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皇帝陛下は悔やむ

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「お前達もいつまで壇上に居るつもりだ。降りよ」

 その声に、弾かれたようにイヴァンとベルナルドは壇上から降り、改めて跪く。
 
 シュバルツは壇上に残るオブジェと己の足許に拘束されている荷物をちらりと見、アイリス嬢、と平坦な声で呟いた。
 
 瞬間、虹色の蔦は霧散し、壇上では激しい音をたてて落下したディーン、足元はジャスミンに痛めつけられていたシオンが、衛兵に再度拘束され、壇上から降りたイヴァンたちの元に集められる。

 傍らには、拘束された少女が青い顔で捕らえられている。少女が何かを言おうとするたび、兵が槍先を、少女の皮膚を裂かないぎりぎりの力加減で突いている。


「ローズ嬢、これが幼き日、君の言っていた「断罪」とやらか」

 苦渋に満ちたような声に、ローズは瞑目した。


 イヴァン・カイ・アローは、皇帝の五番目の子、二番目の男子として生まれた。

 泣き喚いて、イヴァン皇子との婚約を嫌がった。
 それでも、婚約は結ばれた。

 正妃の腹であっても、彼の後ろ盾は弱く、常に、命を狙われる恐れがあったから。


「ジャスミン様やアイリス様、カトレア様に助けられ、想定とは随分と違いましたが。…左様、そうでございます」
 ローズは目を伏せたまま答えた。

「父上っ、ローズめは!」
「黙れ、口を開くことを許しておらん」
「…っっ」

 口を閉ざしはしたが不満を露わに父親を見つめるイヴァンに、シュバルツは息を吐いた。

「教えてやろう。イヴァン。お前にも、ローズ嬢にも、子供の頃から「王の影」がついていた。カトレア嬢の依頼もあり、そこの娘にも「王の影」が常に張り付いていた。報告は随時上がっておる。先にバルバロスの息子が読み上げたことも、当然把握し、確認済みだ。その上で言う。ローズ嬢は、欠片ほども関わりがなく、その娘の言葉には、複数の虚偽がある」  

「なっ、そんなっ」

 嘘だ、とイヴァンが叫びださなかったのは、シュバルツの睨みが真実である事を易々と理解させたからだ。
 
「――許せよ、ローズ嬢。幼い君の言葉を軽んじた訳ではなかったが、あの時はこうするのが一番だと考えた」
 
 皇帝の口から洩れた謝罪の言葉に、顔を伏せ、お辞儀をしたままのパーティの客は一瞬身動ぎをする。

「私も条件を出させていただきました。その条件を盾に、イヴァンさまと心を通わせるために接することもせず、ただ、私の――いえ、公爵家の名をお貸ししたのみ。イヴァンさまの言動を正すこともなく、支えることもなく、ただ、名のみを。浅慮でございました」

「いや、たとえ子供の悪戯であったとしても、君は確かに生死を彷徨った。その重き罪を認めず、君に謝罪をせなんだは、こやつ自身が選んだことだ。今の、これは、その選択の結果だ」

「陛下は、イヴァンさまを信じておられました。そして、これからも」

「君は、信じるに値するというのか?」

「私は、陛下の臣として、陛下の信じるものを信じます」

「……そうか」

 深いため息がローズの耳を打つ。ローズは伏せていた目を開けた。

「ローズ嬢、君の出した条件は満たされた。予定よりは一年ばかり早いが、君の望み通り、ここに、ローズ・ロレーヌ・ローザリアとイヴァン・カイ・アローの婚約を解消、および抹消するものとする。尚、この事項について、ローズ・ロレーヌ・ローザリアに一切の非はなく、また彼女には瑕疵がないことをアロー皇国皇帝、シュバルツ・シン・アローの名において宣言する」

「謹んで、お言葉を頂戴いたします」
「長きにわたり、苦労をかけた」

 シュバルツの声にローズは改めて跪礼する。

「…衛兵、そこな五人を連れていけ」

 シュバルツの声に五人の少年少女が引っ立てられる。痛い、放してと声を上げるのは少女のみで、イヴァンたちはうなだれたまま、大人しく退室する。

 室内から、引っ立てられるイヴァンの姿が見えなくなると、シュバルツは軽く息をつき、
「…さて、一同、顔を上げよ。今宵は目出度き日である」
そう宣言し、壇上に向かって歩き出した。
 
 



 教皇とカトレア姉さまを伴って壇上に姿を現すと、陛下は改めて聖女の紹介を始めた。

 姉さまは姿を偽っていたので、ミラクル変身ショーばりに(姿変えの魔法を解く瞬間、気を利かせたのかアイリスがキラっキラのエフェクトを追加した)地味な姿から、すわっ、月の女神か!な姿に変わって見せ、断罪劇を塗りつぶす勢いで祝福やらなんやら大盤振る舞いしてくれていた。

 おねーさまありがとう。

 壇上に呼ばれたジャスミンが剣舞を披露し、アイリスが夜空に花火エフェクトを魔法で打ち上げ、パーティ客を楽しませる。
 多分、私のためなのだろう。


 ――ありがとう、サンキューな、サイコーかよおまいら。

 

 夜は賑やかに更けていった。
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