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第6章「四聖獣ユニコーン」

クロボル討伐隊

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「ユニコーン、心配したんだよ!」

 追いついたセンテバは未知を脇に押し退けて、ユニコーンに抱きついた。首筋を撫で、頬を擦り寄せる。もしもセンテバに翼が生えていたなら、ドン・クロボルとの取引をそっちのけで、ユニコーンのもとに飛んで行ったに違いない。

「どうしてこんな所に捕まっているんだよ? 泉から離れるなんておかしいよ」

 センテバの問いに、ユニコーンはただただ鼻を鳴らすだけだ。

「ユニコーン、どうしたの? 喋れないの?」

 センテバは鎖がユニコーンの体力を奪っているのではないかと感づいた。

「今、この鎖を取っ払うからね」

 矢筒のベルトからナイフを取り出して構えると、鎖のつなぎ目の部分に何度も打ち付けた。
 キンキンと、金属と金属がぶつかり合う音に、ドンは気づくと、体を反転させて未知達がいる方に突進し、壁に激突した。ぶつかった所に亀裂が入り、瞬く間にユニコーンの足下まで迫ってきた。何度か衝突されたら、床が崩落し、瓦礫の下敷きになるだろう。

「どうしてびくともしないんだよっ」

 鎖には傷一つ付いていない。むしろナイフが刃こぼれした気がする。それでも、センテバは諦めなかった。
 未知は右腕が微かに痛んだ。つい先程まで緊張で痛みを忘れていた。昨夜と今朝も傷口に薬草を擦り込まれ、血が滲み出なくなったというのに。もしやドン・クロボルは、少女の右腕の傷に感づいていたのだろうか。

「馬とともに死ね」

 ドンは後退し、再び突進の体勢になる。

「そうはさせまいぞ!」

 サールはドンの突進を食い止めた。だが、左腕にドンの牙が突き刺さり、出血していた。長き戦いで体力を消耗し、踏ん張る両足にも疲れが見えている。スピリジは援護に回ろうとするが、クロボルに行く手を阻まれて動けない。
 猛り狂うドンは、顔を荒々しく左右に振って、牙に刺さったサールをふるい落とした。

「師匠っ!!」

 ローザは槍を構え、躊躇なく二階から飛び降りた。うまくドンの背中に飛び乗ると、頭を滅多刺しにした。だが、彼女の連撃は、ドンに効いていないようだった。ドンは闘牛の如く驀進ばくしんし、またもや壁に突っ込んだ。

「……くっ」

 ローザは寸でのところで飛び降り、サールのもとに駆け寄った。

「どうしよう……なにか」

 床には網の目のように亀裂が入り、地鳴りが起き、崩落寸前だ。未知は何もできずにたじろぐ。混乱の中で、不意にユニコーンをつないでいる鎖が視界に入った。ふと首輪に視点をずらすと、紫色の石がはめ込まれていた。

「センテバ、鎖から離れて」
「みち、何か分かったの?」

 センテバは怪訝そうな面持ちをするが、未知が剣を構えるのを見て、ユニコーンの背中にすり寄った。

(あの時と同じように)

 これが黒魔石ならば、剣の力で浄化できるはず。未知は切っ先に意識を集中し、石を突いた。刹那に、粉塵を巻き上げて足下が崩落した。

 ――未知。

 声が聞こえる。ゆっくりとまぶたを開けると、辺り一面が柔らかな光に包まれていた。右手に持った剣も、淡く光を放っている。自分は確か床の崩落に巻き込まれたはずである。

 ――未知、目が覚めたのね。

 女性の声は、センテバに助けられた時に聞いた時と同じ――優しく、慈しみを感じる声。

 ――私はユニコーン、助けてくれてありがとう。

 未知の目の前に、解き放たれた四聖獣が姿を現した。
 ユニコーンは、こんなにも大きいのだろうか。起立した一角獣は、未知の身長を優に超えて――顔を直視するには仰ぎ、背中に乗るには踏み台がないと無理だ――いる。肌は純白に輝き、艶やかな黒いたてがみが映える。額から生えている角は金色に光り、暖かな光を生み出している。鎖でつながれていた時は、きっと萎縮していたに違いない。

「センテバが迷惑かけなかった?」
「いえ、そんな……とんでもないです。センテバ……センテバ君は、私にご飯を作ってくれたり、町を案内してくれたり――」

 自分で何を言っているのか分からなくなってきた。相手は神聖な存在なのに、気さくに話しかけてきたので、まごついた。

「怪我をしているみたいね」

 ユニコーンはこうべを垂れ、角を未知の右腕に触れた。

(暖かい……)

 ユニコーンに初めて出会った時と同じだ。あの時は、額のあたりに温もりを感じた。痛みは徐々に引き、腕が軽くなった。左手で袖をめくると、傷は跡形もなく消えていた。
 ジュリスさんが生きていたら、ユニコーンに怪我を治してもらえたのではないかと思うと、いたたまれなくなった。ユニコーンは、そんな未知の気持ちを察してか、

「あなたは悪くない。命あるものには、必ず迎えが来るものなの。遅いか、早いかなのよ」
「でも……」
「あなたは、彼に言われたはず」
 ――生きろ。

 死にゆく間際、ジュリスはこう言い残した。怪鳥に止めを刺され、暗闇へと葬られる中で。あれは、逃げろと言ったわけじゃなかったんだ。

「あなたは、彼の分も生きなければいけない。あなた自身のためにも――」

 ユニコーンは、角で剣の切っ先に触れた。すると、触れた所から葉脈を思わせる光の筋が生じ、しなやかに柄まで伸びていった。柄にはめ込まれた宝玉は、ユニコーンの瞳と同じ若葉色に光り輝く。

「これは……」

 神魔羅殿で初めて剣を握った時と同じように、柄から翼が生える。今度は、黄色ではなく、新芽を思わせる黄緑色をしていた。

「未知、あなたに私の力を授けます――」

 これが四聖獣ユニコーンの力なのだろうか。優しくて暖かい光が未知の全身を包み込み、ユニコーンの姿が薄らいだ。
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