ただΩというだけで。

さほり

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逡巡

28.

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  職場では冷血漢のように言われ、ほとんどにこりともしない乾が、自分にだけは甘やかな笑顔を見せてくれることにくすぐったいような喜びを感じる。歳下で頼りにならないと自分を卑下し、弱さを見せてくれるところもかわいいと思う。

  出会ってからの1年足らずで、乾の心境にどんな変化があったのか、細かく聞いたことはない。でも、大多数のαと同じようにΩを嫌悪していたはずの彼が自分に想いを寄せてくれるようになるまでには、きっと戸惑いや葛藤があっただろう。

  いまや直接的すぎるほどに伝えてくれる彼の好意を疑う気持ちは、津田にはない。ただ、それをなんらかの「形」にしたいかどうか、するかどうかはまた別の問題だ。

  つがいになったわけじゃない、そう口走り、まずいことを言ってしまったと言わんばかりに目を泳がせた乾の顔を思い出す。
  まるで、プロポーズを待ち望んでいると分かっている相手に、その気もないのに気を持たせるようなことを言ってしまった男みたいだったと、津田はやや荒んだ気持ちになった。

(別に番にしてほしいとか、思ってないんだけど…… )

  番にしてほしいとは思っていない。ただ、番にしたいと思ってくれてはいないのだろうか、と考えることはある。そして、そんなことを考える自分が、ひどく浅ましくて嫌になる。

  指先で肩にそっと触れたら、乾いた傷口がチリリと痛んだ。首をひねるとギリギリ見える、乾がつけた歯型。犬歯のところは一層深く、丸くへこんで血が固まっていた。

  行為中にΩを噛みたいと思うのは、αなら当然のことだ。それは本能的なもので、本人の意思とはあまり関係がないらしい。堪え切れずにうなじではなく肩を噛んだのは乾の優しさだと思ったのだけど。
  それは間違っても自分オレを番にしないための自衛だったかもしれない、と津田は思った。

(うっかり番にしちまったら、俺なんかめんどくさいに決まってるもんな…… )
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