死が二人を分かつまで

KAI

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”もうひとりの門下生”

【セツナの成長】

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 セツナはまるでかわいたスポンジのようだった。



 芥川による日本語教育は、驚くほどスムーズに進んだ。最初は簡単なひらがなから始めたのだが、一週間もせずに会得えとく。カタカナや初歩的な漢字などに至っても、二週間とかからなかった。



 水分をぎゅんぎゅんと吸い込んでいくような感覚に、セツナ自身が楽しくてしょうがなかったのだ。



 人生で初めての何かを『学ぶ』という行為。



 そこに喜びを見出だすこと自体が天賦の才が現れているが、教えている側の芥川も舌を巻くほどだった。



 三週目には、あえて芥川も日常会話を日本語で行うようになったが、セツナはほとんど不自由を感じなかった。



 ただ・・・・・・失語症しつごしょう依然いぜんとして治る兆しはない。



 幾度いくども、声出しの練習をしてみた。



 笑ったり、唸ったりはできる。



 しかし、声を出すーーーーこうなると、全くできなかったのだ。



「まあ、コレも個性として考えましょう。もちろん、医者に通うのは前提としてですが」



 芥川は前向きだった。



 言葉だけではなく、芥川はセツナに変化をもたらしていた。



 まずは髪型。



 密航船で、乱暴に切られた美しい銀髪を整えるべく、髪が伸びてきた頃に美容院へ連れて行ったのである。



「あら、芥川さん。こんにちは」



 芥川御用達の美容院『』の店主だ。



 年頃は三十ジャストだが、派手な見目をしており、軟骨ピアスは当たり前のように装着。髪はブリーチにしていて、目鼻立ちが整っている。



 なんと言っても、赤のシャツを着ているのだが、そこから覗く腕には炎などのタトゥーが彫られているのであった。



 ちなみに、店の名前になっている『』は、彼女の背中に九尾のきつねが入っているためである。



 一見恐い印象の彼女だが、顧客こきゃくの立場になり、その人物の人生が喜びで満たされる一助になれればいいという奉仕精神で店を営んでいる。



「今日はどうしたのかしら? とうとうその野暮やぼったい髪を私に任せる決意ができたの?」


「いいえ。貴女に任せたら後戻りできなくなる気がしているのでパスです」


「だったら冷やかし?」


「とんでもない。この娘の髪をお願いしたく・・・・・・」



 芥川の背中に隠れるように立っていたセツナが、ひょこっと顔を出した。



「あら~可愛い♡ あなたの子?」


「いえいえ。実は当分面倒を見ることになりましてね。しかし私では美的センスが足りないので、貴女にご協力を願いたい」


「ふ~ん」



 キュウビの店主が手招きをしている。



 セツナはちらりと芥川の顔を見やったが、彼が笑顔なのを確認すると、テトテトと向かっていった。



 初対面の人間に触られるのは、少しばかり緊張するのだが、女性だと緩和される。



「へぇ~綺麗な銀髪ねぇ。しかも地毛・・・・・・何処の子なの?」


「東南アジアです」


「それにしてもイイわぁ~シルクの髪に、ルビーの瞳・・・・・・異国のお姫様ってとこね」



 ただ・・・・・・と、



「ピアス・・・・・・失敗したのかしら? こんなに乱暴に開けられて」



 左耳にふさぎつつある穴を、彼女は見ていた。



 そこには商品タグが刺さっていたのだが、芥川もセツナも言うことはなかった。



「それに・・・・・・髪もずいぶんと下手に切られてる。自分でやったの?」


「まあ、あちらの国には美容院なんてなかったのでね」


「・・・・・・さっきから、この娘への質問になんで芥川さんが答えてるのよ?」



 ギクリ・・・・・・



「いや・・・・・・その・・・・・・」



 ポンッ



 キュッキュッ



『私、声、出ない』


「・・・・・・そうだったの」


「ええ・・・・・・色々ありましてね」


「・・・・・・聞かないわ」



 ギュウッと、キュウビの店主は、セツナの細い身体を包むように抱きしめた。



「私には分からないけど・・・・・・大変だったわね」



 優しい抱擁ほうよう・・・・・・セツナのわずかばかりの緊張も、ほぐれていった。



「絶対に貴女の魅力を二〇〇〇パーセントに磨き上げてあげる!!」


「ハハハ・・・・・・よろしくお願いします」



 一時間以上かかりーーーー



 セツナは動きやすいショートボブになって帰ってきた。



「おや、貴女のことだからモヒカンにでもされるのではないかとヒヤヒヤしてましたよ」


「私のことなんだと思ってんのよ」


「ですが・・・・・・流石です。魅力が爆発してますね」


「ええ。ガソリンをかけたレベルで爆発させたわ」



 セツナは短くなった髪の毛の先をくりくりといじっていた。



「ありがとうございます。代金はこちらに・・・・・・」


「いらなぁい」


「なんですと?」


「この娘へのサービス♪ たくさんカワイイを振りまいて、この店の評判をブチアゲしてね♡」


「それではお言葉に甘えて・・・・・・」


「あと、アンタの髪も・・・・・・」


「では失礼します。セツナさん。行きましょう」


「・・・・・・絶対、いつか爽やかアナウンサー風に切ってやる・・・・・・」



 カランカランと『キュウビ』を出ると、そのまま帰途についた。



「良かったですね。お似合いだと思いますよ」


「・・・・・・」



 キュッキュッ



『気に入った』


「それは良かった」
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