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4話
しおりを挟む先輩の突然の来訪があった次の週の学校。
私はいつも通り自分の机で弁当を開こうとしたあたりで先輩からメールで呼び出された。まあ一応付き合っているという形なのだ、呼び出されること自体は構わない。
構わないんだが、その場所が問題だった。
「中庭は目立つんじゃないですか」
「むしろある程度は人目につかないと困る。女避けになって欲しいって目的があるんだから」
「カカシを納屋に突っ込んでも意味がないって話ですか……まあそういうことなら協力しますが」
「顔にへのへのもへじでも書いてやろうか」
「私は他人からの評価がなんであれ、親から貰った顔が嫌いじゃあないんです」
「良い心がけだな。それじゃあ飯としようか」
中庭のベンチは丁度木陰になっていて風通しも良い。冬は寒すぎて辛いが、5月という今現在では悪くない憩いの場所だ。つまり人が集まる。そして周囲は私達の方をちらちらと見ている。こっち見てんじゃねえよと言いたいところではあるが、直接あれこれ詮索するような奴が居ないだけ良いのだろう。
と、思っていたら、丁度厄介そうな連中が来た。
「拓巳(たくみ)先輩、どうしたんです?」
「おう、沖か。どうしたも何もご飯食べてるんだよ。見りゃわかるだろう?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした男が、御法川先輩に声をかけた。陸上部の二年生の沖だ。眼鏡をかけたスポーツ刈りで、顔つきもどこか優しそうな印象だ。だが、顔に似合わず性格はまさしく体育会系スパルタといった感じで、私のようなエンジョイ勢とはあまり折り合いが良くなかった。良くなかった、と過去形で表現できることが嬉しいのでこちらに構わないでほしい。
「それは……そうですけど……」
目は口ほどに物を言うなどと言うが、「なんでこいつと」という不躾な視線を送ってこられてもな。ケンカ売ってんの。
「私達、付き合ってるの」
「いや、そういう冗談は良いから……」
と、沖は歯牙にもかけずに私の言葉を切り捨てる。
「いや本当だ。付き合ってるんだ」
御法川先輩の言葉に、沖の表情が固まった。
「そうだ、蓮美。昨日淹れてくれたコーヒー美味しかったな。また頼むよ」
「ええと、淹れてきましょうか。タンブラーか何かに入れて」
「良いのか?」
「淹れたてじゃないんで香りは飛んじゃいますけどね、それでもよければ」
私も御法川先輩も、良い趣味をしていない。独り者を煽るカップルの如く、沖がショックを受けているのを密やかに楽しんでいる。私達の状況とは違うだろうが、他人の男や女を狙う間男間女ってのはこういう背徳感を求めているんだろうな。いつの世も不倫がなくならないわけだ。
「あー、その……お邪魔しました」
「ああ、またな」
沖は肩を落として中庭から去っていった。
「……あれで良かったんですかね」
男同士の関係というものはよくわからないが、沖は御法川先輩を慕っていたように思う。私は正直彼のことが苦手だからダメージ食らおうと一向に構わないんだが。
「……良いんだ。正直ちょっと沖に……というか、沖達に依存されて困っていたんだよ。部活中もずっと側に居て、他の部員が俺に話しかけにくい感じになってる。女に言い寄られて困るというのもあるが、言い寄ってくる男も同じくらい面倒だ」
「い、依存ですか……」
男の友情というやつですかね。
友情と依存って結びつけると恋愛に発展する気もするけど。
「休みもひっきりなしにメールで相談とか遊びに付き合うとなると流石にな……俺から卒業して彼女でも見つけて欲しい」
「まあ確かにそこまでは面倒見きれませんね」
「俺はただ走りたいだけで陸上をやってるんだ。だから頼られすぎても疲れる」
その言葉は意外だった。間違いなく御法川先輩は陸上部でリーダーシップを発揮していた。他人を気にせず自分の練習、自分の結果しか興味がないというストイックなタイプとも違い、仲間や後輩の面倒をよく見ていたし、顧問の先生から頼まれる雑事も嫌な顔をせずにこなしていたように、私の目には映っていた。
「……まあ私はもう陸上部じゃないんで、愚痴りたいことがあれば幾らでもどうぞ」
仮初の彼女とはいえ、そのくらい労っても罰はあたるまい。
「それよりもコーヒーの話は本当だろうな? 頼んだぞ」
「いや良いですけどね。そんなに美味かったんですか?」
「ああ。あれでもっとフードメニューが多ければ俺好みなんだが」
「店長にかけあってみますよ」
そんな他愛ない話をしながら昼休みを過ごした。
友達が居らず暇潰しに困っていた身としては純粋に助かったと思う。お互い、利益を与えあっていると思うと気が楽になった。誰かとダメージを与え合うだけの関係よりはよほど救われる。
しかし御法川先輩は自分がこれまで抱いていた人物像と実物との間に相当なギャップがある。私自身、色眼鏡で見ていたということもあるかもしれないが、これまで抱いていた御法川先輩のイメージと、周囲の人間が抱く御法川先輩のイメージはそう大きくズレてはいないはずだ。御法川先輩は、自分の素というものを友人や知人に見せてこなかったのだろうか。
そう考えると、先輩も孤独な人なのかもしれない。
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