上 下
4 / 9

ヒート2

しおりを挟む
俺はあいつの出て行った方を見つめながら、しばらくボーッとしていた。

そうしていると、段々と体の熱が覚めていき、思考もクリアになっていく。

「何も、されなかった……?」

疑問を頭に浮かべながら、あいつが最後に言ったことを思い出す。

とりあえずズボンを履く。

扉を少しだけ開けて外の様子を伺うと、グレイヴは遠くで壁に寄りかかり立っていた。

こちらに気づき、ある程度近づいたところで止まる。

「もう、大丈夫そうか?」

コクリと頷く。

「そうか」

グレイヴは今度は近くまで寄ってくると何かを確認した。

「薬がちゃんと効いたみたいでよかった」

「入れば?」

「ああ」

保健室に入ったグレイヴはソファに座る。

俺はグレイヴと距離を開けて端に座った。

少しの沈黙の後、俺は聞いた。

「……薬って抑制剤だよな」

「そうだ」

「薬を飲ませるために俺を保健室に?」

「ああ、とても辛そうだったから落ち着いたところで早く飲ませてあげようと思って」

「そうか」

意外と良心のある奴なのかもしれない。

「嫌だったか?」

フルフル首を横に振る。

「良かった」

グレイヴは安心した顔で笑う。

「俺が薬はないって言った後……」

「っ!あれは、すまなかった!!」

「ヒート中のΩは本能的に行動するようになる。抑制剤を隠したり、飲ませようとしても拒否したりするが、それは本来の意思とは異なる場合がある。と昔読んだ本に書いてあった」

「だから、どこかに隠し持っているかもしれないと思って、探そうとしたんだが、その、まあ、探しづらかったから仕方なく……と言っても言い訳にしかならないだろうが」

「いや、いいんだ。緊急時だったし」

αだけど、Ωのことをちゃんと考えている。

理解している。

「正直、俺はお前に犯されると思ってた」

「俺はそんなことはしない!それだけは確かだ。信じてくれ」

「それはもうわかってる。でも俺は本気でそう思ってたし、あの薬は避妊薬に見えてた。だから、拒否した」

俺はずっと、自意識過剰だったのかもしれない。

「……すまない。怖い思いをさせた」

こんなただ優しい奴が、俺を襲うなんて考えそうもない。

「お前は何も悪くない。俺が怖がり過ぎてただけだ」

「いや、怖がるのは当たり前だ。ヒート中のΩは弱くなる。警戒はしないと、命を落としかねない」

「……普段、Ωは弱いと言われるのは腹が立つ。でも、こればっかりは認めざるを得ない」

ヒートになりαと出会ってしまった事に驚き錯乱し、しかし簡単に体を許した。

自分が弱い人間だと、身につまされた。

膝を抱え顔をうずめる。

「俺を見つけたのがお前で良かった。俺は嫌だ嫌だと思っていても、なんの抵抗も出来ずに、お前に運ばれて薬を飲まされた。今回は違ったから良かったけど、これが俺の想定した通りになっていたらと思うと、ゾッとする」

「それは俺もゾッとする。本当に俺で良かった」

グレイヴをチラリと見ると真っ直ぐな瞳と目が合い、胸がザワザワした。

決して嫌なざわめきではなくて、むしろ暖かくなるような不思議なざわめき。

それは、初めて出会い目が合った時と同じで、今度は恥ずかしくて目を逸らした。

「俺は昔からαが大嫌いだ。だけどお前なら、好きになれそうな気がする」

「それは、とても嬉しいな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

変態の婚約者を踏みましゅ!

ミクリ21
BL
歳の離れた政略結婚の婚約者に、幼い主人公は頑張った話。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

モブオメガはただの脇役でいたかった!

天災
BL
 モブオメガは脇役でいたかった!

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

欠陥αは運命を追う

豆ちよこ
BL
「宗次さんから番の匂いがします」 従兄弟の番からそう言われたアルファの宝条宗次は、全く心当たりの無いその言葉に微かな期待を抱く。忘れ去られた記憶の中に、自分の求める運命の人がいるかもしれないーー。 けれどその匂いは日に日に薄れていく。早く探し出さないと二度と会えなくなってしまう。匂いが消える時…それは、番の命が尽きる時。 ※自己解釈・自己設定有り ※R指定はほぼ無し ※アルファ(攻め)視点

処理中です...