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”出逢い”
【後始末 その弐】
しおりを挟む関東某所の、雑居ビル。
一番下のガラス戸には金文字で大きく『関口組事務所』と書かれている。
だが、その中は凄まじい有様だった。
壁には血飛沫が飛び散り、床には血まみれのドスや木刀・・・・・・フルスイングされた金属バットはヘコんでいる。
応接間の社長椅子とでも言えばいいのか・・・・・・組長椅子と言った方が的確なのか。
座り心地がバツグンにイイ牛革張りの、その椅子に鎮座している男がいた。
コイツが、如何ともしがたい。
真っ赤なスーツを身に纏い、黒いシャツの胸元はザックリ開いていて刺青がチラリズムしている。丸坊主で、眉毛は弓のように反り返っていた。眼光はギラギラしており、闘志がメラメラと燃えたぎっているのだった。
こめかみから頬にかけて古い切創が走っており、無精ヒゲも生えている。
この確実にカタギではない男は、タバコを吸いながら、足を机の上でクロスしていた。
そして、ぐちゃぐちゃの応接間にずらりと並べられている男たちを睥睨しているのであった。男らはパンツまでもを奪われ、身体中にアザを作りながらもぶるぶる震えて裸で正座をしている。
その後ろには、鼻息荒い黒スーツの男たちが木刀を肩に担ぎながら、時折柔肌へ「オラァ、背筋が曲がってンだよ」などと言って蹴りなどを加えていた。
まさに地獄絵図ーーーー
ピピピッ♪
真っ赤なスーツの男の、スマートフォンが鳴った。
ピッ!
「お~芥川ちゃん! こんばんわぁ!!」
男の声は叫びすぎてしゃがれていた。
『丹波さん。首尾の方はどうですか?』
「ああ。もう終わってもうたわ・・・・・・ったく、もうちぃと歯応えがあると思うたンやが」
丹波 市郎・・・・・・関東の暴力団『大和組』直参団体の『仁侠会』会長を務めている。
すなわちヤクザだ。
『山崎さんたち警察では掴めていなかった船の情報を下さったおかげで、助かりました』
「おお、船の方はどやった?」
『そこそこ楽しめましたよ』
「羨ましいのぉ~関口の腐れ外道は、チャカ出すばかりで腕っ節はからっきしやったわ」
名字を呼ばれて、全裸の男のひとりがビクッと反応した。
「ま、久々に暴れられて良かったわ。関口組のシマもワシの物になったしな」
『関口組と関係を持っていたギャングのボスも、倒しましたのでしばらくは外国からの横槍を気にしなくていいでしょう』
「どうやった? Mr.リズムとか言うガキは・・・・・・?」
『ん~・・・・・・丹波さんなら一分もかからなかったでしょうねぇ』
「そんなモンかいな。しらけるわぁ~」
丹波はタバコを吸い終わると、吸い殻を関口目がけて投げつけた。
灰皿扱いされても、関口はただ下を見ていることしかできない。
「フゥ~・・・・・・ホンマに銭いらんのか?」
『ええ。関口組の用意していた人身売買用の資金は、仁侠会の物にして構いません』
「丸一年分のシノギに匹敵するで? 三分の一くらい貰ってもバチはあたらんと思うがなぁ」
『お金のために冷たい海を泳いだワケではありません』
「・・・・・・その様子やと、金よりもイイもの見つけた・・・・・・みたいな物言いやなぁ?」
新しいタバコを取り出すと、近くにいた舎弟がライターを持って駆けつけた。
そして火をつける。
さも当たり前かのような一連の動作だった。
『流石は御明察・・・・・・丹波さん。頼みがあります』
「フゥ~・・・・・・なんや?」
『山崎さんにもお願いしたのですが、この国にひとり分の空席、作ってもらえませんでしょうか?』
「・・・・・・拉致られた外国人か?」
『鋭い・・・・・・女の子です。年頃は一六歳』
「なんや? アラフォーにもなってようやく色気づいたンかいこのスケコマシが! ギャハハ!」
『いいえ・・・・・・私の眼をとった娘でしてね』
ピタリ・・・・・・
丹波の笑い声も、タバコを吸う音も止んだ。
クロスさせた足を下ろし、電話口にドスの利いた声で尋ねる。
「おいゴラァ・・・・・・ワレェ約束忘れたンやないやろうな? オドレはワシの獲物やど? なに勝手に傷物なっとんじゃぁ!!」
丹波の怒声は怯えている関口組構成員を震えさせ、身内であるはずの仁侠会の者たちにさえも一筋の汗をかかせた。
『・・・・・・忘れるわけない。ですが、失ったものはもうしょうがない。諸行無常です』
「・・・・・・」
『しかし、貴方との決着の前に深手を負ってしまったこと、申し訳なく思っております』
「・・・・・・で・・・・・・そのガキどないする気ぃや?」
『私が蕾を・・・・・・原石を・・・・・・才能を覚醒させる。そのために、私が育て、私が面倒を見ます』
「目ン玉えぐったガキを、強くするっちゅーンか! そらけったいなことするのぉ」
『武に生きる者であれば抗えない・・・・・・これは『業』です』
「分かった。山崎のクソポリ公は表の、ワシは裏の帳尻を合わせる。これでええねんな?」
『はい。お手数ですが、何卒・・・・・・』
「気にすなや。今回のことで金もシマも手に入った。礼を言うのはこっちの方や」
『あっ! あとひとつ、お願いイイですか?』
「ん?」
『実は今、長崎に居まして・・・・・・深夜ですし帰りの交通手段が・・・・・・』
「あー分かったわ。そっちにおる知り合いの運び屋に言っとく。ワシに借りがあるけぇ三十分もせずに飛んでくるはずやわ」
『何から何までありがとうございます』
「ええって! ほな、帰り道気をつけてなぁ~」
ピッ!
