ただΩというだけで。

さほり

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新生活

7.

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  律が何を喜んで食べるのか、本人を連れているとはいえ、今までの食事でよく見ていなければ判断が難しかっただろう。

  その日、乾は律を(ラムネで釣ったとはいえ)風呂に入れることにも成功したのだった。


あいつはいい父親になれたんだろうな……

  二人を送り出した津田は、朝食の後片付けをしながらぼんやりとそう思った。
  律への対応を見れば分かる。本人が子ども好きかどうかはともかく、育てた経験がないわりに彼は子どもの扱いが上手い。

  乾には実子が二人いる。
  見たこともない彼らの存在を津田はしばしば忘れそうになるが、彼の血を分けた息子たちは、今も都内のどこかのマンションで生活しているのだ。

  子どもたちに親として認識されていないと乾は言うが、もしも元妻が夫の手を拒まなければ、きっと彼は積極的に育児に関わっただろう。不器用でも真面目に息子たちと向き合い、週末は面倒がらずに公園やイベントに連れて行くような、家庭的な父親になったに違いない。その半分は彼の責任感からくるものであっても、そうして関わることで、息子たちへの情は自然に芽生えたはずだ。

  自分には愛情というものが欠損しているのかもしれない。そう思い悩んでいたと、乾が話したことがある。
  津田の身の上話を聞いても家族の話をしなかったのは、「自分にも子どもがいる」と言い出すにはあまりにも、実子への想いの深さが津田とは違うと感じたからだと。
  津田には、そう悩むことそのものが、彼の優しさだと思えた。愛した相手との子どもでもなく、一緒に暮らしてもいないなら、実子とはいえ情がわかないのも無理もない。

  津田はふと、ダイニングテーブルを拭く手を休めた。初めてここに来た夜に乾がその上に乗せた、一錠の薬を思い出す。
  結局飲むことのなかったその錠剤は、今はキャビネットの高い所にしまわれている。ラムネに似たそれを律が誤って口に入れるようなことがあれば、腹をこわすだけでは済まないだろう。
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