めろめろ☆れしぴ 1st

ヒイラギ

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19. 番外編(委員長SIDE):この胸のときめきを

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こわごわとだったけど、簡単にキスしてきたからすごくカンタンなんだと思って、
深いキスをしかけたら、はねのけられて、
その上、
気持ち悪い、と袖口でくちびるをぬぐわれたら、誰だって、イジワルしたくなるだろう?
だから、めちゃくちゃなことを言ってからかって、そのムカツキをおさめたけれど、
真剣で、そして、怯えた顔で、
さあ、食べて、みたいなに来られたら、
食べちゃうよね。
なんだ、本当に僕に捧げちゃうわけ? と思ったけれど、
キミがいいんなら、いいよね。




だけど、その泣き顔は反則だ。
もっと、泣かせたいという気持ちと、涙をぬぐってやりたいという気持ちが両方いっぺんに同時に起こった。
イヤだな。
どうしたらいいの迷うなんて、イヤな感じだ。
いつも、冷静な僕が、さ。
これって、全部、キミのせいだよ。
だから、さんざんからかってアソんで、
それで、適当なところで、
僕から冷たくサヨナラすれば、
きっとこの胸の苛立ちもすっきりするだろう。
だから、当分、僕にいじめられてね、キミ。








「古典の山田おやじがねー」

あーあ、語尾をのばして話すなんて、すごい子どもっぽいんだけど、
キミ、もう高2だろう、なんて言いたくなる。
そのうるんとしたくちびるだって、おかしいよ。
オトコノコなんだから、
そんなにぺたっと僕に体重をあずけてくるのもさ、
まるで、
「好きにして」と言っているようなものなんだけど、
ねえ、
オトコゴコロ、
わかってるよね?
だから、ちょっとつまんでひっぱってみた。

「い、いひゃい、」

うー、と上目遣いににらんでるくから、
ひっぱってた下くちびるから指をはなした。

「な、何?」

あ、顔があかくなってきた。

「何かついているよ」

ウソをついたら、

「そお?」

カンタンに騙されてくれた。
自分でも気になったのか、手の甲でぬぐっている。

「取れた?」

「いや、まだ少しついてる」

「あ、れ、なんだろう。トイレの鏡で見てくる」

そうか、さすがに手鏡なんかは持ってないのか。

「取ってあげるよ」

「え、い、いいよ」

どんどん顔があかくなってきた。
断ってきたけど、
アゴを少し持ち上げて、上を向かせてもされるがままだから、
ぷくっとしている下くちびるを、僕のくちびるではさんで、舌で舐める。
小さな身体がびくびくっとゆれた。
そのやわらかい感触をたのしんでいると、
熱いため息がこぼれてきた。
くちびるをはなして、

「取れたよ」

と言うと。
僕を見上げたまま、

「・・・アリガト」

と言った。
あかいまんまの頬と、うるんだ瞳と、ぬれてつるんと光ってるくちびる。
なんだか、したくなっちゃうなあ。
学校だけど、いいよね?
ちゃんとパスケースには、準備よろしくいつものが入っているし。
2人っきりで昼休みをすごしていた立ち入り禁止の屋上手前の踊り場から、
キミをもっと誰もこないところへ連れて行こう。
だって、
キミが僕を誘ったんだよ。





「―――― 、じんじんしてる」

小さな声だったけど、耳にとどいた。
行為の後、
乱れた服をととのえ始めたキミが、
シャツのボタンに手をかけながら、自分の胸を見ていた。
そっと近づいて、

「今日、ソコいじりすぎた?」

横から声をかけたら、
あわてたように首をふった。

「な、なんでもないよ」

「見せて、」

「――っ! い、いーよ、ダイジョウブだから」

あんまり、恥ずかしそうに言うから、

「傷ついたりしてないよね」

心配そうな声と表情をつくって、シャツをめくる。
ああ、もう、こんなウソで、抵抗できなくなるなんて、キミ、将来大丈夫かな? 詐欺とかにひっかからないか、心配になってくるよ。

