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第1章「はじまり」
気配
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木立の間から山は見えているはずなのに、なかなかそこには辿り着けない。一向に山が近付く気配はない。この森は一体どこまで続くのか。イグエンは残光を見つめながら、木の幹にもたれこむ。
親父は血眼になって俺を捜しているに違いない。だけど、この三日間まだ町民の誰一人にも会っていない。足音も捜索の声すら聞こえてこない。親父達は見当違いの場所に向かっているのか、それとも親父達が俺を見つけないように、誰かが影で助けてくれているのか。
「待っていたよ」
最初は夕闇自体が囁いたのかと思った。目を凝らしてようやく焦げ茶の木の幹と区別がつく。それ程までに少女は闇と同化していたのだ。
「……君は!?」
イグエンは目の前にたたずむ少女に見覚えがあった。一昨日、浜辺で助けた少女とどことなく似ていたからだ。肩に付くか付かないかくらいに切り揃えられた漆黒の髪と、青白い肌は浜辺で出会った時と同じ。イグエンを見つめる眼差しは鋭く、目尻は剣の切っ先を思わせる。
「君、目が覚めたんだな。どうしてここにいるんだ? 親父に言われて俺を連れ戻しに来たのか?」
少女の濃紫の瞳には、動揺したイグエンが映っている。少女はブーツで落ち葉を踏みしめながら、イグエンに近づいてくる。
「俺は戻らない。君はどこから流れてきたか分からないが、君は俺と違って自由なんだ。俺にかまけている暇があるなら、どこかに行くと良い」
君が行かないのなら……と、イグエンは立ち上がり、少女から離れて山の方角に急ぐ。しかし少女は無言でイグエンの後をついてくる。ガサガサと草木を分け入る音だけが二人の沈黙を埋める。
「逃げるのか?」
森から少し拓けた場所に出た。
「あぁ、逃げるさ」
歩みを止めて最初に口を開いたのは少女だった。
イグエンは勢い良く振り返って少女を見つめる。
「君は、親父に俺を殺せと言われたんだろう。君が背負っている剣は俺を始末するための物なんだ……」
少女は体の大きさとは不釣り合いな大剣を肩から胴に回したベルトに引っ掛けて背負っている。
「私はあなたを殺せない」
少女は無表情で淡々と答える。
「殺せないって? 生け捕りにしろと言われたのか?」
イグエンの返答に少女は微笑を浮かべる。彼女はコートの襟を整え、手にはめた黒い手袋を丹念に外す。
「あなたが必要だ」
少女はさらに歩み寄り、視線はイグエンに近付くにつれて上向きになる。
「……君は神の使いか?」
対するイグエンは体が動かない。じりじりと全身が強ばり、心臓が早鐘のように鳴る。これは少女から受ける恐怖か。
否、体の中に流れる熱いものが今にも込み上げてきそうだ。火照りが、高揚していくのが分かる。イグエンはこの瞬間を深く待ち望んでいたのである。
「……まだ君の名前を聞いていなかったな」
「私はここにいる」
少女はイグエンの顔に向かってゆっくりと手を伸ばした。
親父は血眼になって俺を捜しているに違いない。だけど、この三日間まだ町民の誰一人にも会っていない。足音も捜索の声すら聞こえてこない。親父達は見当違いの場所に向かっているのか、それとも親父達が俺を見つけないように、誰かが影で助けてくれているのか。
「待っていたよ」
最初は夕闇自体が囁いたのかと思った。目を凝らしてようやく焦げ茶の木の幹と区別がつく。それ程までに少女は闇と同化していたのだ。
「……君は!?」
イグエンは目の前にたたずむ少女に見覚えがあった。一昨日、浜辺で助けた少女とどことなく似ていたからだ。肩に付くか付かないかくらいに切り揃えられた漆黒の髪と、青白い肌は浜辺で出会った時と同じ。イグエンを見つめる眼差しは鋭く、目尻は剣の切っ先を思わせる。
「君、目が覚めたんだな。どうしてここにいるんだ? 親父に言われて俺を連れ戻しに来たのか?」
少女の濃紫の瞳には、動揺したイグエンが映っている。少女はブーツで落ち葉を踏みしめながら、イグエンに近づいてくる。
「俺は戻らない。君はどこから流れてきたか分からないが、君は俺と違って自由なんだ。俺にかまけている暇があるなら、どこかに行くと良い」
君が行かないのなら……と、イグエンは立ち上がり、少女から離れて山の方角に急ぐ。しかし少女は無言でイグエンの後をついてくる。ガサガサと草木を分け入る音だけが二人の沈黙を埋める。
「逃げるのか?」
森から少し拓けた場所に出た。
「あぁ、逃げるさ」
歩みを止めて最初に口を開いたのは少女だった。
イグエンは勢い良く振り返って少女を見つめる。
「君は、親父に俺を殺せと言われたんだろう。君が背負っている剣は俺を始末するための物なんだ……」
少女は体の大きさとは不釣り合いな大剣を肩から胴に回したベルトに引っ掛けて背負っている。
「私はあなたを殺せない」
少女は無表情で淡々と答える。
「殺せないって? 生け捕りにしろと言われたのか?」
イグエンの返答に少女は微笑を浮かべる。彼女はコートの襟を整え、手にはめた黒い手袋を丹念に外す。
「あなたが必要だ」
少女はさらに歩み寄り、視線はイグエンに近付くにつれて上向きになる。
「……君は神の使いか?」
対するイグエンは体が動かない。じりじりと全身が強ばり、心臓が早鐘のように鳴る。これは少女から受ける恐怖か。
否、体の中に流れる熱いものが今にも込み上げてきそうだ。火照りが、高揚していくのが分かる。イグエンはこの瞬間を深く待ち望んでいたのである。
「……まだ君の名前を聞いていなかったな」
「私はここにいる」
少女はイグエンの顔に向かってゆっくりと手を伸ばした。
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