となりの露峰薫さん

なずとず

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オマケ

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「あーーーーーーーーーー、ボクも彼氏ほしぃーーーーーーーー」

「リンちゃん~~、呑みすぎだよ~」

 深夜のバー『ジョー』。カウンターには、真っ赤な顔で突っ伏しているリンの姿がある。その向かいには、いつもの通りマスターがいるばかりで、店内の客はもう殆ど残っていなかった。

「だってぇ、みんなしてボクのことさーあ、『遊ぶのは楽しいけど、付き合うのはちょっと違う』とかさーあ。『浪費しそう』とか、『家庭作れなさそう』とかさーあ! 失礼しちゃう~~! こっちから願い下げだっつーの! マスター! おかわり!」

「もうお冷にしとこうねー、リンちゃんねー」

 マスターがカクテルの代わりに水の入ったグラスを渡しても、まるでビールでもあおるようにリンはそれを飲み干し、またカウンターに突っ伏した。

「みんな! ボクのこと! なんもわかってないの!」

「そうだね~。リンちゃんのこと、みんな知らないね~」

「そうだよ! ボクは! こう見えて! 尽くすタイプだし! 料理もするし! 節約もするし! 子どもも好きだもん! だもん~~!」

「家庭的なタイプなリンちゃんだよね~~」

「そうだよ! なのにみんな、ボクの魅力をちっともわかってない! マスター! おかわり!」

 お冷を出す代わりにミネラルウォーターのペットボトルを渡すと、それをまるで晩酌のようにしながらリンは飲み、ブツブツと語る。

「シノはいいよね、彼氏に謝ったらまたイチャイチャできてさ」

「彼、うまく仲直りできたんだね~」

「ボクたちがアドバイスしたから、早く仲直りできたんだよ。ならボクにいい男を紹介してくれてもいいと思う! ボクだけ独り身なんてかわいそうって思わないの!?」

「リンちゃんだけ、かわいそうだねえ~」

「ボクのことかわいそうって言わないで! みじめになるじゃん!」

 自分で言い出したのに、マスターに言われるとリンは泣きそうな声で言った。

「和真と薫だってさあ。ボクが身を引いてアシストしたから上手くいったんだもん」

「まあ~、それだけじゃないとは思うけどね~。どうしてリンちゃん、あのふたりのことくっつけようとしたの?」

「だって、顔知ってて嫌いじゃない人には幸せになってほしいじゃん」

「リンちゃん優しいねえ」

「そうだよ! ボクは優しいの! なのにーーーー彼氏できないーーーーー」

 えーん、とカウンターで喚いているリン。それをよそに、ついに最後の客も帰り、店内はふたりきりになってしまった。

「リンちゃん~。そろそろおうち帰ろうね~」

「やだあ、彼氏できるまで帰らないーーー」

「あのねえリンちゃん。それでいうと、おじさんが彼氏になっちゃうよ? それでいいの?」

 その言葉に、リンがバッと音がするほどの勢いで顔を上げた。リンは潤んだ熱い眼差しでマスターを見つめ、そしてマスターはニコリと笑ってみせる。

「マスターって、彼氏いないの」

「いないんだなあ、これが」

「ノンケじゃないよね」

「そりゃ~、もちろんねえ」

「マスターはボクと付き合ってもいーの」

「おじさんはいいよー。だってリンちゃんが優しくって、気遣いできて、お料理もできて節約もできる、一途な可愛い子だって知ってるからね~」

「…………」

 リンはしばらく真顔でマスターを見つめた後に、バァンと音を立ててカウンターに代金を置いた。

「お勘定!」

「リンちゃん~、いつも言ってるけど、これじゃ足りないよ~」

「また来るもん! それでもって……」

 リンはカウンターから離れて、店を出ようとしながら言った。

「考えとくもん!」

 カランカラン、と音を立ててバーの扉が閉まっていく。そんな様子を見ながら、マスターは微笑んだまま肩を竦めた。


 おわり
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