ただΩというだけで。

さほり

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春の足音

5.

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「台にこだわりはないから、いっそ処分してもいいか。実はこれ、脚の金具がバカになってて折りたためないんだ」

  津田は畳の上を膝でずって移動すると、二つの写真立てを台から下ろした。その際に彼が写真の凛花と目を合わせ、指の腹でその頬をさっと撫でたのを見て、乾はとても穏やかな気持ちになった。

「かわいいですね」

  乾の言葉に、津田が小さく吹き出す。

「この間お前さ、 」
「や…… あの時はすみません。なんか俺、佐伯さんにだけそういうこと言っちゃって」
「それな。まぁ実際、大学でもかわいいとか言われてたよ。でも佐伯あいつものすごい気が強いから、そう言ったやつはだいたい飲み会で潰されて顔に落書きされてた」

  油性ペンでさ、と付け足して、津田は当時を思い出したのか、楽しそうに笑った。

「本音を言うと、ちょっとショックだったんです」

  津田の元夫を知れば知るほど、自分との隔たりを感じる。今まで飲み込んでいたその気持ちを、乾は吐露した。

「佐伯さんの外見も中身も、俺と全然被るところがなくて…… 俺って、まるっきり津田さんの好みじゃないんだなぁと思って」

  津田は意表を突かれたらしく、驚いた顔で乾を見つめている。

「俺はαで…… 上背はあるし、年下なのにかわい気はなくて、佐伯さんみたいに情熱的な性格でもないので…… 」
「俺は別に佐伯が好みだったわけじゃねぇよ」

  津田は怪訝そうな顔で早口に言い、小首を傾げた。

「てゆうか、自分の好みとか、考えたこともなかったな」

  そう言われると、喜ぶべきか悲しむべきか分からなくなる。向けられる好意に鈍感な津田は、単に押しに弱いのかもしれない。恋愛の駆け引きというものに全く長けていない自分が愚直にぶつかっていったことが、返って良かったということだろうか。
  乾がそんな考察をしていると、津田は俯きがちに、でもさ、と呟いた。

「そんなん言ったら、俺なんかもっとじゃね?」

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