6 / 6
後日
しおりを挟む
「数日ぶりでございます」
ディアナ・ドナ・ディードナルド伯爵令嬢が、登城の折に執務室に訪ねてこられたのを機に、私とジャスミン、アイリスは揃ってティータイムを楽しむことにした。
どうやらディアナ嬢は、正式にディードナルド伯の後継として登録されたらしい。
今日はそのための登城であったという。双子の兄は廃嫡されたらしい。
魔術師長の子息が魔族を魔族と認識することも出来ず、親しくし、あまつさえ皇の御前に手引きしたのだ。絞首刑でもおかしくはない。まぁ、それを言うなら、殿下…いや、元殿下か、彼も、騎士団長の元息子もそうだ。
彼らは揃って廃嫡され、幽閉されている。そのうち毒杯でも賜るだろう。哀れだが、致し方ない。
魔術師長は、前線に出ていたディアナの将来を考慮され、魔術師長を降りるに留まった。
哀れなのは騎士団長だ。息子の失態に、いかな魔力で知ることができなかったとはいえ、騎士としてはあるまじき、その息子を育ててしまった責を負う、と自らの首と爵位を差し出した。
勿論、皇はお認めにはならなかったが、騎士団長の椅子に座り続けることは出来ないと、それだけは認められて退いた。
多分、またぞろ戦火が上がるときには、最前線に出て、捨て身で戦うことになるだろうが、ジャスミンが簡単には死なせまい。生き恥をさらすのが一番の罰だと皇も仰っていた。
「…結局、あの娘は、魔族であったのですね?」
「ええ。私たちも油断していたわ。皇にこってりと絞られましたわ…。何故、ひとめで気が付かぬ、たるんでいる証拠だな、と」
アイリスの言葉に私とジャスミンは魂の抜けた遠い目をする。
辛かった。厳しかった。だが、自業自得だ。
「殿下を誘惑し、内側から墜とすつもりだったようですわ…躯の頭の中身を読みましたが、なんとも杜撰な計画でしたわ」
死体でも、記憶は読み解ける。皇の構築した術には、そういったものもある。戦中はなかなか便利だった。情報を引き出すのに拷問の必要がないからだ。時間短縮。時は金なり。
「それにしても…わかりませんわ、どうして、ローズ様に婚約破棄などと仰ったのか。それに…ローズ様を子爵令嬢と思い込んでいらっしゃって」
ああ、とジャスミンは呟いて肩を竦めた。
「…うん…それだがな、ディアナさんはまだ知らぬだろうが…王配が代わられた」
「まぁ。…ああ、でも、そうですわね。イヴァン様が廃嫡なされたのですから、王配もその責を負わねばなりませんわね」
「うむ。どうもな、前王配が、なんだ、ちょっとアレだったらしい」
再度肩を竦める様子に、ディアナ嬢は小首を傾げた。うん、わからないよね。私もよくわからないが、一応説明はしておかねばならない。彼女に説明しておけば、あとは共有事項で成人の儀に出ていたご令嬢方に回るだろう。
「原因は、前王配がな、ローズを次代と知ったことにあるようだ。まあ、それは私たちもそう思っているから問題はないのだがな」
ジャスミンの声に私は肩を竦めた。だから、私はアイリスサマ推しだというに。訂正の気持ちも込めて、私はジャスミンの声を引き継いだ。
「一、王配が、私を次代と思い込んだ。二、私たちは、戦場に出るときに、子爵を賜った。三、王配は、イスパハン子爵と結婚するようにと元殿下に伝えた。四、元殿下は、私たちが「子爵」はありえないので、子爵令嬢と思い込んだ」
指を立てた私に、ディアナ嬢はきょとんとする。
「…え?、何故…ですの?」
訝し気なディアナ嬢の姿に、つい先日まで同じような気持ちだった私たちも緩く首を振る。
「それはよくわからない。王配としては、次代と思い込んでいる私と婚姻させることで、己の息子を次代の王配に据えたいと考えたのでしょうが…ほら、元殿下は皇陛下を「皇妃」と呼ばわれていたでしょう。どうも、元殿下は、「陛下」は「父親」だと思っていたようで」
「…はい?、え、な、何故…でしょう?」
若干トーンが下がった。当たり前だ。
最前線で臣民の命を守るために己の命を削るのが陛下。今代の皇陛下は人生の殆どを戦火の下で過ごされ、私たちはその恩恵に預かっている。それを、子である元殿下が知らぬ、という事だ。ありえない。
苛烈かつ非情、寛大であり鷹揚であり、何もかもを掬い上げようとし、切るべきものは潔く捨てる。
皇は臣民を護るために数多の生命とやり取りをしている。
救うべき命ならば、仇敵のものでも守り、切り捨てるべきものならば、たとえ…血脈であろうとも。
「それもよくわからない。とりあえず、「陛下である父親」が「ローズ・イスパハン子爵」と「婚姻させる」と言ったので、どうやら元殿下は「ローズ子爵令嬢が己の婚約者」と思い込んだ、ようだ」
少し調べれば、ローズ子爵令嬢など存在しないことがわかったはずなのに。
「……あの、どうして…そうなったのでしょう…?」
「まったくわからない。ただ、そう思い込んでいる元殿下がいて、くだんの魔族は、元殿下からその情報を得、元殿下にすり寄り、「婚約者のローズ子爵令嬢」に嫌がらせをされたのなんのと訴えた。ありもしないことを元殿下一人の記憶に植え付けても齟齬が出るから、赤髪と青髪を巻き込んだようだ」
