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18話
しおりを挟む思えば少しばかり迂闊だったかもしれない。昼休みに中が良いところを周囲に見せびらかしたりしてマウンティングに勝利した気分になったのは流石にまずかった。たまらない美酒だな、などと脳内でドヤ顔してたのは黒歴史だ。調子に乗って他人に言ったりネットに上げなくて本当に良かった。だが此方側に原因や要因があるにしても、一線を越えた嫌がらせをされて黙っているわけにはいかない。私に対してならともかく、拓巳先輩に対しての仕打ちとしては酷すぎる。
喫茶店を出た後、私は柚梨を家の近くまで送った。流石に彼女の家に入るわけにもいかないので、柚梨の家の最寄り駅を降りた辺りで別れた。そして自分の家に帰った後、先輩から教えてもらった電話番号に携帯から架けた。
『……もしもし? どちらさまですか?』
おそらく見知らぬ番号に警戒しているのだろう。沖はやや硬い声で尋ねてきた。
「井上蓮美です」
『……な、なんだ? なんでオレの番号知ってる?』
「先輩に聞いた」
電話越しに沖が息を呑む気配を感じた。相手の警戒感を感じる。私も逆にこいつから電話が来たら絶対警戒するだろうし仕方あるまい。だがそれはそれとして用件は伝えなければいけない。
「今日の先輩の件で話がある。どこまで知ってる?」
『え? どういうこと?』
「知らないの?」
『今日は俺、部活休んだんだが……』
「あれ?」
あ、そういえば沖については何も言ってなかった。
先輩も沖の姿を見てなかったということだろうか。
そこを確認するのを忘れていた。
『……何かあったのか?』
「先輩が笹原……あるいは笹原達に嫌がらせされた」
『えっ……』
「上着に悪戯をされてなじられた」
『ま、待て! 俺は知らない! そんなこと頼んでもない!』
沖はこちらが驚くほど取り乱した。
「わかった、別にあなたを疑ってるわけじゃない、ただ知ってるかどうか確認したかっただけで」
いや絶対こいつが関与してると思ってたし今もまだ疑ってはいる。
ただ、今の沖の様子はちょっと予想外だった。もし本当に関与しているならば私のような人間にいちいちこんな欺瞞や擬態をする必要がない。それに沖の、先輩に対する敬意はそんなすぐに憎悪に裏返るようなものとも思えなかった。疑いを完全に捨てるわけではないが、ひとまず疑いは置いておこう。
『本当に違うから』
「落ち着いて。それは先輩にも言っとく。ただ、笹原がやったことには違いないし先輩も怒って大会に出るのをやめるって息巻いてて……」
『なんでだよ!?』
「なんでも何も……そんな嫌がらせ受けてまで出るなんて言わないでしょ」
そういえば拓巳先輩が引き継ぎも何もなく部活からフェードアウトしたら沖や笹原が困ると思うんだが笹原はアホなんだろうか。それともなんとかやっていけると思っているのか。
『と、とにかく俺も確認してみる……! 先輩のこと止めてくれ!』
「私だってそうしたいから電話してるわけでさ」
勢いに任せての行動のようにも見えて危なっかしいんだよな。最終的には拓巳先輩が決めることではあるとしても。
……それに、私が部活に居た頃の拓巳先輩は一心不乱に練習を重ねてきた。こんな流れで参加を辞退するというのは、きっと柚梨にとって大きな後悔になるのではないかと懸念している。
「ともかく、沖は先輩に大会に出てもらいたいんだね?」
『当たり前だろ!』
沖は、拓巳先輩に心酔している……と言うと流石に言い過ぎかもしれないが、勝手に拓巳先輩の彼女、というか私に突撃かまして別れろと言う程度には敬愛している。味方ではないが利害は一致するはずだ。
「じゃあ笹原をなんとかしてほしい」
『……とりあえずなんでそうなったか聞いてみるし、止めてみせる』
「おね阿木。私のためじゃなくて先輩のために」
『わかった。その、それと……』
「なんだ?」
『……その、あのときはすまなかった』
「あ、ああ……」
『簡単に許してもらえることじゃないってわかってるけど……その……』
「と、ともかく今は先輩の件をお願い。今はそれで良い」
『わかった、任せてくれ』
珍しく沖が殊勝な言葉を言うものだからうろたえてしまった。
だが、思い切って電話で話してみれば意外と好感触だった。そもそもこれまで部を引っ張ってきた拓巳先輩が嫌がらせを受けること自体がおかしいのだ。きっと笹原もすぐに悔いて心を改め、拓巳先輩に許しを乞うことになるだろう。
***
「……ダメだった」
次の日の休み時間、校舎裏に私を呼び出した沖は開口一番にそう言った。
「早くない!?」
「そ、その、色々とあって……」
「いや、責めたいわけじゃなくてさ」
いきなり残念な報告を受けて面食らったが、使える情報源はこいつだけだ。あまりキツいことはこちらからは言えない。向こうも申し訳無さそうな顔をしているし。
「と、とりあえず説明を聞いてくれ」
「わかった。……ただ、こんなところ見られたらお互い何を言われるかわからないし手短にお願い」
「わかってる」
沖は頷いた。
学校の校舎裏は確かに人目には付かないが、こんなところに敢えて来ているということが知れたら何を言われるかわかったものじゃない。いつぞやギャグのつもりで「沖と浮気してました」などと先輩に言ったが、ギャグが疑惑になってしまったら流石に辛い。
「弓彦……ああ、笹原のことなんだけど……やっぱり犯人は弓彦で間違いなかった」
「そうか」
「それと、弓彦の友達と一年生が何人か……たぶん合計で4、5人くらい」
「……けっこう多いな」
一種のグループじゃないか。御法川先輩を慕うグループの多くが反旗を翻したという感じだろうか。……もっとも、この手の暴挙は一人でできるものではないかもしれない。赤信号皆で渡れば怖くないの論理で犯罪じみた行為の罪悪感も薄れてしまうのだろう。
「それで、なんでこんなことをしたのかって聞いたら……俺のためだって」
「沖のため?」
「ほら……この間の、お前と話してたときのことで、御法川先輩とも、その……距離ができてさ……。まあ俺が悪いんだが……」
「そのことと笹原達と何か関係が?」
「……もう、先輩のこと見限れと」
「怖っ」
え、つまり、下克上するってこと? あなた達、御法川拓巳先輩を慕ってたよね?
