ただΩというだけで。

さほり

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Ωが生まれない世界

6.

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 「ヒート抑制剤か。私にとっては、いささか懐かしい響きだよ」

  午後の光がカーテン越しに差し込むT大の応接室で、河野は目を細めた。
  乾は内心驚いた。きっと里谷もそうだっただろう。
  アクア製薬が河野を特別顧問にしているのは、彼がヒート抑制剤、特にΩ型研究の第一人者だからだ。その河野が、研究対象であるはずのヒート抑制剤を懐かしいと言い、遠い昔の日々を思い出すように目を細めるとは思わなかった。

「最近はすっかりヒート抑制剤から離れてしまってね。いや、あの薬は結局、α型にしてもΩ型にしても、遅々として進まないじゃないか。まぁ別に、だから飽きたというわけではなくてね。なに、ヒート抑制剤なんかより、もっと根本的で画期的な方法を思いついたんだよ」

  河野は研究者らしく目を輝かせた。

「聞きたいかい?」

  話したくて仕方がないといった様子で、乾に水を向ける。

「お差し支えなければ、ぜひ、聞かせてください。」

  ヒート抑制剤なんか、と言われ、続きを聞かないわけにはいかない。乾が促すと、河野は一人掛けのソファにふんぞり返るようにして語り始めた。

「最近は子どもが生まれる前に、第ニ性を教えてくれる病院が多いのを知っているかい?だいたい妊娠8ヶ月くらいを目処に、希望者には教えているらしいんだ。でも今の医学だと、本当は5ヶ月くらいの胎児でも、種別はかなり正確に分かっているんだよ。
  形骸的に、いまだに小学校での一斉判定なんてやっているけどね、実際にはもうそんなものは必要ないんだ。
  ただ、妊娠5ヶ月だとね、要は男女の性別が分かるのと同じ頃な訳だ。これでは、ちょっと遅いんだな」 
 
  河野は自分のこめかみを、人差し指でとんとんと叩いた。
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