「ああ、ココ、赤く腫れたまんまだね」

わざと真面目に言って、真っ赤になった顔と肌を目で楽しんだ。

「薬がいるかな?」

「いーって、ホントに、・・・平気」

「でも、」

「痛くないから、全然」

「擦り剥けてたりしない?」

こんなに赤いし、と言うと、

「スリムケテなんかない! 違うって、ただ、まだ感じてるだけだからっ」

思わず、って感じでキミが言った。
キミの汗のにおいが、いっそう濃く香ってきた。
ああ、本当に。
いつも、全身で、そうやって僕を誘惑するよね。
だから、
赤く誘ってくるところに口づけを落とすよ。








「英嗣っ」

6時間目前の休み時間。廊下側の席に座って本を読んでいた僕は、教室の入り口に現れた西野香奈によばれた。
僕には、里川 英嗣(さとかわ えいし)という名前が一応あるけれど、このクラスで僕の名前を呼ぶヤツは少ない。
その滅多に呼ばれることのない名前を呼んだのは、去年、1年生ときに、2ヶ月だったか3ヶ月ぐらいだったかはおぼえていないけれど、つきあっていたことのある西野香奈だった。
今は隣のクラスだ。

「来週のクラス委員長会で、修学旅行のことを話し合ってほしいんだけど。その資料を作るから、帰りに生徒会室に寄ってくれる?」

西野が立っている入り口へ行くと、挨拶もなく、彼女が言った。きれいめな顔立ちで、女子生徒にしては高めの身長は多分、キミと同じくらい。肩より下くらいまでに伸ばされてる髪は、カラーリングはしてないものの、くるんと毛先がカールされている。
こんなふうに、
生徒会役員をしている西野が、連絡係りとして僕のところへ来ることは、よくある。
僕はクラスの委員長をしているうえに、2学年のクラス委員長会の総代もしているから、生徒会からの、クラス委員長会への雑務は僕にまわってくる。
別に僕は、とくに真面目なわけでも優秀なわけでもない。ただ少しばかり、要領がよくて周囲の状況把握に長けているだけで、この長所生かしてソツなく学校生活を送っていたらいつのまにか「クラス委員長」という肩書きがついてまわるようになっただけだ。
僕は、ただ、楽な道を選んだだけ。
学校や社会のシステムに乗ってしまえば、周りと摩擦を起こさずにスイスイと社会を渡っていけるのだと気づいたのは、比較的早い歳だった。3つ年上の兄が不器用に実直に成長していく様をつぶさに観察していたおかげかもしれない。

「いくつか草案はできてるから、一緒に草稿を練ってほしいの」

ハキハキと西野が言った。そういえば、どういう経緯でつきあうようになったのかおぼえてもいないけど、どういう理由で別れたのかもおぼえていない。飽きたのか飽きられたのかのどちらかだろうけれど。
そして、別れた今も、特に、お互いにわだかまりなく今に至っている。

「英嗣?」

印象的なきりっとした瞳の西野が僕を見上げてくる。

「ああ、聞いているよ」

視線は西野に向けていたけれど、視界のすみでは窓際の席から僕と西野を見ているキミを捉えていた。キミのこわばっている表情に、いいようのない満足感をおぼえていた。黒い色の満足感。
少しだけ、西野に近づいて、さも、重要な話しをしているように、顔を寄せる。
そう、去年だってこんな感じだった。
ときどき、僕に向けられる視線には気づいていた。
名前も知らない同学年の男子生徒。小柄で、ふわっとした髪の毛と大きな瞳が小動物をおもわせた。
たまに、廊下だとか全校集会の体育館とかで見かけるときは無邪気な笑顔だったり、子どもっぽくぷうっとスネてるような不機嫌顔で、友だちに囲まれていつも楽しそうにしていた。
なのに、西野だとか、その時々につきあってた女のコと僕が親しげにしている場面を見つめてくる時には哀しそうな顔。
その理由にすぐに気づいて、
わざと相手に近づいて親密そうにすると、もっと表情が硬くなって、青ざめて、しまいには泣きそうな顔になっていった。
どんな顔をするかな、と思って、その時つきあっていたもう顔も覚えていない誰かに素早くキスしたこともあったっけ ―――― あの時、キミは逃げて行ってしまったよね。
キミはずっと僕を見ていた。

