191 / 417
松の内
16.
しおりを挟む
口に出すべき言葉が見つからないまま、ちびちび飲んでいたカップ酒は、いつの間にかほとんど底をついていた。佐伯のグラスの水面は、いつまでもさざ波のような波紋で揺れている。
「ユキが幸せになるなら、それでいいんだよ」
そんな都合のいい台詞を夢想してみるけれど、実際には佐伯はそんなに穏やかな男ではなかったのだ。怒っているかもしれないな、そう思うと、津田の心は逆に軽くなった。
「俺が死んだら、殴っていいから」
津田は空になったカップを置き、佐伯の写真に手を伸ばした。親指でそっと頬に触れると、ガラス板の氷のような冷たさが、指のはらを冷やす。
いつまでも愛しい、一生を共にと誓った人。
でも。
「ごめんな」
津田は佐伯のグラスをあおり、そのさざ波を一気に飲み干した。
翌日は、目に痛いほどの晴天がまぶしい土曜日だった。
佐伯邸に連れて行くと律はご機嫌ではしゃいでいたが、津田が自分を置いて出かけると知って不安そうに袖をつかんできた。
暗くなるまでには迎えに来るから、と約束しても離れようとしない律を、無理なく引き離してくれたのはゆり子だ。正月に遊びに来た時、もっと遊ぶと言って帰りたがらなかったブロックのおもちゃを出して、誘ってくれたのである。
律を送ってきた津田が、いつもより長く仏壇の前に座っている姿に、佐伯夫妻は何かを感じ取ったらしい。そもそも、またおいでとは言われていたものの、急に律を預かってほしいと頼んだ時点で、その意図に気づかれてもおかしくはないのだった。
恥ずかしさが無いわけがない。津田は後ろめたいような気持ちで、一人佐伯邸を後にした。
乾との待ち合わせは、12時。下のカフェで軽く食事を、と言われていた。
「部屋をとっておきます」
熱を帯びた彼の声を思い出すと、発情期でもないのに顔が火照る。
(なんか…… いろいろ恥ずかしいな…… )
津田は自分の顔が紅潮していないことを願いつつ、駅までの道を早足で歩いた。
「ユキが幸せになるなら、それでいいんだよ」
そんな都合のいい台詞を夢想してみるけれど、実際には佐伯はそんなに穏やかな男ではなかったのだ。怒っているかもしれないな、そう思うと、津田の心は逆に軽くなった。
「俺が死んだら、殴っていいから」
津田は空になったカップを置き、佐伯の写真に手を伸ばした。親指でそっと頬に触れると、ガラス板の氷のような冷たさが、指のはらを冷やす。
いつまでも愛しい、一生を共にと誓った人。
でも。
「ごめんな」
津田は佐伯のグラスをあおり、そのさざ波を一気に飲み干した。
翌日は、目に痛いほどの晴天がまぶしい土曜日だった。
佐伯邸に連れて行くと律はご機嫌ではしゃいでいたが、津田が自分を置いて出かけると知って不安そうに袖をつかんできた。
暗くなるまでには迎えに来るから、と約束しても離れようとしない律を、無理なく引き離してくれたのはゆり子だ。正月に遊びに来た時、もっと遊ぶと言って帰りたがらなかったブロックのおもちゃを出して、誘ってくれたのである。
律を送ってきた津田が、いつもより長く仏壇の前に座っている姿に、佐伯夫妻は何かを感じ取ったらしい。そもそも、またおいでとは言われていたものの、急に律を預かってほしいと頼んだ時点で、その意図に気づかれてもおかしくはないのだった。
恥ずかしさが無いわけがない。津田は後ろめたいような気持ちで、一人佐伯邸を後にした。
乾との待ち合わせは、12時。下のカフェで軽く食事を、と言われていた。
「部屋をとっておきます」
熱を帯びた彼の声を思い出すと、発情期でもないのに顔が火照る。
(なんか…… いろいろ恥ずかしいな…… )
津田は自分の顔が紅潮していないことを願いつつ、駅までの道を早足で歩いた。
0
お気に入りに追加
672
あなたにおすすめの小説
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
恋した貴方はαなロミオ
須藤慎弥
BL
Ω性の凛太が恋したのは、ロミオに扮したα性の結城先輩でした。
Ω性に引け目を感じている凛太。
凛太を運命の番だと信じているα性の結城。
すれ違う二人を引き寄せたヒート。
ほんわか現代BLオメガバース♡
※二人それぞれの視点が交互に展開します
※R 18要素はほとんどありませんが、表現と受け取り方に個人差があるものと判断しレーティングマークを付けさせていただきますm(*_ _)m
※fujossy様にて行われました「コスプレ」をテーマにした短編コンテスト出品作です
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる