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第6話
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目を覚ますと、もう寝台にシャンティの姿は無かった。窓も無いから部屋は薄暗いままだが、僅かに鳥の囀りが聞こえる。あの鳥は朝を告げるのです、とシャンティが以前言っていたから、もう朝なのだろう。
シャンティはボケッとしているくせに、朝には強い。ここを訪れるたび、夜は熱く身体を重ねるのに、朝が来るとけろりとして早朝の薬草集めをしていた。エルフってのは回復が早くて羨ましい、と、ユウは考えながら気怠げに服を着て、寝室を出る。
リビングでは既にシャンティが最後の商品作りを終えていた。帳面を確認しながら、勝手にユウの鞄に詰めているようだ。
「おはよ、……できた?」
「ああ、おはよう。もう準備できていますよ」
朝のシャンティは薬を飲んでいないのか、いつもよりしっかりと受け答えをしてくれる。普段はとろけている紫の瞳も、真っ直ぐにユウを見つめて優しく微笑む。コレがシャンティの本来の姿なのかもしれない、とユウは時々思った。
「ありがと。……その袋は?」
シャンティの手元に、布の袋が用意されている。シャンティの好む衣類と同じく、独特な暗い橙色に紋様の描かれた袋だ。シャンティの所有物だろう。
「これは貴方への贈り物です。無事に戻ったお祝いだと思って下さい」
ああそうだ、ドライアドが貴方の為に朝食の果物を用意してくれていますよ。シャンティがそう言って机を離れる。ユウが袋の中を覗き込むと、薬を余分に作ったものと、今持っているペンダントと同じ真鍮でできた、少し違う模様のペンダントが入っている。
「これは、身に付けたらいいのか?」
取り出して見ていると、林檎を持ったシャンティが「ええ」と頷いた。
「お守りだと思って下さい。貴方がもし戻って来たら渡そうと思っていたのです」
「どんなお守り?」
ユウはそれを首から下げながら尋ねる。真新しい真鍮は、薄暗いシャンティの小屋の中でもキラキラ輝いて見えるようだ。魔法のことなど何もわからないユウでも、何か不思議な力を宿しているように感じられる。ペンダントを見つめていると、シャンティが林檎を布で拭いて差し出しながら言った。
「貴方が、本当に愛する人と添い遂げられるよう、祈りを込めています」
ユウはその言葉にきょとんとして、それから笑いながら林檎を受け取った。
「そりゃ、縁起が良さそうだ」
馬に鞄を括り付け、出立の準備をしている間に薬を飲んだらしいシャンティは、またぼんやりした顔でユウを見送りに出て来た。
別れの挨拶にハグをして。それからユウは「あのさ」と切り出した。
「シャンティがいつも飲んでる薬さ、できたらで、いいから、……減らせない……?」
シャンティの心がどれほど傷付いているのか、知ってはいるから止めろとは言えない。人間の悲しみなどと比較していいのかもわからないが。それでも、正常なシャンティともう少し話がしたい。それはユウの傲慢な願いだ。だから強制はできなかった。
シャンティはそれを悪いようには取らなかったようだ。
「貴方がここに来るようになってから、随分減っていますよ」
その言葉にユウは何も言えなくなってしまって、そっか、とだけ返した。
「……また来るよ、たぶん、すぐ」
「ええ、気を付けて」
シャンティは穏やかにそう言って、のろりと手を振ってくれる。ユウはそれに応えてから、街への道を進み始めた。
いつか、いつか。
シャンティが心から、幸せになれたら。
ユウはそのあまりにも難しいことを考えながら、森を歩いて行った。暗く、先も見えない霧の中を。
シャンティはボケッとしているくせに、朝には強い。ここを訪れるたび、夜は熱く身体を重ねるのに、朝が来るとけろりとして早朝の薬草集めをしていた。エルフってのは回復が早くて羨ましい、と、ユウは考えながら気怠げに服を着て、寝室を出る。
リビングでは既にシャンティが最後の商品作りを終えていた。帳面を確認しながら、勝手にユウの鞄に詰めているようだ。
「おはよ、……できた?」
「ああ、おはよう。もう準備できていますよ」
朝のシャンティは薬を飲んでいないのか、いつもよりしっかりと受け答えをしてくれる。普段はとろけている紫の瞳も、真っ直ぐにユウを見つめて優しく微笑む。コレがシャンティの本来の姿なのかもしれない、とユウは時々思った。
「ありがと。……その袋は?」
シャンティの手元に、布の袋が用意されている。シャンティの好む衣類と同じく、独特な暗い橙色に紋様の描かれた袋だ。シャンティの所有物だろう。
「これは貴方への贈り物です。無事に戻ったお祝いだと思って下さい」
ああそうだ、ドライアドが貴方の為に朝食の果物を用意してくれていますよ。シャンティがそう言って机を離れる。ユウが袋の中を覗き込むと、薬を余分に作ったものと、今持っているペンダントと同じ真鍮でできた、少し違う模様のペンダントが入っている。
「これは、身に付けたらいいのか?」
取り出して見ていると、林檎を持ったシャンティが「ええ」と頷いた。
「お守りだと思って下さい。貴方がもし戻って来たら渡そうと思っていたのです」
「どんなお守り?」
ユウはそれを首から下げながら尋ねる。真新しい真鍮は、薄暗いシャンティの小屋の中でもキラキラ輝いて見えるようだ。魔法のことなど何もわからないユウでも、何か不思議な力を宿しているように感じられる。ペンダントを見つめていると、シャンティが林檎を布で拭いて差し出しながら言った。
「貴方が、本当に愛する人と添い遂げられるよう、祈りを込めています」
ユウはその言葉にきょとんとして、それから笑いながら林檎を受け取った。
「そりゃ、縁起が良さそうだ」
馬に鞄を括り付け、出立の準備をしている間に薬を飲んだらしいシャンティは、またぼんやりした顔でユウを見送りに出て来た。
別れの挨拶にハグをして。それからユウは「あのさ」と切り出した。
「シャンティがいつも飲んでる薬さ、できたらで、いいから、……減らせない……?」
シャンティの心がどれほど傷付いているのか、知ってはいるから止めろとは言えない。人間の悲しみなどと比較していいのかもわからないが。それでも、正常なシャンティともう少し話がしたい。それはユウの傲慢な願いだ。だから強制はできなかった。
シャンティはそれを悪いようには取らなかったようだ。
「貴方がここに来るようになってから、随分減っていますよ」
その言葉にユウは何も言えなくなってしまって、そっか、とだけ返した。
「……また来るよ、たぶん、すぐ」
「ええ、気を付けて」
シャンティは穏やかにそう言って、のろりと手を振ってくれる。ユウはそれに応えてから、街への道を進み始めた。
いつか、いつか。
シャンティが心から、幸せになれたら。
ユウはそのあまりにも難しいことを考えながら、森を歩いて行った。暗く、先も見えない霧の中を。
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