「なんか変わったわよね、英嗣」

伝達をおえて、西野が言った。

「そうかな?」

「なんだか、人間っぽい」

「それは、僕の魅力が増したということ?」

「自惚れやなところは、相変わらず」

彼女らしく切って捨てるような口調が、さっぱりしていて気持ちよかった。

「また、つきあう?」

かるく、西野の肩に手をおいてみた。
今、キミはどんなに青ざめた顔をしているだろう。

「その気もないくせに、そんなこと言うのもかわんないね」

すっと身体をずらして僕の手をよけると、西野が、

「じゃあ、放課後よろしく」

と言って、さっさと背を向けると足早に廊下を歩いていった。






放課後の教室で、回収した修学旅行についてのアンケートをチェックし終わって、生徒会室に持っていこうと、席から立ち上がると、窓際の席で、僕の作業が終るのを待っていたキミが近づいてきた。

「―――― また、つきあうの?」

表情のない顔でキミが言った。

「うん?」

「波田が、・・・・・・・いーんちょーが西野さんに言ってるの聞いたって」

ああ、そうか、さっき西野と話しをしていた時に戸口付近に何人か居たから、僕と西野のやり取りを聞いていたのだろう。
誰も僕とキミがつきあってるなんて知らないのに、
そんなどうでもいい話しが、もう、教室のはしにいたキミの耳にまで届いているなんて、すごい早さだ。

「だって、僕はキミとつきあってるだろう」

もう、とっくに教室には誰も残っていなかったから、そう口に出して言った。
昼までは晴天だったのに、5時間目あたりから急に雨が降りそうになった天気に心配してか、今日はみんな足早に帰っていった。

「・・・・・・に、西野さんとつきあいたい?」

不安そうな顔。

「そう言ったら、別れてくれる?」

一瞬で、顔色が白くなった。
泣いている顔や困っている顔が気に入っているんだよ。ワガママなことを言うけど、本当は、オドオドと僕の機嫌をうかがってるのが小気味いいんだよ。
なんでも僕の自由にできるキミを、だから好きにあつかったっていいよね。

「あ、あの・・・・・」

「冗談だよ」

けれど、
もっと、青ざめた顔を楽しんでもいいなずなのに。キミが言うかもしれない「いーんちょーが、そうしたいんなら」という言葉を聞きたくなくて、素早く言った。
キミは本当に僕のことを好きなんだろうけれど、最後の最後で、あきらめようとするよね。
どこかで、僕のことをあきらめているよね。
そういうキミに、最近、わけもなくイライラする。だって、ふたりがつないでいる手を放す自由があるのは僕のほうなんだよ。キミは勝手にそういうことはできないんだよ。

「西野に言ったのもジョークだよ」

「ホント、に?」

キミのほっとした顔を見て、僕も肩に入っていた力が自然とゆるんだ。

「うん、だって僕はキミとつきあってるからね」

複雑そうな表情を浮かべたキミに、廊下にも人の気配がないことを確認して、ことさらやさしくキスをおくった。
おずおずと舌でこたえながら、自分の胸のところに置いた手をいつものように、僕の背中にまわしてこようとはしなかった。
僕も、キミの身体を抱きしめなかった。
身体と身体に距離のあるキスをしながら、シャツのボタンの上ふたつをはずした。
そして、そっけなくくちびるをはなすと、
鎖骨あたりの、肌を強く吸う。

