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後日

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「数日ぶりでございます」

 ディアナ・ドナ・ディードナルド伯爵令嬢が、登城の折に執務室に訪ねてこられたのを機に、私とジャスミン、アイリスは揃ってティータイムを楽しむことにした。

 どうやらディアナ嬢は、正式にディードナルド伯の後継として登録されたらしい。
 今日はそのための登城であったという。双子の兄は廃嫡されたらしい。

 魔術師長の子息が魔族を魔族と認識することも出来ず、親しくし、あまつさえ皇の御前に手引きしたのだ。絞首刑でもおかしくはない。まぁ、それを言うなら、殿下…いや、元殿下か、彼も、騎士団長の元息子もそうだ。

 彼らは揃って廃嫡され、幽閉されている。そのうち毒杯でも賜るだろう。哀れだが、致し方ない。

 魔術師長は、前線に出ていたディアナの将来を考慮され、魔術師長を降りるに留まった。

 哀れなのは騎士団長だ。息子の失態に、いかな魔力で知ることができなかったとはいえ、騎士としてはあるまじき、その息子を育ててしまった責を負う、と自らの首と爵位を差し出した。

 勿論、皇はお認めにはならなかったが、騎士団長の椅子に座り続けることは出来ないと、それだけは認められて退いた。

 多分、またぞろ戦火が上がるときには、最前線に出て、捨て身で戦うことになるだろうが、ジャスミンが簡単には死なせまい。生き恥をさらすのが一番の罰だと皇も仰っていた。


「…結局、あの娘は、魔族であったのですね?」
「ええ。私たちも油断していたわ。皇にこってりと絞られましたわ…。何故、ひとめで気が付かぬ、たるんでいる証拠だな、と」

 アイリスの言葉に私とジャスミンは魂の抜けた遠い目をする。
 辛かった。厳しかった。だが、自業自得だ。
 
「殿下を誘惑し、内側から墜とすつもりだったようですわ…躯の頭の中身を読みましたが、なんとも杜撰な計画でしたわ」

 死体でも、記憶は読み解ける。皇の構築した術には、そういったものもある。戦中はなかなか便利だった。情報を引き出すのに拷問の必要がないからだ。時間短縮。時は金なり。

「それにしても…わかりませんわ、どうして、ローズ様に婚約破棄などと仰ったのか。それに…ローズ様を子爵令嬢と思い込んでいらっしゃって」

 ああ、とジャスミンは呟いて肩を竦めた。

「…うん…それだがな、ディアナさんはまだ知らぬだろうが…王配が代わられた」
「まぁ。…ああ、でも、そうですわね。イヴァン様が廃嫡なされたのですから、王配もその責を負わねばなりませんわね」
「うむ。どうもな、前王配が、なんだ、ちょっとアレだったらしい」

 再度肩を竦める様子に、ディアナ嬢は小首を傾げた。うん、わからないよね。私もよくわからないが、一応説明はしておかねばならない。彼女に説明しておけば、あとは共有事項で成人の儀に出ていたご令嬢方に回るだろう。

「原因は、前王配がな、ローズを次代と知ったことにあるようだ。まあ、それは私たちもそう思っているから問題はないのだがな」

 ジャスミンの声に私は肩を竦めた。だから、私はアイリスサマ推しだというに。訂正の気持ちも込めて、私はジャスミンの声を引き継いだ。

「一、王配が、私を次代と思い込んだ。二、私たちは、戦場に出るときに、子爵を賜った。三、王配は、イスパハン子爵と結婚するようにと元殿下に伝えた。四、元殿下は、私たちが「子爵」はありえないので、子爵令嬢と思い込んだ」

 指を立てた私に、ディアナ嬢はきょとんとする。

「…え?、何故…ですの?」
 訝し気なディアナ嬢の姿に、つい先日まで同じような気持ちだった私たちも緩く首を振る。

「それはよくわからない。王配としては、次代と思い込んでいる私と婚姻させることで、己の息子を次代の王配に据えたいと考えたのでしょうが…ほら、元殿下は皇陛下を「皇妃」と呼ばわれていたでしょう。どうも、元殿下は、「陛下」は「父親」だと思っていたようで」

「…はい?、え、な、何故…でしょう?」
 若干トーンが下がった。当たり前だ。

 最前線で臣民の命を守るために己の命を削るのが陛下。今代の皇陛下は人生の殆どを戦火の下で過ごされ、私たちはその恩恵に預かっている。それを、子である元殿下が知らぬ、という事だ。ありえない。

 苛烈かつ非情、寛大であり鷹揚であり、何もかもを掬い上げようとし、切るべきものは潔く捨てる。
 皇は臣民を護るために数多の生命とやり取りをしている。 
 救うべき命ならば、仇敵のものでも守り、切り捨てるべきものならば、たとえ…血脈であろうとも。

「それもよくわからない。とりあえず、「陛下である父親」が「ローズ・イスパハン子爵」と「婚姻させる」と言ったので、どうやら元殿下は「ローズ子爵令嬢が己の婚約者」と思い込んだ、ようだ」

 少し調べれば、ローズ子爵令嬢など存在しないことがわかったはずなのに。

「……あの、どうして…そうなったのでしょう…?」

「まったくわからない。ただ、そう思い込んでいる元殿下がいて、くだんの魔族は、元殿下からその情報を得、元殿下にすり寄り、「婚約者のローズ子爵令嬢」に嫌がらせをされたのなんのと訴えた。ありもしないことを元殿下一人の記憶に植え付けても齟齬が出るから、赤髪と青髪を巻き込んだようだ」

 私の、青髪、の言葉にディアナはぎゅっと眉を寄せた。双子の兄だったのだ、思いがあるだろう。
「……兄は…ディーンは、巻き込まれたのですね…。なんと、愚かな。……魔術師が、術にかけられて気づくこともなく、あのような失態を…っ」

 固められた握りこぶしをジャスミンがそっと撫でた。ディアナ嬢はゆるゆると首を振る。
「まぁ、王配が、そしてイヴァン殿が、どれほどの愚か者であったかという話だがなぁ」
 ジャスミンの労わる声に、ディアナは目を伏せた。

「というよりアレだ、私なら、絶対、皇陛下を敵に回したりはしないがなぁ」
「………」




 ああ、それな。とは誰も口にはせず、私たちは揃ってゆっくりと息を吐いた。
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