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マツダくんの新しい恋

愛のマツダ兄弟戦争

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「なんでこっちを買ってきたんだよ!バカかお前!小5にもなって買い物もロクに出来ねーのか⁉︎」
「うるせーよ!パシられてやってんだから感謝しろよな!俺はこっちが食べたい!いや、こっちしか愛せねーんだ!」
「ふざけんな!出したの俺の小遣いからだろ!出資者の言うことききやがれ!」
「はぁ⁉︎ちょっと表に出ろやゴルァ!」
「上等だゴルァ!」


 まだ少しだけ強い風が吹く団地の10階廊下で、長身の男子高校生と伸び盛りの小学生男子が一触即発状態だった。西部劇であれば決闘の場面のようなものだった。

「あんた達、何してんのよ。さっさと中に入りな。」
「かーちゃん
      は黙ってろ!」
「オフクロ

 上下グレーのスウェットを着ている松田まつだ家の長男、智裕トモヒロ
 三本ラインの半丈ジャージと紺色迷彩柄のTシャツを着ている松田家の次男、智之トモユキ
 睨み合い、威嚇し合う。


「あれ?智之に、お兄さん、どうしたんですか?」

 エレベーターの方から歩いてくる黒髪の爽やかな笑顔の少年が2人に声をかけた。その声の主を2人は見るが、殺気は漂ったままだった。

「よぉ、宮西みやにし弟その1。」
大介ダイスケ!これはユユしき事態なんだ!」
「どう見てもいつもの喧嘩にしか見えないんだけど。あ、おばさん、こんにちは。」

 少年、宮西大介は2人を横切って玄関先の松田母の隣まで行く。

「あぁ、大介くん、こんにちは。」
「今日は何が原因なんですか?」
「さっきね、智之にお使い頼んだのよ。智裕がついでにポテチを頼んだら、智之がコンソメ味買ってきちゃったのよ。」
「あー……。」
「ところで大介くん、どうしたの?もう5時になるけど。」
「あー、ちょっとばかり避難させて下さい。椋丞が家に彼女ヨーコさん連れてきちゃったんで。」
「ありゃー……じゃあ上がりなさい。ほら、あんた達もバカやってないでさっさと家に入りなさいよ!」

 松田母と大介はドアを開けて家の中に入っていった。

 それでもこの兄弟の睨み合いは終わらない。

「今日という今日は許さねーぞ智之ィ。ポテチはのりしおが至高に決まってるんだ!それが世の常なんだぞ!」
「にーちゃんってそんなんだから残念なイケメンって言われんだぞ。」

 グサッ

「お、お前は小学生でコンソメなんて、な、生意気なんだよ!だから背も伸びねーんだよチビ!」

 グサッ

「う、うるせー!成長期なんだよ馬鹿野郎!あ!そうだ!さっき大介のにーちゃんから聞いたぞ!にーちゃん、クルミちゃん(※)にフタマタされたって!」
「はぁ⁉︎さ、されてねぇし!何言ってんだ!俺がフッてやったんだよ!バーカ!」
「あ!あと!大竹も言ってたぞ!にーちゃんはチン●が粗末で彼女を満足させられなかったとかな!」

 グサグサッ
( ※1話にて智裕をフッた二股女)

(宮西ぃ、大竹ぇ……。)

「あと江川のにーちゃんがポテチ食い過ぎたらデブになって恋人にフラれるぞー!って言ってたぞ!」

 近所のネットワークによって智裕はKOノックアウトされた。

「智之、一緒にコーラでも飲もうか。」
「そうだな!にーちゃんのバーカ!」

 玄関から出てきた大介は智之を呼んで、家の中に招き入れた。智裕も続こうとしたら、ガチャリと施錠された。

「てめ!智之ぃぃぃ!」
「この家は今からコンソメ派の城だ!のりしお派は入るなー!」
「だ、そうです、お兄さん。」
「宮西弟その1!お前もコンソメ派かよ!」

 ガチャガチャ、とノブを動かしても鉄製のドアはピクリともしない。

「はぁ……ったく、スマホも財布もねーし。宮西んチ…はヨーコさん来てんだっけ……。」

 智裕にとって恒例になりつつあるような途方にくれてしまう状態。そしてこれも恒例になりつつある、通りすがりの救世主ならぬ大天使が現れた。

「智裕くん?どうしたの?」
「拓海さん…ちーっす……あれ?茉莉マツリちゃんは?」
「まだ保育園だけど。」
「そっか…今日土曜日っすもんね……あ、拓海さん!」
「ん?」
「拓海さんはポテチは何派ですか⁉︎コンソメなんてありえないですよね!ね⁉︎」

 拓海は唐突な質問に困惑しつつ、「うーん」と空を見ながら考えて答えを導き出す。

「俺は、うすしお派かな。」


***


 一方、智之は食卓でコーラを飲んだ後に、大介と自分の部屋に入ってテレビゲームをする。いつも大介が来たらやっている2人プレイのアクションゲームだった。

 宮西大介、智裕の同級生の宮西椋丞の弟で現在中学1年生、智之にとっては2つ上の幼馴染。
 宮西家は今時珍しい4人兄弟で母子家庭で母は昼も夜も働きに出るため、昔からこうして松田家に大介や椋丞が来ることが多い。というかそれが日常だった。

