背徳のアルカディア

Azel

6.

　兄の手当てと罪の隠匿を条件に、アゼルは兵士に従った。神の稚児として屈辱的な勤めに耐えたのも、兄の命と生活を守るためだ。

「そうだったのか」

　兄は深いため息を吐き、アゼルの髪を撫でた。

「手当てはしてもらったよ。罰も受けなかった。お前のおかげだったんだな……ありがとう」

　謝辞を述べつつも彼は、弟の献身に表情を曇らせた。

「じゃあ、兄さんのその姿は……どうして？」

　輝くような純白の羽を持ち、気高く美しかった兄。かつての姿を思いながら聞いたアゼルに、エメットは赤い目を細めた。

「神殿を出されたお前がどうしても見つからなくて、悪魔と契約したんだ」
「契約……」

　悪魔と聞いただけで背筋がぞっとする。実物を見たことがなくても、彼らは凶悪で残忍な存在と繰り返し教えられてきたからだ。

「怖くなかった？」

　おそるおそる聞くと、兄は憂いのない顔で笑った。

「横暴な神や腐った兵士たちなんかより、よっぽど話が通じたよ」

　その言葉に、心臓がヒュッと縮みあがる。アゼルが兄の腕を強く掴み辺りを見回すと、彼は不思議そうに首を傾げた。

「どうした？」

　何も起こらない。それが分かり、安堵の息を吐く。

「神を悪く言ったら、地獄に堕ちるって言われたから……」
「なるほどな。神の言いそうなことだ。たとえそれが本当だとしても、俺はもう地獄になど堕ちないよ」

　アゼルが見上げると兄は苦しげに眉根を寄せ、その顔のまま微笑んだ。

「お前がいない日々こそ地獄だったんだから」