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第5章「ニャッカ王国珍道中」
猛るもの
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***
町の広場には、二人の男をかたどった像が建っていた。
遙か昔、世界に悪魔が跋扈し、ニャッカ王国がまだラスリン村と呼ばれていた時代のことだ。グレイドルという名の村長と、彼の補佐役であるスルースという男が悪魔の支配から村を守り、王国建国の祖となった。人々は、悪魔から村を守った二人を記憶に留めるため、町の中心に銅像を建てた。二人の功績と友情を忘れないようにするために。
筋骨隆々の逞しい体つきをしながら、どこか柔和な表情をしている男はグレイドルであり、彼の隣に立っている上背がある男はスルースだ。その二人の英雄の像がたった今、クロボルの猛進によって、見るも無惨に薙ぎ倒された。最近、町を頻繁に襲うクロボル――人は狼くらいの大きさと言っている――ではなく、家屋の二階に届かんばかりの巨大な魔物だった。
「ぎゃあぁっ!!」
突如として現れたボスに恐れおののいて逃げ出す町人を脇でうごめく子分たちが襲いかかる。もちろん逃げ惑う者も魔物の餌食になる。芝生は蹄でほじくり返され、彫像の周りに植えられていた色とりどりの花は、踏みつけられて無残に散っている。血の匂いと叫声が瞬く間に広場を覆い、地獄絵図を見ているようだ。
――ギュルルゥ!!
足りない、と言わんばかりに、ボスは鼻息を荒げ、うなり声を発す。半開きになった口からは涎が垂れ落ち、ぎょろりと飛び出して血走った眼は忙しなく辺りを見渡す。象牙のように太く長い牙には、満身創痍の男が突き刺さっている。腹を貫かれた男は虚ろな目をし、口から泡を吹きだしている。砂色の髪は泥に塗れて茶色くなり、顔に貼りついていた。
ボスは見境なく突進する子分とは違い、何かを待っていた。腰抜けの町人ではなく、骨のある奴を、殺りがいのある奴を待っていた。
「早く逃げて! 早く」
幸いにも、人々はクロボルにやられるばかりではなかった。
生き残ったニャッカの兵士達は、自ら盾になって町人達を町の外れにある教会に誘導し、クロボルに勇猛果敢に立ち向かっていた。その中の一人であるユディットという名の青年もまた数人の仲間とともに、広場に取り残された人々を救おうとしていた。青年は剣を振るい、次々と突進してくるクロボルに立ち向かう。
「ユディット、無茶をするな」
仲間に気遣いの言葉をかけられるが、ユディットは一歩も退かなかった。不在のテバーニ様に代わって、何としてもクロボルから町を守りたい。
(この左腕を怪我しなかったら……)
治ったばかりの左腕はまだ思うように動かせない。
一ヶ月ばかり稽古をしていなかったせいか、体がすっかりなまっている。訓練中の事故によって左腕を故障したせいで、一昨日まで実戦に出してもらえなかった。テバーニ隊に自分も加わり、クロボル退治に出陣したかったのだが、かなわなかった。テバーニ様のお力になれなかった自分が悔しい。その罪悪感を振り払うように、彼は剣を振るった。
倒しても、倒しても、クロボルは湧いたように出てくる。疲れて動きが緩慢になってきた仲間の隙を突いて、奴らは突進を仕掛けてくる。始めのうちは難なく奴らの突進を避けていたが、疲れが溜まるにつれて、かわすのが困難になってくる。誰かが誰かをかばう度に、一人が犠牲になり、命が一つずつ奪われてゆく。
血生臭さが増して辺りを見回せば、何人かいた仲間はクロボルの餌食になり、ユディット一人しかいない。右腕だけで左腕の動かない部分を補おうとするのは難しい。戦えるのは時間の問題か。
広場の中心に、一際大きなクロボルがいた。あれがきっと親玉に違いない。親玉に致命傷を負わせれば、ウジのように湧いて出てくる子分は逃げるに違いない。
ところが彼の視界に見覚えのある人物が入った。
「た、隊長っ!」
憧れの人は、親玉の牙に突き刺さっていた。鎧や籠手ははがされ、ぼろぼろのチュニックだけを纏い、顔はすっかりやつれ、血がこびり付いている。姿は変わり果てていたが、紛れもなくテバーニ隊長だった。
「今、助けにっ」
ユディットが叫んだと同時に、眼前に猛進する子分が現れた。剣を振り上げるのも、逃げるのも間に合わない。ここで終わりなのか。しかしテバーニ様と一緒に死ねるのなら幸せだと思った時、頭上の太陽を影が遮った。
