上 下
22 / 225
第1章「はじまり」

気配

しおりを挟む
 木立の間から山は見えているはずなのに、なかなかそこには辿り着けない。一向に山が近付く気配はない。この森は一体どこまで続くのか。イグエンは残光を見つめながら、木の幹にもたれこむ。
 親父は血眼になって俺を捜しているに違いない。だけど、この三日間まだ町民の誰一人にも会っていない。足音も捜索の声すら聞こえてこない。親父達は見当違いの場所に向かっているのか、それとも親父達が俺を見つけないように、誰かが影で助けてくれているのか。

「待っていたよ」

 最初は夕闇自体が囁いたのかと思った。目を凝らしてようやく焦げ茶の木の幹と区別がつく。それ程までに少女は闇と同化していたのだ。

「……君は!?」

 イグエンは目の前にたたずむ少女に見覚えがあった。一昨日、浜辺で助けた少女とどことなく似ていたからだ。肩に付くか付かないかくらいに切り揃えられた漆黒の髪と、青白い肌は浜辺で出会った時と同じ。イグエンを見つめる眼差しは鋭く、目尻は剣の切っ先を思わせる。

「君、目が覚めたんだな。どうしてここにいるんだ? 親父に言われて俺を連れ戻しに来たのか?」

 少女の濃紫の瞳には、動揺したイグエンが映っている。少女はブーツで落ち葉を踏みしめながら、イグエンに近づいてくる。

「俺は戻らない。君はどこから流れてきたか分からないが、君は俺と違って自由なんだ。俺にかまけている暇があるなら、どこかに行くと良い」

 君が行かないのなら……と、イグエンは立ち上がり、少女から離れて山の方角に急ぐ。しかし少女は無言でイグエンの後をついてくる。ガサガサと草木を分け入る音だけが二人の沈黙を埋める。

「逃げるのか?」

 森から少し拓けた場所に出た。

「あぁ、逃げるさ」

 歩みを止めて最初に口を開いたのは少女だった。
 イグエンは勢い良く振り返って少女を見つめる。

「君は、親父に俺を殺せと言われたんだろう。君が背負っている剣は俺を始末するための物なんだ……」

 少女は体の大きさとは不釣り合いな大剣を肩から胴に回したベルトに引っ掛けて背負っている。

「私はあなたを殺せない」

 少女は無表情で淡々と答える。

「殺せないって? 生け捕りにしろと言われたのか?」

 イグエンの返答に少女は微笑を浮かべる。彼女はコートの襟を整え、手にはめた黒い手袋を丹念に外す。

「あなたが必要だ」

 少女はさらに歩み寄り、視線はイグエンに近付くにつれて上向きになる。

「……君は神の使いか?」

 対するイグエンは体が動かない。じりじりと全身が強ばり、心臓が早鐘のように鳴る。これは少女から受ける恐怖か。
 否、体の中に流れる熱いものが今にも込み上げてきそうだ。火照りが、高揚していくのが分かる。イグエンはこの瞬間を深く待ち望んでいたのである。

「……まだ君の名前を聞いていなかったな」
「私はここにいる」

 少女はイグエンの顔に向かってゆっくりと手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...