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
「お、親父・・・・・・灰が・・・・・・」
灰皿に捨てるのを忘れて、ほとんどが灰になっているタバコを丹波はずっと咥えたままだった。
ぼとり・・・・・・
灰が、真っ赤なスーツに落ちた。
それでも、身動ぎひとつしない。
部下たちは直感で悟った。
(キレてる・・・・・・ッッ)
フィルターを大きなガラス製の灰皿ににじり潰すと、そのまま、灰皿を鷲掴みにして椅子から離れた。
彼の周囲の空間が歪んでいるかのようだ・・・・・・尋常ではない怒り・・・・・・
「・・・・・・になりよって・・・・・・」
ズン・・・・・・
ズン・・・・・・
正座している関口のすぐ側までやってきた。
震えが加速して、歯がカチカチ当たる音が聞こえてくる。
「このワシよりも、今日会うたガキに入れ込みよって・・・・・・」
スッ・・・・・・
灰皿を、天高く振りかざす・・・・・・
そしてそのまま・・・・・・ッッ
ズゴォンッッ!!
関口の頭がパカッと割れ、鮮血が飛び散る。
うつ伏せに倒れ、痙攣ばかりして動かなくなりゆく関口。
粉々になったガラス片を持つ丹波は、眼をカッと見開き、鼻から大きく空気を吸い込んだ。
「このワシという好敵手がおるっちゅぅのにッッ!! 足りンとでも言うンけぇぇぇ!!」
手の中にあったガラス片がミシミシと音を立て、やがてはバリンと砕けた。
それでも尚、手を握りしめているために血が滴り落ちている。
部下たちは近づいていいものかどうか、測りかねていた。
とーーーー
「ふぅ・・・・・・今夜中にこの事務所消せ。明日になったら関口組の若頭に解散届持って警察署に行かせるンや。分かったなッッ!?」
「へいっ!!」
「はいっ!!」
「分かりやした!!」
事務所から出て行く丹波は、手を拭きながら、
「赤いスーツはホンマにエエなぁ・・・・・・返り血が目立たン・・・・・・ヒヒヒッ」
と、捨て台詞を残して行った。
この丹波市郎。ただのヤクザではない。
関東最大の広域暴力団『大和組』の幹部なのだ。
大和組は直系団体九九団体。構成員一五〇〇〇名を誇る。
そこの本部の実行部隊隊長を兼任しているのだ。
しかも若干三八歳という若さでである。
元より社会に居場所のない存在だった。
何しろ、ケンカが好き。
食事よりも、交尾よりも、この世の何よりも好きなのだ。
ケンカを『愛している』と言っても過言ではない。
あまりの凶暴性によって、警察関係者でさえも取り調べを遠慮するほどだった。
しかし、初めて敗北を知ったのは二五の冬。
仁侠会という自分の組織を立ち上げた当初だ。
最強の武道家がいる・・・・・・その噂を聞き、居ても立ってもいられず、ドス一本を持って挑戦しに行った。
そして負けた・・・・・・
だが、自分よりも強い・・・・・・ゴッツい男に惚れ込んだ。
強い男のみが、自分と対等なのだ。
そこに盃やら、役柄やら、年齢も関係ない。
初めての対等な相手に、興味関心を持つなという方が無理だろう。
そして・・・・・・いつの日か・・・・・・必ず勝つ。
そのために、あの男を無事に生かしておかなければいけない・・・・・・どんな犠牲を払おうとも、アイツを守り、極上の御馳走をたいらげてやる・・・・・・ッッ!!
他の誰にも渡さんッッ!!
漢・丹波ーーーー
譲れぬ挟持だ。
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