戦国武将みたいな考えよそうよ、現代っ子だぜ私達。
「どうせ御法川先輩はすぐ引退するんだし、裏切ったのは向こうの方じゃないって……」
「裏切ったって……たかが高校の部活で……」
と、言いかけたが、部活に全精力を注いでる人間に「たかが高校の部活」と言ったところで通じないだろう。真剣なのだ。真剣故に暴走もする。
「言ったのは俺じゃないし……ただ、弓彦は結構本気で先輩に怒ってて」
沖はちらりと私を見た。
私からすれば、笹原達が先輩に怒るのは筋違いというものだ。だが向こうには向こうの言い分があって、それを聞かないと次の手が打てない。
「具体的に、先輩のどういうところに怒ってるんだ? 聞かせて」
「あ、ああ……」
どうも話しにくそうだ。
ただ話が込み入ってるだけではなく、沖にはやたらと怖がられている気配を感じる。
もっともそう仕向けたのは自分なのだが。
「俺達と一緒にいる時間が減ったことかな、練習もあまり指導してくれなくなったし」
そういえば四六時中一緒に居て疲れるって言ってたしな。
「お前と別れなかったことと……」
あー、うん。
「先輩自身、練習の負荷も下がったし……」
……そのあたりは知らなかった。だがよくよく思い返してみれば日曜日も喫茶店でだべることが増えた。もしかしたら拓巳先輩の練習の時間が減っていてもおかしくはない。
「で、こないだの件で俺と距離を置いたこと……このあたりか」
「……どーにも、難しい」
まあ百歩譲って先輩が他の部員と距離を置こうとして怒ったとか、練習が不真面目になったあたりはともかく、他は完全に筋違いと思う。拓巳先輩は絶対そんなことに納得しないし私も納得できない。私達が理解や納得できない論理で動いているということは、話し合いで解決しようにもまったくの平行線になるだろう。
「それで、さすがにこんなことやめた方が良いって言ったんだけど全然こっちの話を聞いてくれなくてな……」
「そこは押し切られないでほしかった」
「ま、まだ押し切られたわけじゃない! 話せばわかる……!」
「頼む」
「……と、思うんだが」
「お、おう」
そこで気勢が萎えてしまうあたり不安だ。いやしかし、一線を踏み越えて来た人間を説得するのは確かに難しいかもしれない。
「……でも、沖が嫌がってるのにやめるつもりがないって、どういう心境なの」
ちょっと素で疑問だ。
「……弓彦達は、その、先輩に負けるな、やり返すべきだって……」
「勝つとか負けるとかの問題なの」
「あいつら達にとっては、そうみたいだ。好き勝手やってる人に大きな顔させちゃダメだ、来年はお前が部長になるだから、って……」
実はちょっとだけ陸上部に未練らしきものはあったんだが、辞めて良かったと本気で安堵した。私にはやっぱり体育会系で生き残るのは無理だったよ。
「だから俺が強く止めようとすればするほど、逆に弓彦達が勢いづきそうで怖い……」
「う、うーん……」
沖がダメとなるとお手上げ状態になりかねない。私が笹原の前に出しゃばっても火に油を注ぐだけになりそうだしこれは困った。先輩が私を庇ってくれた結果として起きた事だと言うのに私自身が無力だ。どうしよう。
「ともかく、先輩の参加辞退が部内に広まったら騒ぎになると思うし……そうなると弓彦達も冷静になるはずだ。もうちょっと説得続けてみるから井上は先輩の方を頼む」
「……お互い、過度な期待はやめよう。とりあえずなるようにしかならないし……」
「弱気なこと言わないでくれ……って言いたいところだけど、そうだな……」
沖は心底疲れた表情で力なく頷き、私も頷き返した。
つい先日、こいつに脅され、脅し返した仲というのに不思議なものだ。
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