町の広場には、二人の男をかたどった像が建っていた。
遙か昔、世界に悪魔が跋扈し、ニャッカ王国がまだラスリン村と呼ばれていた時代のことだ。グレイドルという名の村長と、彼の補佐役であるスルースという男が悪魔の支配から村を守り、王国建国の祖となった。人々は、悪魔から村を守った二人を記憶に留めるため、町の中心に銅像を建てた。二人の功績と友情を忘れないようにするために。
筋骨隆々の逞しい体つきをしながら、どこか柔和な表情をしている男はグレイドルであり、彼の隣に立っている上背がある男はスルースだ。その二人の英雄の像がたった今、クロボルの猛進によって、見るも無惨に薙ぎ倒された。最近、町を頻繁に襲うクロボル――人は狼くらいの大きさと言っている――ではなく、家屋の二階に届かんばかりの巨大な魔物だった。
「ぎゃあぁっ!!」
突如として現れたボスに恐れおののいて逃げ出す町人を脇でうごめく子分たちが襲いかかる。もちろん逃げ惑う者も魔物の餌食になる。芝生は蹄でほじくり返され、彫像の周りに植えられていた色とりどりの花は、踏みつけられて無残に散っている。血の匂いと叫声が瞬く間に広場を覆い、地獄絵図を見ているようだ。
――ギュルルゥ!!
足りない、と言わんばかりに、ボスは鼻息を荒げ、うなり声を発す。半開きになった口からは涎が垂れ落ち、ぎょろりと飛び出して血走った眼は忙しなく辺りを見渡す。象牙のように太く長い牙には、満身創痍の男が突き刺さっている。腹を貫かれた男は虚ろな目をし、口から泡を吹きだしている。砂色の髪は泥に塗れて茶色くなり、顔に貼りついていた。
ボスは見境なく突進する子分とは違い、何かを待っていた。腰抜けの町人ではなく、骨のある奴を、殺りがいのある奴を待っていた。
「早く逃げて! 早く」
幸いにも、人々はクロボルにやられるばかりではなかった。
生き残ったニャッカの兵士達は、自ら盾になって町人達を町の外れにある教会に誘導し、クロボルに勇猛果敢に立ち向かっていた。その中の一人であるユディットという名の青年もまた数人の仲間とともに、広場に取り残された人々を救おうとしていた。青年は剣を振るい、次々と突進してくるクロボルに立ち向かう。
「ユディット、無茶をするな」
仲間に気遣いの言葉をかけられるが、ユディットは一歩も退かなかった。不在のテバーニ様に代わって、何としてもクロボルから町を守りたい。
(この左腕を怪我しなかったら……)
治ったばかりの左腕はまだ思うように動かせない。
一ヶ月ばかり稽古をしていなかったせいか、体がすっかりなまっている。訓練中の事故によって左腕を故障したせいで、一昨日まで実戦に出してもらえなかった。テバーニ隊に自分も加わり、クロボル退治に出陣したかったのだが、かなわなかった。テバーニ様のお力になれなかった自分が悔しい。その罪悪感を振り払うように、彼は剣を振るった。
倒しても、倒しても、クロボルは湧いたように出てくる。疲れて動きが緩慢になってきた仲間の隙を突いて、奴らは突進を仕掛けてくる。始めのうちは難なく奴らの突進を避けていたが、疲れが溜まるにつれて、かわすのが困難になってくる。誰かが誰かをかばう度に、一人が犠牲になり、命が一つずつ奪われてゆく。
血生臭さが増して辺りを見回せば、何人かいた仲間はクロボルの餌食になり、ユディット一人しかいない。右腕だけで左腕の動かない部分を補おうとするのは難しい。戦えるのは時間の問題か。
広場の中心に、一際大きなクロボルがいた。あれがきっと親玉に違いない。親玉に致命傷を負わせれば、ウジのように湧いて出てくる子分は逃げるに違いない。
ところが彼の視界に見覚えのある人物が入った。
「た、隊長っ!」
憧れの人は、親玉の牙に突き刺さっていた。鎧や籠手ははがされ、ぼろぼろのチュニックだけを纏い、顔はすっかりやつれ、血がこびり付いている。姿は変わり果てていたが、紛れもなくテバーニ隊長だった。
「今、助けにっ」
ユディットが叫んだと同時に、眼前に猛進する子分が現れた。剣を振り上げるのも、逃げるのも間に合わない。ここで終わりなのか。しかしテバーニ様と一緒に死ねるのなら幸せだと思った時、頭上の太陽を影が遮った。
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