私の、青髪、の言葉にディアナはぎゅっと眉を寄せた。双子の兄だったのだ、思いがあるだろう。
「……兄は…ディーンは、巻き込まれたのですね…。なんと、愚かな。……魔術師が、術にかけられて気づくこともなく、あのような失態を…っ」
固められた握りこぶしをジャスミンがそっと撫でた。ディアナ嬢はゆるゆると首を振る。
「まぁ、王配が、そしてイヴァン殿が、どれほどの愚か者であったかという話だがなぁ」
ジャスミンの労わる声に、ディアナは目を伏せた。
「というよりアレだ、私なら、絶対、皇陛下を敵に回したりはしないがなぁ」
「………」
ああ、それな。とは誰も口にはせず、私たちは揃ってゆっくりと息を吐いた。
ディアナ・ドナ・ディードナルド伯爵令嬢が、登城の折に執務室に訪ねてこられたのを機に、私とジャスミン、アイリスは揃ってティータイムを楽しむことにした。
どうやらディアナ嬢は、正式にディードナルド伯の後継として登録されたらしい。
今日はそのための登城であったという。双子の兄は廃嫡されたらしい。
魔術師長の子息が魔族を魔族と認識することも出来ず、親しくし、あまつさえ皇の御前に手引きしたのだ。絞首刑でもおかしくはない。まぁ、それを言うなら、殿下…いや、元殿下か、彼も、騎士団長の元息子もそうだ。
彼らは揃って廃嫡され、幽閉されている。そのうち毒杯でも賜るだろう。哀れだが、致し方ない。
魔術師長は、前線に出ていたディアナの将来を考慮され、魔術師長を降りるに留まった。
哀れなのは騎士団長だ。息子の失態に、いかな魔力で知ることができなかったとはいえ、騎士としてはあるまじき、その息子を育ててしまった責を負う、と自らの首と爵位を差し出した。
勿論、皇はお認めにはならなかったが、騎士団長の椅子に座り続けることは出来ないと、それだけは認められて退いた。
多分、またぞろ戦火が上がるときには、最前線に出て、捨て身で戦うことになるだろうが、ジャスミンが簡単には死なせまい。生き恥をさらすのが一番の罰だと皇も仰っていた。
「…結局、あの娘は、魔族であったのですね?」
「ええ。私たちも油断していたわ。皇にこってりと絞られましたわ…。何故、ひとめで気が付かぬ、たるんでいる証拠だな、と」
アイリスの言葉に私とジャスミンは魂の抜けた遠い目をする。
辛かった。厳しかった。だが、自業自得だ。
「殿下を誘惑し、内側から墜とすつもりだったようですわ…躯の頭の中身を読みましたが、なんとも杜撰な計画でしたわ」
死体でも、記憶は読み解ける。皇の構築した術には、そういったものもある。戦中はなかなか便利だった。情報を引き出すのに拷問の必要がないからだ。時間短縮。時は金なり。
「それにしても…わかりませんわ、どうして、ローズ様に婚約破棄などと仰ったのか。それに…ローズ様を子爵令嬢と思い込んでいらっしゃって」
ああ、とジャスミンは呟いて肩を竦めた。
「…うん…それだがな、ディアナさんはまだ知らぬだろうが…王配が代わられた」
「まぁ。…ああ、でも、そうですわね。イヴァン様が廃嫡なされたのですから、王配もその責を負わねばなりませんわね」
「うむ。どうもな、前王配が、なんだ、ちょっとアレだったらしい」
再度肩を竦める様子に、ディアナ嬢は小首を傾げた。うん、わからないよね。私もよくわからないが、一応説明はしておかねばならない。彼女に説明しておけば、あとは共有事項で成人の儀に出ていたご令嬢方に回るだろう。
「原因は、前王配がな、ローズを次代と知ったことにあるようだ。まあ、それは私たちもそう思っているから問題はないのだがな」
ジャスミンの声に私は肩を竦めた。だから、私はアイリスサマ推しだというに。訂正の気持ちも込めて、私はジャスミンの声を引き継いだ。
「一、王配が、私を次代と思い込んだ。二、私たちは、戦場に出るときに、子爵を賜った。三、王配は、イスパハン子爵と結婚するようにと元殿下に伝えた。四、元殿下は、私たちが「子爵」はありえないので、子爵令嬢と思い込んだ」
指を立てた私に、ディアナ嬢はきょとんとする。
「…え?、何故…ですの?」
訝し気なディアナ嬢の姿に、つい先日まで同じような気持ちだった私たちも緩く首を振る。
「それはよくわからない。王配としては、次代と思い込んでいる私と婚姻させることで、己の息子を次代の王配に据えたいと考えたのでしょうが…ほら、元殿下は皇陛下を「皇妃」と呼ばわれていたでしょう。どうも、元殿下は、「陛下」は「父親」だと思っていたようで」
「…はい?、え、な、何故…でしょう?」
若干トーンが下がった。当たり前だ。
最前線で臣民の命を守るために己の命を削るのが陛下。今代の皇陛下は人生の殆どを戦火の下で過ごされ、私たちはその恩恵に預かっている。それを、子である元殿下が知らぬ、という事だ。ありえない。
苛烈かつ非情、寛大であり鷹揚であり、何もかもを掬い上げようとし、切るべきものは潔く捨てる。
