた。そう言えば緊張のあまりなにも食べてないが、早く切り上げて家に帰りたかった。
「大丈夫です」とか細く答えると、「よかった」とエリスが頷く。なにが良かったのかと思っていると、何故か部屋にデリバリーみたいな食品がすごい量届いた。まるでパーティーだ、二人しかいないのに。
「食べよう?」
ニッコリ微笑みながら、ワインをグラスに注いでいる。なるほど、大丈夫=食べれるよってことか。これは、ヤバイ。勇気はこれからの前途多難さをひしひしと感じながら、エリスの差し出すグラスを受け取った。
「……あの」
「ン?」
エリスのその「ン?」というのは、英語圏の相槌なのかもしれない。微笑んだまま、続きを促すように頷くから、勇気はおずおずと口にした。
「エリスさん」
「エル、で、いいよ」
「あ……エル、さん、あの、私実は、……二週間前の記憶が無くて……」
「?」
エリスは首を傾げている。日本語も怪しい相手に、察して欲しい喋り方では伝わらないかもしれない。勇気は覚悟を決めて、はっきりと言った。
「貴方のことを、覚えていません」
「!」
エリスは驚いたような顔をして、ゆっくりと、勇気の言葉を復唱した。
「覚えて、いません」
「そう、悪いですけど」
「私を、忘れた?」
「……はい……」
「あの日の、ことも? あんなに、楽しかった、のに?」
「すいません……」
「私を、オヨメサンに、してくれるのも?」
「はい……って、えっ?!」
聞き捨てならない単語に勇気は驚いてエリスを見る。エリスは悲しげに眉を寄せていた。奥ゆかしい日本人とは違い、露骨に感情を顔に出す。泣き出しそうだ。
あわわ、と勇気は慌てた。彼を傷付けたくはない、しかし、エリスの言った単語がとてもまずいのも確かだ。
「お、お嫁さん……?!」
「ユウキ、私に、キスした」
「キスした?!」
「オヨメサンに、してくれるって、言った」
「俺、いや、私が、貴方に、キスをして、お、お嫁さんにするって……?!」
「そうだよ」
エリスがしっかりと頷くものだから、勇気は目眩がするような思いだった。一体二週間前、何が起こったんだ。勇気はエリスの顔をまじまじと見る。確かにとんでもない美人だ。酔い潰れていたら、女と思ってしまうかもしれない。
それにしたって、初対面の相手にキスして嫁にするなんて言い出すか?
そうだ。彼は自分の父の権威を振りかざして、会社を潰されたくなければ関係を持つように脅してきたような男だ。全部嘘かもしれない。勇気は疑いの眼差しを向けて、「でも」と呟く。
「貴方のお父さんが、責任を取らないと我が社を買収すると……」
「Oh……! ユウキ、それは、誤解だよ。パパンは少し、頭がクレイジーなんだ」
「頭がクレイジー」
「そう、私、君に、会いたかった。ユウキの、名刺、もらってたから、会いたいって、パパンに相談した。急に、パパンは、君の会社をどうかしてやるって、でも、大丈夫、私がなんとかするから」
「なんとかって……」
「あー、ンー、トラストミー」
「いや、日本語は通じてるけどさ……あ、いや、通じてますけど……」
思わず敬語が取れてしまって慌てたが、エリスは気にした様子も無い。青い瞳は真っ直ぐで、あり得ないほどの美形なのに、子供のようにも見え、嘘をついているようにも見えなかった。
「……あの、……こんな事聞くのもなんですけど、二週間前……何が有ったんですか……?」
恐る恐る尋ねると、エリスはぱっと明るい笑顔を浮かべた。
勇気はシミひとつないカーペットを見つめながら、思う。
部長は御息女と言っていた。つまり、この部屋に来るのは女性のはずで、一目惚れしてねんごろになりたいと言っているのも女性のはずだ。しかし、今扉の前にいたのはどう考えても女ではない、と思う。
身長は勇気より頭1つ分は高そうだったし、白いスーツを着た体はそこそこ体格も良かった。顔立ちは凄まじい美形だ。イケメンにも色々種類が有るが、まるで美術品のような、そう、一言で表せば美人。長いストレートロングの金髪も相まって、顔だけ見れば女に見えないこともない。青い瞳は宝石みたいに澄んでいて、「ユウキ」と親しげに微笑む姿は、魅力的ではあった。
アレは誰だ。少し考えて、その御息女さんのボディガードかな……? と思う。
「ユウキ、開けて」
トントン、とまたノックされる。さっきの男が名前を呼んでいる。名前を知っているということは、まあ関係者なんだろう。恐る恐るもう一度扉を開ける。やはり、モデルのように美人な男だ。その後ろを見てみたが、他に誰もいない。困惑して彼を見ても、嬉しそうに微笑んでいるばかりだ。
「え、と……マキノさん……の……?」
「うん、エリスだよ」
「エリス」
「エルって、呼んで?」
男の名前でエリスってすげえな、と勇気は考え、それから、もしかして御息女って、と眉を寄せる。エリス。日本人が聞いたら間違いなく女性名だと思うだろう。つまり。
「……えっ? 貴方が、私と、会いたいって?」
「そうだよ、二週間も、連絡、くれないから……また、会いたくて」
カタコトの日本語は少し辿々しく、子供っぽくて可愛い。しかし言っているのは身長180センチ以上有る白いスーツの男だ。
何がどうなってんだ。
勇気は頭の中をグルグルと検索した。彼の顔を見ても、エリスという名を聞いても何も思い出せない。それにしては、彼は親しげに接してくるではないか。二週間前の飲み会で一体、何があったんだ。
「入って、いい?」
小首を傾げるような愛らしい仕草で、エリスが尋ねてくる。勇気は怖かったが、事情を理解する為にも、おずおずと彼を部屋に招き入れた。
スイートルームの使い方なんて、勇気は知らない。しかし彼は慣れた様子で部屋に入り、柔らかいソファに腰かけ、嬉しそうに勇気を見つめていた。