「なんでウチ来たんだよ。ヨーコちゃん、昔から知ってんじゃん。」
「んー……一応、気ぃ遣ってんだよ、これでも。」
「ふーん……あぁ⁉︎落ちる!」

 智之が操作していたキャラクターが奈落へ落っこちて、残機がゼロになった。そしてつまらなさそうに持っていたコントローラーをポイっと投げた。

「あーあ、メシまで暇だなぁ。」
「いつも悪いな、俺までご馳走になっちゃって。」
「別に俺がメシ作ってるわけじゃねーし……。」
「それもそうか。」

 ゲームを止めると智之はなんだかソワソワと落ち着かない態度を取る。大介はそれがおかしくて静かに笑う。

「お兄さんが気になるの?」
「は、はぁ⁉︎んなもん、気になるわけねーし!」
「でもさ……。」

 大介は急に深刻そうな声をする。それに少しだけ怯える智之。

「お兄さん、財布もスマホも家の中だしさ……もうすぐ夜になるし、俺の家には入れないし……早く智之が許してあげないと…。」
「…あげ、ないと?」
「お兄さん、智之のこと一生恨みながら死んじゃうかもよ。」

 こんな子供騙しな言葉、智之にはまんまと引っかかる男子だった。顔を真っ青にして部屋を飛び出した。ガタン、バタンと大きな音がする。それを聞くと大介は笑った。

「ほんと、可愛い奴。」


 飛び出した智之は廊下に出てキョロキョロと見回す。半べそをかきながら、まずはエレベーターの方へ、誰もいない。そして反対側の外側非常階段に一気に走る、いない。
 10階は最上階でその上には踊り場と消防用給水タンクしかない。両親には危ないから登るなと言われるその階段を1、2と上がる。


「ん……んん……。」

 クチュ、チュ

 小学生の智之にとっては聞いたことのない水音が響いてくる。なんだか気まずくなった智之は、忍び足で、恐る恐ると階段を登り、音と人の気配が近くなってきたらばそーっと先を覗く。
 智之はその光景に固まってしまう。

「あ……も、だめだって……ここ、外…。」
「だって家だと、30分じゃ足りなくなる……ね?」
「……ともひ、んんっ。」

 声の主は先ほどまでポテチの味で大揉めしていた実兄と、その兄の膝の上に乗っている綺麗な男性だった。

(あれって、隣の茉莉ちゃんのお父さん⁉︎何でにーちゃんと……。)

 智之は声を両手で塞いでそろりそろりと、階段を降り、廊下に足をつけた瞬間、一目散に自分の家に駆け込んだ。大袈裟な音が家中に響き、奥から母が顔を出してきた。

「智之⁉︎何してんのさっきから。」
「う、うるせぇ!」
「鍵は開けてんの?お兄ちゃん入ってこれないでしょ!」
「開けてるよ!」

 智之はサンダルを脱ぎ捨てて自室に入るとドアを激しく閉めて、荒い呼吸を整えることに努める。

「智之?どうしたの?」

 クッションに座って漫画を読んでいた大介は不思議そうに智之を見る。智之は半泣きだった目が、泣きっ面になった。

「だ、だい、すけ……に、にーちゃん……が…。」
「お兄さん?いたんだろ?仲直りしたのか?」
「い、いたけど……その、えっと……。」

 また先ほどの光景が頭の中に再生された智之は顔がとても熱くなった。頭のてっぺんから湯気が出そうになる。耳まで真っ赤になるくらい恥ずかしいが、意を決して事実を口にする。

「に…ににに…にーちゃんが……き、きす…してた。」
「………キス?って。」
「知らねーの⁉︎口と口でブチューってやるやつ!ジンコーコキューみたいなの!」
「それは知ってるよ。お兄さん、誰とキスしてたの?この棟に高校生の女の子なんていないじゃん。」
「え……っと………隣の茉莉ちゃんのおとーさん……。」

 空間が無音になる。
 しかしそれを壊したのは玄関から聞こえるガタン、という音とダラけきった兄の声だった。

「あー、ったく、散々だぜ。やっと開いたのかよー。」

 それは階段で聞こえた色っぽい声とは全く別人のようでのヘタレな声だった。その変貌ぶりに智之は恐怖を覚えたのか顔が一気に青くなる。

「智之……。」
「え?」
「今日智之が見たこと、誰にも言っちゃ駄目だよ。」
「な、なんでだよ⁉︎だって男ドーシだぜ⁉︎変じゃんか!」
「そ。男同士だから、お兄さんのやったことはなんだ。」

 真剣な表情をして大介は智之ににじり寄る。智之は後ずさりするが、壁についてしまった。そして大介はすかさず壁に手をついて智之を追い詰めた。顔を近づけて脅す。

「お兄さんが、いじめられたり、悪者にされるかもしれないよ?それでもいいのかな?」

 智之は肩を震わせて小さくなり、下を向いて涙を流しながら「いやだ。」と呟いた。

「だから、誰にも言わないこと……約束しろよ。」
「うん……言わない…絶対、い、言わない!」

 大介は「よく出来ました。」と智之の頭をポンポンと叩いた。

「智之ー、宮西弟ー、メシだってよー。」

 智裕が無遠慮に智之の部屋のドアを開けて2人を呼んだ。大介だけ返事をしたのを確認すると、智裕はすぐに離れて行った。だけどまだ智之は腰を抜かしてしまったのか動けないでいる。

「智之、どうしたの?早く行こう。」
「俺……にーちゃんの顔、見れねぇよ……。」

 小5の男児に兄の濃厚なキスシーンを目撃してしまったショックは計り知れない。大介はこの状況を理解出来た。

「智之ー!宮西弟ー!早くしねーと唐揚げ食べちまうぞー!」
「はぁ⁉︎ふざけんな!俺が食うんだー!」

 羞恥は食欲に勝てなかった。
 ポテチから始まった兄弟戦争は唐揚げによって終結した。

 食卓へ駆けていく智之を見ながら、大介は不敵な笑みを浮かべた。


「可愛いなぁ、智之は。」

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