皇は臣民を護るために数多の生命とやり取りをしている。
救うべき命ならば、仇敵のものでも守り、切り捨てるべきものならば、たとえ…血脈であろうとも。
「それもよくわからない。とりあえず、「陛下である父親」が「ローズ・イスパハン子爵」と「婚姻させる」と言ったので、どうやら元殿下は「ローズ子爵令嬢が己の婚約者」と思い込んだ、ようだ」
少し調べれば、ローズ子爵令嬢など存在しないことがわかったはずなのに。
「……あの、どうして…そうなったのでしょう…?」
「まったくわからない。ただ、そう思い込んでいる元殿下がいて、くだんの魔族は、元殿下からその情報を得、元殿下にすり寄り、「婚約者のローズ子爵令嬢」に嫌がらせをされたのなんのと訴えた。ありもしないことを元殿下一人の記憶に植え付けても齟齬が出るから、赤髪と青髪を巻き込んだようだ」
私の、青髪、の言葉にディアナはぎゅっと眉を寄せた。双子の兄だったのだ、思いがあるだろう。
「……兄は…ディーンは、巻き込まれたのですね…。なんと、愚かな。……魔術師が、術にかけられて気づくこともなく、あのような失態を…っ」
固められた握りこぶしをジャスミンがそっと撫でた。ディアナ嬢はゆるゆると首を振る。
「まぁ、王配が、そしてイヴァン殿が、どれほどの愚か者であったかという話だがなぁ」
ジャスミンの労わる声に、ディアナは目を伏せた。
「というよりアレだ、私なら、絶対、皇陛下を敵に回したりはしないがなぁ」
「………」
ああ、それな。とは誰も口にはせず、私たちは揃ってゆっくりと息を吐いた。
1
お気に入りに追加
31
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。
酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。
いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。
どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。
婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。
これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。
面倒な家族から解放されて、私幸せになります!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。
和泉 凪紗
恋愛
伯爵夫人のリディアは伯爵家に嫁いできて一年半、子供に恵まれず悩んでいた。ある日、リディアは夫のエリオットに子作りの中断を告げられる。離婚を切り出されたのかとショックを受けるリディアだったが、エリオットは三ヶ月中断するだけで離婚するつもりではないと言う。エリオットの仕事の都合上と悩んでいるリディアの体を休め、英気を養うためらしい。
三ヶ月後、リディアはエリオットとエリオットの幼なじみ夫婦であるヴィレム、エレインと別荘に訪れる。
久しぶりに夫とゆっくり過ごせると楽しみにしていたリディアはエリオットとエリオットの幼なじみ、エレインとの関係を知ってしまう。
【短編】捨てられた公爵令嬢ですが今さら謝られても「もう遅い」
みねバイヤーン
恋愛
「すまなかった、ヤシュナ。この通りだ、どうか王都に戻って助けてくれないか」
ザイード第一王子が、婚約破棄して捨てた公爵家令嬢ヤシュナに深々と頭を垂れた。
「お断りします。あなた方が私に対して行った数々の仕打ち、決して許すことはありません。今さら謝ったところで、もう遅い。ばーーーーーか」
王家と四大公爵の子女は、王国を守る御神体を毎日清める義務がある。ところが聖女ベルが現れたときから、朝の清めはヤシュナと弟のカルルクのみが行なっている。務めを果たさず、自分を使い潰す気の王家にヤシュナは切れた。王家に対するざまぁの準備は着々と進んでいる。
婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。
藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」
婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで←
うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。
魔物の森に捨てられた侯爵令嬢の、その後。
松石 愛弓
恋愛
侯爵令嬢のルナリスは、ある日突然、婚約者のネイル王子から婚約破棄を告げられる。ネイル王子は男爵令嬢カトリーヌとの浮気を開き直り、邪魔とばかりにルナリスを消そうとするが…。
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる