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第2話 やってきた御息女

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 よく考えろ、俺。



 勇気はシミひとつないカーペットを見つめながら、思う。



 部長は御息女と言っていた。つまり、この部屋に来るのは女性のはずで、一目惚れしてねんごろになりたいと言っているのも女性のはずだ。しかし、今扉の前にいたのはどう考えても女ではない、と思う。



 身長は勇気より頭1つ分は高そうだったし、白いスーツを着た体はそこそこ体格も良かった。顔立ちは凄まじい美形だ。イケメンにも色々種類が有るが、まるで美術品のような、そう、一言で表せば美人。長いストレートロングの金髪も相まって、顔だけ見れば女に見えないこともない。青い瞳は宝石みたいに澄んでいて、「ユウキ」と親しげに微笑む姿は、魅力的ではあった。



 アレは誰だ。少し考えて、その御息女さんのボディガードかな……? と思う。



「ユウキ、開けて」



 トントン、とまたノックされる。さっきの男が名前を呼んでいる。名前を知っているということは、まあ関係者なんだろう。恐る恐るもう一度扉を開ける。やはり、モデルのように美人な男だ。その後ろを見てみたが、他に誰もいない。困惑して彼を見ても、嬉しそうに微笑んでいるばかりだ。



「え、と……マキノさん……の……?」



「うん、エリスだよ」



「エリス」



「エルって、呼んで?」



 男の名前でエリスってすげえな、と勇気は考え、それから、もしかして御息女って、と眉を寄せる。エリス。日本人が聞いたら間違いなく女性名だと思うだろう。つまり。



「……えっ? 貴方が、私と、会いたいって?」



「そうだよ、二週間も、連絡、くれないから……また、会いたくて」



 カタコトの日本語は少し辿々しく、子供っぽくて可愛い。しかし言っているのは身長180センチ以上有る白いスーツの男だ。



 何がどうなってんだ。



 勇気は頭の中をグルグルと検索した。彼の顔を見ても、エリスという名を聞いても何も思い出せない。それにしては、彼は親しげに接してくるではないか。二週間前の飲み会で一体、何があったんだ。



「入って、いい?」



 小首を傾げるような愛らしい仕草で、エリスが尋ねてくる。勇気は怖かったが、事情を理解する為にも、おずおずと彼を部屋に招き入れた。



 スイートルームの使い方なんて、勇気は知らない。しかし彼は慣れた様子で部屋に入り、柔らかいソファに腰かけ、嬉しそうに勇気を見つめていた。



「ごはん、食べる?」と聞かれた。そう言えば緊張のあまりなにも食べてないが、早く切り上げて家に帰りたかった。



「大丈夫です」とか細く答えると、「よかった」とエリスが頷く。なにが良かったのかと思っていると、何故か部屋にデリバリーみたいな食品がすごい量届いた。まるでパーティーだ、二人しかいないのに。



「食べよう?」



 ニッコリ微笑みながら、ワインをグラスに注いでいる。なるほど、大丈夫=食べれるよってことか。これは、ヤバイ。勇気はこれからの前途多難さをひしひしと感じながら、エリスの差し出すグラスを受け取った。



「……あの」



「ン?」



 エリスのその「ン?」というのは、英語圏の相槌なのかもしれない。微笑んだまま、続きを促すように頷くから、勇気はおずおずと口にした。



「エリスさん」



「エル、で、いいよ」



「あ……エル、さん、あの、私実は、……二週間前の記憶が無くて……」



「?」



 エリスは首を傾げている。日本語も怪しい相手に、察して欲しい喋り方では伝わらないかもしれない。勇気は覚悟を決めて、はっきりと言った。



「貴方のことを、覚えていません」



「!」



 エリスは驚いたような顔をして、ゆっくりと、勇気の言葉を復唱した。



「覚えて、いません」



「そう、悪いですけど」



「私を、忘れた?」



「……はい……」



「あの日の、ことも? あんなに、楽しかった、のに?」



「すいません……」



「私を、オヨメサンに、してくれるのも?」



「はい……って、えっ?!」



 聞き捨てならない単語に勇気は驚いてエリスを見る。エリスは悲しげに眉を寄せていた。奥ゆかしい日本人とは違い、露骨に感情を顔に出す。泣き出しそうだ。



 あわわ、と勇気は慌てた。彼を傷付けたくはない、しかし、エリスの言った単語がとてもまずいのも確かだ。



「お、お嫁さん……?!」



「ユウキ、私に、キスした」



「キスした?!」



「オヨメサンに、してくれるって、言った」



「俺、いや、私が、貴方に、キスをして、お、お嫁さんにするって……?!」



「そうだよ」



 エリスがしっかりと頷くものだから、勇気は目眩がするような思いだった。一体二週間前、何が起こったんだ。勇気はエリスの顔をまじまじと見る。確かにとんでもない美人だ。酔い潰れていたら、女と思ってしまうかもしれない。



 それにしたって、初対面の相手にキスして嫁にするなんて言い出すか?



 そうだ。彼は自分の父の権威を振りかざして、会社を潰されたくなければ関係を持つように脅してきたような男だ。全部嘘かもしれない。勇気は疑いの眼差しを向けて、「でも」と呟く。



「貴方のお父さんが、責任を取らないと我が社を買収すると……」



「Oh……! ユウキ、それは、誤解だよ。パパンは少し、頭がクレイジーなんだ」



「頭がクレイジー」



「そう、私、君に、会いたかった。ユウキの、名刺、もらってたから、会いたいって、パパンに相談した。急に、パパンは、君の会社をどうかしてやるって、でも、大丈夫、私がなんとかするから」



「なんとかって……」



「あー、ンー、トラストミー」



「いや、日本語は通じてるけどさ……あ、いや、通じてますけど……」



 思わず敬語が取れてしまって慌てたが、エリスは気にした様子も無い。青い瞳は真っ直ぐで、あり得ないほどの美形なのに、子供のようにも見え、嘘をついているようにも見えなかった。



「……あの、……こんな事聞くのもなんですけど、二週間前……何が有ったんですか……?」



 恐る恐る尋ねると、エリスはぱっと明るい笑顔を浮かべた。



 
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