「・・・あと、が」

とまどうようにキミが言ったけど、

「予約のマーク」

くちびるをはなして言った。
何の? という顔をしたキミに、

「今日、僕の家に来る、という予約」

と伝えた。
瞬間、ぱぁっとひろがった頬の色に、今度はねじふせるように激しく口づけたい誘惑にかられた。
けれど、それを抑えこんで、

「生徒会の用事で30分ぐらい待ってもらうことになるけど、いい?」

と聞くと、
すぐにキミは、

「うん。待ってる」

と答えた。
待ってる、という言葉の響きが何故か耳にやさしかった。

「今日は最後までしてもいい?」

キミは小さくうなずいた。








「ヤ、だ。 ―――― 、お願い、・・・・・・もう、ゃだ」

甘い息をこぼしながら、泣いているけれど、
ねぇだって、キミが僕をこうさせるんだよ。
キミはどうしてこんなにも簡単に僕の理性を粉々に打ち壊してしまうんだろうね。汲んでも汲んでもつきることのない泉のように、キミへの欲望は絶えることがなくて、僕こそが驚いている。
今日はどうやって、かわいがってあげよう、なんて一緒に帰っている道の途中で僕がいつも考えてるなんてキミは想像もしていないだろうね。
だから、
そんなに、ぼろぼろと涙を流して、かわいい顔でねだられても、いっそうイジメてあげたくなるだけ。
さんざん焦らしたから、とうとう泣き出してしまったけれど、
こっちも泣いている前をこすりあげて、
先にイかせて、
そのあとに、ぴくぴくとヒクつく後ろ思う存分につきあげた。
激しく、何度も何度も ―――― 。
泣き声は、甘い悲鳴になり、
それから、吐息にかわって、
ミルクを欲しがる仔猫のような、か細い泣き声になった。
そうして、最後には僕のことを何度も呼びながら、
身体を激しくふるわせて、―――― 果てた。


「・・・・・・ひどい、いーんちょー。オレ、やだって言った。 ―――― やめてって言った」

汗でぬれた額にキスしていると、
激しい息の間から、
僕のことを責めてきた。

「もっと、って聞こえたよ」

「・・ゆってない!!」

あかくなっている目元が扇情的で、涙でうるんだ瞳がゆれていた。
ねえ、そんなに激しく恥ずかしそうにヒテイするのは、本当は、心の中でそう言っていたからなの?

「キライ、もう、キライだから! い、いーんちょー、オレに意地悪ばっかりする」

「だって、」

避けられないようにすばやく、突き出たくちびるにちょこんとキスをおとした。

「かわいいコには、イジワルしたくなるものだろう?」

ほらね、
ダメだよ。
そうやって、
うるんとした顔を、僕にしてみせるから、
もっと、イジワルしたくなるよ。

「ごめんね」

しおらしく言うと、

「そ、そんなふうにあやまればいーんちょーは、オレが何でもゆるすと思ってんの?」

きっとした顔でにらむけれど、ぴんく色になったほほやつるんと潤んだくちびるの誘うような甘さは隠せてないよ。
キミは僕のもの、僕だけのもの。このあかく色づいた胸の先だって、キミの口は「ヤダ」って言うけれど、僕の指やくちびるを待ちわびているよね。

「ちがうの?」

わざと、にっこり、言うと、

「――っ」

ウっと息をのんだあとに、

「そうだけど!」

と言って、背をむけようとするから、上からおおいかぶさった。
湿った肌が吸いついてくる。わけもなくゾクゾクした。
恥ずかしそうにもがく身体を押さえつけながら、あかくなった顔を見せまいとしているみたいに横向けている顔に息がかかるくらいの近さで、

「ごめんね」

と、もう一度言った。
それで機嫌がなおるかと思ったけれど。
わずかにふるえていたくちびるが、

「・・・じゃない。―――― いーんちょー、オレのこと・・・、好きじゃないんだ」

と言った。
その小さな声には聞こえなかったふりをしたけれど、確実に重いものが僕の中に流れ込んできた。今の今まで持っていた、キミのすべてを暴きたてて征服してやる、というケモノのココロが瞬時に霧散した。
キミに哀しそうな顔をさせることで、気持ちはとても満足しているはずなのに、
どうしてこんなに、心のどこかが干上がっていくような感じがするんだろう。
それを振り払うように、
耳に歯をたてて刺激した。
かすれた甘い声があがった。
心臓の鼓動もまだタイトにリズムをきざんでいる。

