ただΩというだけで。

さほり

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決断

12.

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  時計の秒針音が、やたらと大きく聞こえた。
  津田は両手を胸の前で包まれたまま、時間が止まったように動かない。紅潮した顔で、目を見開いて固まっている。

「…… あの、沈黙されると…… ちょっとつらいです」

  乾は津田の手を離し、そっと彼の膝の上に戻した。

「前に話しましたけど、離婚した妻はつがいです。それは一生消えないので…… 子ども達の養育費を含め、生活の保障をずっとしていくことになります。こんな状況で、津田さんのこと番にしたいなんて、高望みすぎるかもしれませんけど…… 」

  津田はまばたきをして、瞳を揺らした。

「実を言うと、番にまでならなくても、一緒にいられればいいとも思っていたんです、この間まで。でも津田さん、何度も危ない目にあうし、もし誰かに無理やり番にされたら、俺…… 本当に耐えられないなって思って」

  番のいるΩは、番のαとしか肌を合わせることができない。特に発情期には、番のαのみを誘引する代わりに、他の人間に触れられるだけで身体が激しい拒絶反応を起こす。
  特効薬の副作用で嘔吐を繰り返す津田を間近で見たことのある乾には、そういう状況になってまで彼のそばにいられる自信はなかった。

  自分が触れるだけで拒絶反応を起こす恋人。
  もちろん自分もつらい。
  それよりも、相手の心境と体調を思えば、とても一緒にはいられない。

「俺は欲深いαなので、やっぱり、津田さんを独占したいって気持ちは、どうしてもあるんです。でもそれより強く、他のαのものになってほしくない。うまく言えませんけど、だから…… 所有したいとか、囲うとか、そういうつもりじゃなく、ただ、穏やかに一緒に過ごしたいから、番になってほしいんです」

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