ただΩというだけで。

縮まらない距離

15.

  洗濯は一昨日の日曜日にしたから、洗濯槽に汚れ物はほとんど入っていない。それでも、下着の水分が他の洗濯物に浸み込んでいくのが不潔な気がして、乾は洗濯機のスイッチを入れた。

  幸い、時間に余裕もある。
  鞄からスマホを取り出すと、ちかちかとライトが点滅している。液晶には、不在着信2件と表示されていた。
  香里奈、という文字に、体温が2度下がった気がする。

  妻からの電話だった。

  今日は河野との会食がある、大事な日だ。早朝から妻の声を聞きたくはない。
  乾は右手の親指で、妻からの着信履歴を消去した。

  乾は暗い自己嫌悪に陥っていた。
  津田の淫夢を見たのは、初めてのことではない。
  ろくに自慰もしていないとはいえ、身体機能としては正常な男性なのでそこは仕方がないと自分で思う。こんなに他人を意識したのは多分生まれて初めてのことで、その相手の淫らな姿まで間近で見せつけられたのだから、夢の中でその痴態を反芻はんすうすることくらいは大目に見てほしい。

  気がふさぐのは、そこではなく。
  力ずくでも津田を番つがいにして自分のものにしたいという、醜い独占欲を自覚させられたことにである。

  冷たく拒絶されたあの日以来、ちらちらと乾の脳裏に表れる後悔。

（いっそあのとき、抱いてしまえばよかった―― ）

  その考えは乾の身体に、鳥肌と快感を同時にもたらす。
  ひどく身勝手で、きっと津田はそういう考えをもっとも嫌うだろうとわかっているのに、自分が彼の特別な存在になれるという誘惑に頭の先まで甘くしびれる。

  いやだいやだと身をよじる津田を押さえつけ、無理やりに欲望をぶつける淫夢に興奮し、夢精までして。
  自分にこんな乱暴で凶悪な感情が眠っていたなんて、知らなかった。

  今日は津田を、河野から守らなければならないのに。