「どんなふうがいい?」

額に汗ではりついている前髪をかきあげてやりながら聞いてみると、

「―――― ゆっくり、・・・がいい」

そんな声でお願いしてくるから、
そう、じゃあ、もどかしいぐらいにゆっくりと挿れてゆるゆる衝いて、「強くシテ」と泣き出すまで、やさしくしてあげようか、と思ったのに、
ふるえる横顔よりも、僕にすべてをあずけるような表情を見たくて、
ゆっくりと、すべての感覚をふたりでわかちあえるように身体を合わせていった。




最初、キミに向かう感情はひとつだったのに、
今は、
キミを、
いじめたいかわいがりたい泣かせたい笑顔にさせたい甘えさせたい困らせたい・・・・・・、すべて欲しい ―――― そんないろんな想いがめばえてきている。
僕の胸のまんなかから、キミに向かって。








ああ、背が伸びてきてるんだな、と思った。
抱きしめて、キスをする角度が少し違ってきているから。
子どもっぽかった顔立ちは、甘さを残しながらも少しずつ大人びたものにかわってきていた。
幼くてワガママそうな雰囲気だったのがじょじょに消えてきて、
大きな瞳はそのままに、落ちついた表情も見せるようになっていた。
それに、時折、艶をふくんだ深い眼差しをして、僕の心臓を驚かせる。
キミとつきあいだしたのは春だった。そして、今、季節は梅雨明け間近。
その、ほんの数ヶ月の間で、
キミは、においたつように魅力的になってきていた。








「最近、キミくんてかっこよくなったよねー」

君塚 皓也(きみづか こうや)という名前から、クラスの女子はキミくん、と呼ぶコが多かった。小動物系の可愛らしさが男くさくないから、親しみがあるのだろう。
今、僕が読んでいる『シューレディンガーの猫』というのは動物の本ではなくて、物理学の本だ。
それは、面白くて、読んでいると、教室の休み時間の喧騒は一切はいってこない。

「あー、君塚くんでしょ。あたしもそー思う。カワイイ系だったけど、いい感じになってきてるよね。背もなんか、最近、伸びてきてるし」

くだらない話しなど、シャットアウトして、目も脳も、文章や数式の理解に総動員されている。

「ちょっとさあ、一緒にどこかに遊びに行きたくない?」

「誘っちゃう?」

「っちゃおうよ!」

「キミくんってさ、宇佐見クンと仲いいから。宇佐見クン経由でアソビに誘おうよ。志緒と宇佐見クンってまだつきあってるんだったけ?」

「みたいだよ。志緒、この前も一緒に買い物行ったって言ってたし」

「じゃあさ、志緒と宇佐見クンもいれて、キミくんと、あと誰がいいかな?」

右後ろの席の会話は、
それから、色んな名前があがり、日程や場所の候補があがって、
天気がよければ、スクールデーで、学割がある遊園地。雨だったら、普通にカラオケ、と話しがまとまっていった。
その会話を耳がひろいながらも、
目は文字を追うけれど、
ちっとも内容が把握できなくて、少し苛立った ―――― 何かを聞きながらでも、目で追う文章を理解するのは容易いことだったのに。当たり前に出来ていたことが、何故か出来なくてイライラした。
誰がどう行動しようと、
別に関係ない。
当然、キミは断るだろうし。
だから、先にその日に予定をいれておくなんて、姑息なマネはせずにおいた。
けれど ―――― 。

「クラスの子と遊園地に遊びに行くんだ」

さり気なく尋ねた今度の日曜の予定を、こともなげにキミはそう言った。どうして誘われたのか考えもせずに単純に遊びに行くんだみたいな言い方だった。
遊びがアソビだけで終わらないのが最近の高校生だろう?
と言いたくなる。

