ただΩというだけで。

漏洩と波紋

20.

  狭い車内に、里谷の荒い息が響く。彼の頭が接触したところだけ、窓の曇りが取れて外の駐車場が見えていた。
  恐ろしいものを見るような目を見開いたまま、里谷はドアにもたれ、汗で額に貼り付き乱れた髪を晒している。

  長居は無用と津田が解錠のボタンを押すと、間髪いれずに背後でドアの開く音がした。

「津田さん！」

  突然名前を呼ばれ、背中から外の冷気が流れ込んでくる。津田が慌てて振り向くと、そこにいたのは厳しい表情をした乾だった。

「おわっ！？なんで…… っ？」

  乾は腕を伸ばして津田の腹にまわし、その身体を強引に引き寄せた。車外に引きずり出された津田が体勢を整えながら車を降りると、彼は里谷を残したまま乱暴にドアを閉めた。

  男二人の体温で暖まっていた車内との気温差に、身体がぶるっと震える。
  乾が自分の上着を津田の肩に着せかけ、
「ケガはないですか？何もされてませんか？」
  と抑えた声で聞いた。

「ケガ……？」

  反撃もされなかった。おそらく里谷は子どもの頃からケンカや暴力とは無縁で生きてきたのだろう。わずかに違和感のある手首を見ると、シャツの袖から覗くそこは少し赤くなっていた。

「あいつがやったんですね…… 」

  目ざとくそれを見つけた乾が、唸るように低く呟く。舌打ちした彼が車を見やりそちらに足を向けようとするのを、津田は身体を入れて止めた。

「ちょ、待てって、落ち着け。何もされてないから！暴力、ダメ、絶対」
「何もされてないってことないでしょう？こんなところに誘い出して…… っ」
「ホントだよっ。つうか、何かしたのは俺、俺の方。お前が部下殴ったりしたら、責任問題になんだろ？」
「問題になるようなことしたのはあいつですよ！」
「αがΩに何かしたって、問題になるわけねえだろ！」

 天井の低い駐車場に、津田の声がこだました。乾は反駁の言葉を失い、自分が痛みを受けたような顔でうつむいている。