Lovers/Losers

富士伸太

文字の大きさ
上 下
4 / 26

4話

しおりを挟む

 先輩の突然の来訪があった次の週の学校。

 私はいつも通り自分の机で弁当を開こうとしたあたりで先輩からメールで呼び出された。まあ一応付き合っているという形なのだ、呼び出されること自体は構わない。

 構わないんだが、その場所が問題だった。

「中庭は目立つんじゃないですか」
「むしろある程度は人目につかないと困る。女避けになって欲しいって目的があるんだから」
「カカシを納屋に突っ込んでも意味がないって話ですか……まあそういうことなら協力しますが」
「顔にへのへのもへじでも書いてやろうか」
「私は他人からの評価がなんであれ、親から貰った顔が嫌いじゃあないんです」
「良い心がけだな。それじゃあ飯としようか」

 中庭のベンチは丁度木陰になっていて風通しも良い。冬は寒すぎて辛いが、5月という今現在では悪くない憩いの場所だ。つまり人が集まる。そして周囲は私達の方をちらちらと見ている。こっち見てんじゃねえよと言いたいところではあるが、直接あれこれ詮索するような奴が居ないだけ良いのだろう。
 と、思っていたら、丁度厄介そうな連中が来た。

「拓巳(たくみ)先輩、どうしたんです?」
「おう、沖か。どうしたも何もご飯食べてるんだよ。見りゃわかるだろう?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした男が、御法川先輩に声をかけた。陸上部の二年生の沖だ。眼鏡をかけたスポーツ刈りで、顔つきもどこか優しそうな印象だ。だが、顔に似合わず性格はまさしく体育会系スパルタといった感じで、私のようなエンジョイ勢とはあまり折り合いが良くなかった。良くなかった、と過去形で表現できることが嬉しいのでこちらに構わないでほしい。

「それは……そうですけど……」

 目は口ほどに物を言うなどと言うが、「なんでこいつと」という不躾な視線を送ってこられてもな。ケンカ売ってんの。

「私達、付き合ってるの」
「いや、そういう冗談は良いから……」

 と、沖は歯牙にもかけずに私の言葉を切り捨てる。

「いや本当だ。付き合ってるんだ」

 御法川先輩の言葉に、沖の表情が固まった。

「そうだ、蓮美。昨日淹れてくれたコーヒー美味しかったな。また頼むよ」
「ええと、淹れてきましょうか。タンブラーか何かに入れて」
「良いのか?」
「淹れたてじゃないんで香りは飛んじゃいますけどね、それでもよければ」

 私も御法川先輩も、良い趣味をしていない。独り者を煽るカップルの如く、沖がショックを受けているのを密やかに楽しんでいる。私達の状況とは違うだろうが、他人の男や女を狙う間男間女ってのはこういう背徳感を求めているんだろうな。いつの世も不倫がなくならないわけだ。

「あー、その……お邪魔しました」
「ああ、またな」

 沖は肩を落として中庭から去っていった。

「……あれで良かったんですかね」

 男同士の関係というものはよくわからないが、沖は御法川先輩を慕っていたように思う。私は正直彼のことが苦手だからダメージ食らおうと一向に構わないんだが。

「……良いんだ。正直ちょっと沖に……というか、沖達に依存されて困っていたんだよ。部活中もずっと側に居て、他の部員が俺に話しかけにくい感じになってる。女に言い寄られて困るというのもあるが、言い寄ってくる男も同じくらい面倒だ」
「い、依存ですか……」

 男の友情というやつですかね。
 友情と依存って結びつけると恋愛に発展する気もするけど。

「休みもひっきりなしにメールで相談とか遊びに付き合うとなると流石にな……俺から卒業して彼女でも見つけて欲しい」
「まあ確かにそこまでは面倒見きれませんね」
「俺はただ走りたいだけで陸上をやってるんだ。だから頼られすぎても疲れる」

 その言葉は意外だった。間違いなく御法川先輩は陸上部でリーダーシップを発揮していた。他人を気にせず自分の練習、自分の結果しか興味がないというストイックなタイプとも違い、仲間や後輩の面倒をよく見ていたし、顧問の先生から頼まれる雑事も嫌な顔をせずにこなしていたように、私の目には映っていた。

「……まあ私はもう陸上部じゃないんで、愚痴りたいことがあれば幾らでもどうぞ」

 仮初の彼女とはいえ、そのくらい労っても罰はあたるまい。

「それよりもコーヒーの話は本当だろうな? 頼んだぞ」
「いや良いですけどね。そんなに美味かったんですか?」
「ああ。あれでもっとフードメニューが多ければ俺好みなんだが」
「店長にかけあってみますよ」

 そんな他愛ない話をしながら昼休みを過ごした。

 友達が居らず暇潰しに困っていた身としては純粋に助かったと思う。お互い、利益を与えあっていると思うと気が楽になった。誰かとダメージを与え合うだけの関係よりはよほど救われる。

 しかし御法川先輩は自分がこれまで抱いていた人物像と実物との間に相当なギャップがある。私自身、色眼鏡で見ていたということもあるかもしれないが、これまで抱いていた御法川先輩のイメージと、周囲の人間が抱く御法川先輩のイメージはそう大きくズレてはいないはずだ。御法川先輩は、自分の素というものを友人や知人に見せてこなかったのだろうか。

 そう考えると、先輩も孤独な人なのかもしれない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】

remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。 干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。 と思っていたら、 初めての相手に再会した。 柚木 紘弥。 忘れられない、初めての1度だけの彼。 【完結】ありがとうございました‼

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈 
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...