「ふーん」

「―――― いーんちょーも誘えばよかった?」

勘違いもいいところだ。
ムカムカして顔も見たくない。
それに、
こんなことぐらいで、こんなふうにイライラしている自分がイヤだった。
もう、やめようと思った。
もう、最初の予定通り、冷たくサヨナラだ。
だから、その日から次の週半ばまで、冷たくあしらっていた。
そのときの戸惑った哀しげな表情に、胸がすっとして満足するのに、やっぱりどこかがどんどん乾いて干からびていくような感じがした。
それはキミのせいだと思って、
いっそう、キミをそばに近づけないようにした。キミは僕がそうと許さなければ、僕には近づいてこない。僕にふみこんでこようとはしない。その遠巻きな感じにも、なぜかイラついていた。
なのに、気がつけば、ひとけのない渡り廊下の掃除用具入れの影で、久しぶりに腕に抱きしめていた。
本当は、もう、飽きたから、と冷たく突き放すハズだったのに。
台詞もきちんと用意しておいた。
けれど、身体が先に動いてしまった。
やわらかい髪の毛に顔をうめる。
いつものにおいをかぐ。
制服越しの体温にわけもなく胸がしめつけられた。

「いーんちょー」

小さな嬉しげな声に、ただ、それだけのことに、乾いていた気持ちがうるおっていった。
抱きしめていた腕に力をいれてもっと身体をもっと密着させるとキミも僕の背中に手をのばしてきた。
こんなふうに、ぴったりとくっついているだけで、
どうして、キミは、僕の心をおだやかにするのだろう?
しばらく抱きしめあっていたら、
向こうからやってくる足音がして、ぱっと身体をはなした。
残念そうな表情に見えるのは気のせいじゃないよね。それに、僕もそんな顔をしているんだろうか。

「今日、予定ある?」

「ないよ。いーんちょーは?」

「あるよ」

そうなんだ、と残念そうに瞳がゆれた。

「キミと会う予定にしてたけど?」

ほらね、
とびきりの笑顔を引き出すのなんて、簡単なんだ。
泣きそうな顔よりも、その顔のほうが、僕の胸のまんなかをずっとずっと満たしてくれた。






「お化け屋敷はねー。オレらと女の子が一対一の組になって入ったんだ。オレ、最初はビクビクだったんだけど、
一緒になった狩野さんが、いつもは強気そうなのにさ、キャーキャー怖がるから、オレがちゃんと最後まで連れて行かなきゃって思ったら、以外と平気だった」

僕の部屋に来たキミは僕の気持ちなんか知りもしないで、日曜日に行った遊園地の話しを楽しそうにする。

「腕とか組まなかった?」

「しがみつかれた。よっぽど怖かったみたい」

「胸とか、あたっただろう」

「うん」

それが? みたいな顔で普通にうなずくから、精一杯アピールしたコに少し同情心が沸いた。

「また、誘われたら行く?」

「うーん。宇佐見とかが一緒だったら行く、かな。ふつーに遊園地楽しかったし。
―――― でも、」

キミが僕をまっすぐに見て、いつかの静かな微笑みを見せた。

「いーんちょーが一緒だったら、もっとずっと楽しいのにな、って思ってた」

たった、そんな、くだらない、ばかみたいな、幼稚な台詞だけで、
胸のつかえがスルリと溶けた。
バカみたいなのは、僕のほう?
だから、ほら、うっかり、

「じゃあ、今度、行こうか?」

「あ、行く行く! オレねー、最近、新しいコースターが入った、東のほうのに行きたいっ!」

すごい嬉しそうにはしゃぐから、
その日のうちに、ネットで場所も道順も開園時間も、全部調べてしまった。
どうせ、キミのことなんか、すぐ、捨てるのに・・・・・・。
からかって遊んで泣かせたいだけだったはずなのに・・・・・・。



「あ、オレ、もう ―――― 」

夕方すぎ。夕食前には帰って行くキミ。
引きとめたくて、わざと、深いキスをする。
すぐには外に出られない状態にして、ずっと、腕の中で抱いておきたくなる。キミを欲しがる激しい気持ちを持て余す。
けれど、心の内をそうとは悟られないように、帰ってしまうキミと、いかにも駅前の商店街に用事があるからのようによそおって、駅まで一緒に歩いて行った。
駅の前でそっけなく別れて、あとは「家についたよ」、のメールを待つ。
キミと歩いた道をひとりで帰りながら、あんなにあっという間だった距離が案外長いことを知る。その道を歩きながら、ポケットに入れているケータイが着信で震えるのを、
僕は待っていた。
そして、
待つことでわきおこってくる胸の温かさを、
・・・・・・、僕は知った。








あざやかに変化してきているキミを周囲がほうっておくはずもなくて、
いつもツルんでいるクラスの友だちの他からも、誘いが増えてきていた。
イベントの短期バイトだったり、最新の映画だったり、それとなくダブルデートだったり、合コンだったり。
別にそんなこと、なんとも気にはならなかった。
はずだけれど ―――― 。

「土曜日?」

「そう、今週の土日、なにか予定ある?」

昼ごはんを、2人で学食で食べていた。学生食堂のいちばんはしのテーブルで、キミと隣りあって座っていた。
僕のトレイには定食が、キミの前にはまだ食べていないメロンパンと缶コーヒーがあった。
食堂は、いちばん活気がある時間帯だから、生徒たちの話し声や、食器のふれあう音がにぎやかで、少し顔をちかづけないと話しができないほどだった。

「うん。斉藤が、」

手に持っている調理パンを食べながらキミが言った。

「斉藤、って?」

キミの横顔を見ながら聞いた。
クラスにそんな名前のヤツはいない。

「あ、そっか。いーんちょーは知らないよな。
1年のときに、一緒のクラスだった奴で、このあいだ、いーんちょーが先生に用事頼まれて遅くなるからって、オレが先に帰った日に、偶然、駅であってさ。
久しぶりにバーガー屋いっしょして、しゃべってたら、インディーズバンドのライブのタダチケットあるからって誘われたんだ」

僕の隣に座ってるキミが、嬉しそうに話した。ヒヤリと冷たいものが胸を刺した。

「で、日曜日は香川さんたちがバイトを始めたカフェがオープンするからするから、ヒマだったら来てって言われて、コーヒー頼んだらデザートが付くサービス券をオレや宇佐見たちにくれた」

それは、僕と会うのは土曜日の夕方までと、日曜日の昼からということ?
どうして誰も彼もキミに目を向けるのだろう。
どうして僕だけのキミじゃ、ないんだろう。
なにかイヤなふうに気持ちがざわめいた。
もしかしたら、キミはもう、僕からはなれようといるんじゃない?
そう思うと、まるで身体中が引き絞られるような痛みが走った。

「土日にね、家族が出かけるから、キミが泊まりにこないかなと思ったんだけど、」

それでも、表面上はいつもと変わらぬふうにキミに言った。

「え?」

「キミが苦手な数学をいっしょに勉強できるしね。夜はDVDを借りてきて観たりピザ取って食べたりしようかなと思ったけど。―――― 勉強より、きっとライブやカフェのほうが楽しいよね」

キミを誘ってくる輩に敵意むき出しな本心を悟られないように、ことさらにおだやかに言った。

「あ、ううん! オレ、いーんちょーんちがいい!
それに、いーんちょーがメーワクとかじゃなかったら、―――― と、泊まりにいきたい・・・」

はにかんだようなキミの表情に、うれしくなる。

「でも、もう、約束したんだろう?」

「全然へーき、ことわるし」

「そう、じゃあ土曜日の昼からおいで。日曜日の夕方ぐらいまでいっしょにいよう」

「うん!」

無難に言葉を交わしながらも、
けれど、心の奥底ではいやな気持ちがくすぶっていた。今日は、キミがまだ僕だけのものだと確認できた。でも、次は? 僕はいつまでキミを手に入れられている? そう思ったら、激しい焦燥感が沸いてきて、僕の中の凶暴な何かがガサリと動き出す気配がした。





