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「ふぅ、一丁上がりぃ~♪」
 黒い返り血のついたハンマーを肩に担ぎ、赤髪の美少女は無邪気に笑う。
「助かったよ」、と言おうとした僕の口はまだグールの残した奇術により動かなかった。
 
「あれっ?」
 命のやりとりが終わると、美少女がやっと僕の存在に気がつく。
「あははっ、変なポーズ。それ、なんかの儀式ですか? 雨乞い、とか?」
 返答不可。
「雨はもう降ったんで、儀式はやめちゃってください。グールの血の雨でしたけどね、ふふっ」
 返答不可。奴等はグールで正しかったようだ。
「んも~、もういいですってば~。あんまりふざけてると、あなたの頭もカチ割っちゃいますよ? スプリンクラーにしちゃいますよ~?」
 そう言って、彼女は一メートルほどのトゲトゲのハンマーを軽々と振りかぶった。
 ヘッドがぶおんと風を切る。トゲトゲからはグールの返り血がまだポタポタと滴っていた。その血液が、今の僕にはあまり他人事とは思えなかった。
 しかし依然、返答不可。
 頭の中は死の恐怖で満ち満ちているというのに。

「……あ!」
 彼女は何かに気がつくと、ハンマーの巨大なヘッドをズドンと地面に突き刺した。
 不吉な武器から離れ、華奢な肉体だけになった彼女が動けない僕へと接近する。ハンマーさえなければ文句なしの美少女だ。
 キスするのではないかというような距離まで顔を近付けると、彼女はじーっと僕の瞳を覗き込む。
「あぁ~……なるほ。スロウをかけられてるんですね。あのグール羽根つきになってましたしね~。その様子だとほぼストップの領域のように思えますが……」
 彼女は背負っていたリュックを下ろし、ガサゴソとその中を漁り始める。
「まぁ、グールがストップなんか使えるわけないですけど……あった! じいじ特製の万能薬~」
 彼女はドラえもん風にそう言った。
「コイツを飲めば、グール程度のスロウなんかすぐにスカッと全快ですよ~!」
 万能薬を僕の口に近づけると、彼女は首を傾げる。
「……あんま口開いてないですね。これはチューで流し込むタイプのあれですか。はいはい、やりますよ。かろうじてあなたブスではないですし。良かったですね。親に感謝するんですよ」
 そう言って彼女は万能薬を口に含める。
 二十余年貞操を貫いた僕であったが、異世界にてやっと初チューを遂げられることとなったのだ。しかもこんな美少女と……。
 唇と唇が重なる。
 柔らかい。あぁ、このまま全身が秩序を失い、液体にでもなってしまいそうだ。
 万能薬が口内から喉を通り、体内へと侵入する。生姜でも入っているのか、腹がじんわりと熱を持つ。
 指先が動く。
 僕は思わず、彼女の体を抱き締めた。
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