「ごはん、食べる?」と聞かれた。そう言えば緊張のあまりなにも食べてないが、早く切り上げて家に帰りたかった。
「大丈夫です」とか細く答えると、「よかった」とエリスが頷く。なにが良かったのかと思っていると、何故か部屋にデリバリーみたいな食品がすごい量届いた。まるでパーティーだ、二人しかいないのに。
「食べよう?」
ニッコリ微笑みながら、ワインをグラスに注いでいる。なるほど、大丈夫=食べれるよってことか。これは、ヤバイ。勇気はこれからの前途多難さをひしひしと感じながら、エリスの差し出すグラスを受け取った。
「……あの」
「ン?」
エリスのその「ン?」というのは、英語圏の相槌なのかもしれない。微笑んだまま、続きを促すように頷くから、勇気はおずおずと口にした。
「エリスさん」
「エル、で、いいよ」
「あ……エル、さん、あの、私実は、……二週間前の記憶が無くて……」
「?」
エリスは首を傾げている。日本語も怪しい相手に、察して欲しい喋り方では伝わらないかもしれない。勇気は覚悟を決めて、はっきりと言った。
「貴方のことを、覚えていません」
「!」
エリスは驚いたような顔をして、ゆっくりと、勇気の言葉を復唱した。
「覚えて、いません」
「そう、悪いですけど」
「私を、忘れた?」
「……はい……」
「あの日の、ことも? あんなに、楽しかった、のに?」
「すいません……」
「私を、オヨメサンに、してくれるのも?」
「はい……って、えっ?!」
聞き捨てならない単語に勇気は驚いてエリスを見る。エリスは悲しげに眉を寄せていた。奥ゆかしい日本人とは違い、露骨に感情を顔に出す。泣き出しそうだ。
あわわ、と勇気は慌てた。彼を傷付けたくはない、しかし、エリスの言った単語がとてもまずいのも確かだ。
「お、お嫁さん……?!」
「ユウキ、私に、キスした」
「キスした?!」
「オヨメサンに、してくれるって、言った」
「俺、いや、私が、貴方に、キスをして、お、お嫁さんにするって……?!」
「そうだよ」
エリスがしっかりと頷くものだから、勇気は目眩がするような思いだった。一体二週間前、何が起こったんだ。勇気はエリスの顔をまじまじと見る。確かにとんでもない美人だ。酔い潰れていたら、女と思ってしまうかもしれない。
それにしたって、初対面の相手にキスして嫁にするなんて言い出すか?
そうだ。彼は自分の父の権威を振りかざして、会社を潰されたくなければ関係を持つように脅してきたような男だ。全部嘘かもしれない。勇気は疑いの眼差しを向けて、「でも」と呟く。
「貴方のお父さんが、責任を取らないと我が社を買収すると……」
「Oh……! ユウキ、それは、誤解だよ。パパンは少し、頭がクレイジーなんだ」
「頭がクレイジー」
「そう、私、君に、会いたかった。ユウキの、名刺、もらってたから、会いたいって、パパンに相談した。急に、パパンは、君の会社をどうかしてやるって、でも、大丈夫、私がなんとかするから」
「なんとかって……」
「あー、ンー、トラストミー」
「いや、日本語は通じてるけどさ……あ、いや、通じてますけど……」
思わず敬語が取れてしまって慌てたが、エリスは気にした様子も無い。青い瞳は真っ直ぐで、あり得ないほどの美形なのに、子供のようにも見え、嘘をついているようにも見えなかった。
「……あの、……こんな事聞くのもなんですけど、二週間前……何が有ったんですか……?」
恐る恐る尋ねると、エリスはぱっと明るい笑顔を浮かべた。
10
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
王子様と魔法は取り扱いが難しい
南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。
特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。
※濃縮版
僕の王子様
くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。
無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。
そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。
見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。
元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。
※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。
告白ゲーム
茉莉花 香乃
BL
自転車にまたがり校門を抜け帰路に着く。最初の交差点で止まった時、教室の自分の机にぶら下がる空の弁当箱のイメージが頭に浮かぶ。「やばい。明日、弁当作ってもらえない」自転車を反転して、もう一度教室をめざす。教室の中には五人の男子がいた。入り辛い。扉の前で中を窺っていると、何やら悪巧みをしているのを聞いてしまった
他サイトにも公開しています
優しくしなさいと言われたのでそうしただけです。
だいふくじん
BL
1年間平凡に過ごしていたのに2年目からの学園生活がとても濃くなってしまった。
可もなく不可もなく、だが特技や才能がある訳じゃない。
だからこそ人には優しくいようと接してたら、ついでに流されやすくもなっていた。
これは俺が悪いのか...?
悪いようだからそろそろ刺されるかもしれない。
金持ちのお坊ちゃん達が集まる全寮制の男子校で平凡顔男子がモテ始めるお話。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる