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6話
しおりを挟む部活を辞めたことでできた時間をバイトのシフトに充てようと計画したが、「勉強するか休むかどちらかにしておけ」という両親の鶴の一声によって頓挫した。叔父貴に相談しても「忙しいときだけは頼むかもしれんが、まずは親の言うことをちゃんと聞け」ということでシフト倍増作戦は完全な失敗に終わったのであった。
「ってわけで、忙しかったら言って下さい」
平日の放課後。私はシフトが入ってるわけでも無いのにバイト先の喫茶店に客として訪れてカウンターに座り、コーヒーを注文した。
「お前、バイト先で客として遊びに来てリラックスできるって一種の才能だぞ」
店長が呆れながら呟く。が、なんだかんだでコーヒーと一緒に従業員向けの賄いをオマケしてくれるのでありがたい。賞味期限間近の見切り品だったりするが。
「……まあ……良いんじゃないですか……。こっちとしては助かるし……」
妙に陰鬱でしゃがれた声が聞こえてきた。
バックヤードからこの店のエプロンを着た男性が現れる。黒田先輩だ。
本来彼の背は高いのだが、猫背であまり大きいような印象がない。更に前髪が長く目がよく見えないので、なんとも言えない暗さが漂っている。
「あ、黒田先輩。お疲れ様です」
「ひさしぶり……最近、シフト合わなかったしね……」
「そうですね」
私が志望する最寄りの国立大学に通うニ年生で、少々引きこもり気味の男子だ。生来の暗さを直すために飲食業のバイトを探してここに行き着いたが、まだまだ改善の道のりは遠く見える。客が居るときはもう少し明るいのだが、気安く話せる人に対しては大体こんな感じだった。決して悪い人ではないのだが。
「でも今日は、暇かも……。天気悪いし……」
「ですね……。ちょっとカウンター借りて勉強してます。手伝うことあればいつでも言って下さい」
と、カウンターの一番奥の席を陣取る。忙しくなったときにいつでも仕事に入れるようにしておこう。
「良いから勉強してろ。伝票整理してっから、なんかあったら呼べよ」
と、店長が言ってバックヤードへと下がった。
店には私と黒田先輩だけが取り残される。夕方のこの時間にお客さんが居ないのは寂しい。午後6時頃になればぼちぼち人は増えてくるのではあるが。
「…………ところで、井上さん」
「なんでしょう、先輩」
「風のうわさで聞いたんだけど……彼氏ができたって……?」
「風のうわさも何も、店長から聞いたんですよね。事実ですよ」
「……リア充だ……うわあ」
黒田先輩はなんとも名状しがたい微妙な目で見てくる。たぶん妬ましいとか一抜けしやがってといった感じの感情表現なのだろう。
「うわあって言われると地味に傷つくんですが」
「あーあ……蓮君は引きこもりの素質あると思ってたのにな……」
「引きこもりって素質の問題なんですか」
そういうマイナスの才能とか要らないんですけど。
「顔見てみたい……今度、僕がシフト入ってるとき連れてきて……あ、いや、やっぱり良いや……リア充オーラきつい……」
「そんな日光に怯える吸血鬼みたいなこと言わなくても。ていうか私も見せびらかすような真似もしたくないですし」
「…………見られるのは苦痛?」
「少なくとも私はそうです。やいのやいの言われたらイラッとしますし」
「そこだよ、引きこもりの素質がある……他人の目が怖い性格でしょ……」
「それは……ありますね」
どうも私は、他人から声をかけられると嘲笑や攻撃じゃあるまいなと警戒してしまう性格になってしまった。
「でも残念……彼氏ができるくらいなら……大丈夫」
「なんでですか?」
「自分に近い立場の人の目が怖いものだよ……男の目が平気なら……なんてことない」
それを言われて、私はふと思った。あの人に正面から見られると怖い。
陸上部の皆といるときは快活だが真面目で、まさしく規範的な人物だった。御法川先輩と二人きりのときは、部活中の姿からは想像できない不思議なペシミズムがある。気分屋の猫のようでもあり、獲物をいたぶる虎のようでもある、そんな気まぐれな闇を何故か私だけに見せてくれる。
あれ、待てよ。そう考えると御法川先輩も友達いないんじゃないか? 陸上部の面々と和気藹々と話しているように見えるが、私に言い放つような毒舌や皮肉を言ってるようには見えない。というか見せていたら慕ってくる人間は減っているだろうと思う。
……友達がいないのに恋人が居るって、お互いにメンヘラ一直線になりそうで怖い。もっともあくまで恋人「役」であって、ずるずる深みに陥るということは無いとは思うのだが。
「うっわ……彼氏のこと考えてる……リア充乙女だ……」
「あの、そういう話題振ったの黒田先輩ですからね?」
そんな雑談をしながら店で勉強を進めたが、夕方になるとサラリーマンの客が増えて結局小一時間ほど働くことになった。手伝ってくれと言われた程度で内心嬉しくなってしまう自分は安上がりだなとしみじみ感じた。
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