食堂もずいぶん静かになってきて、僕もキミも昼を食べ終えたから、そろそろ移動しようかとしていた時、

「英嗣、土曜日あいてる?」

僕の前の席に、西野香奈がすとんと座った。
いきなり現れた西野にキミはびっくりしたようだったけど、僕は西野がこちらに近づいて来ているのが見えていた。
前置きもなしに話すのは彼女のクセには慣れているから、

「生徒会?」

予想をつけてそう聞いた。

「そーよ。期末テスト前にやっちゃいたいことがたくさんあるから、来てほしいんだけど」

びくっとキミが肩を揺らした。
席から立ち上がりそうな気配をみせたキミの手をテーブルの下でつかんだ。食堂のいちばんはしで、後ろは窓だから、誰に悟られることなく、キミの手をしっかりと握る。
―――― ダメだよ、ちゃんと僕のそばにいるんだよ。
手をつかみながら、いつも遠慮がちなキミに、胸が灼かれる、 ―――― 不安になる。

「残念だけど、」

「え、断る気?」

「僕にだって大事な用事があるからね」

隣で、キミが僕の顔をちらりと見上げるのが視界に入った。

「えー、アテにしてたのに。だいたい、英嗣が生徒会に入らなくても色々手伝ってくれるって言ったから、あたしも大沢も無理に執行部に入るのを勧めなかったのよ」

「感謝してる。―――― 次は行くよ」

「あーあ、せっかく、またお手製のランチを持ってこようと思ったのに。この前だって、サンドウィッチ美味しかったでしょ?」

「おいしかったよ、西野のお母さんの手作りだからね」

「でしょ? 母さんも『里川くん、もう来ないの?』ってしょっちゅう言ってるんだから。あたしが英嗣と別れてから半年もたつのに。―――― それに、ラブもまだ英嗣のことおぼえてるかも」

「そう言って、また、ラブの散歩に行かせようと思ってるんだろう?」

くるりと目を輝かせて、にくめない感じに西野がわらった。

「だって、やんちゃ盛りのレトリバーを散歩に連れ出すのって、あたしも母さんもキツイんだもん。弟は部活バカだし、父さんは仕事で忙しいし」

「大学生のカレがいるだろう?」

「それがさー、アイツ犬アレルギーなのよねー。失敗したかも」

「西野、どういう基準でカレシ選んでるんだ」

「んー、顔、かなあ。やっぱ英嗣がよかったな」

キミが身体をこわばらせたのが、つないでいる手から伝わってきた。
大丈夫だよ、と教えたくて、テーブルの下で、ゆるくキミの手の甲をなでた。

「その気もないのにそんなこと言うのは、西野だって同じだろ」

「どーかなー? ―――― それとも、もう、つきあってる相手がいる?」

ウワサ、聞かないけど、と西野が言った。

「まあね」

キミが手のひらを返して僕の手を握ってきた。ふたりで指をからめて手をにぎりあった。強く。

「なんだ、残念」

ちっともそんなふうに思った様子もなく西野が言った。

「じゃあ、生徒会のほうは、今度は絶対よ」

「わかった」

「これ、土曜日のお礼のつもりで買ってきてたから、飲んで」

そう言って西野が紙パック入りの紅茶をテーブルに置いて立ち上がった。

「ごめんね、話しのジャマをして」

キミのほうを見て西野が言った。

「あ、ううん、全然」

キミが西野に答えると、

「じゃあね」

と、西野が僕に言って、食堂の出口に向かって歩いていった。
ちょうどノドも渇いていたから、西野が残していったロイヤルミルクティーに付属のストローを突き刺して、飲んだ。

「ミルクティーとかも飲むんだ」

キミが言った。そういえば、甘いものをキミの前であまり飲んだことがなかったね。

「うん、コーヒーがねあんまり好きじゃないからね」

「あ、だから、・・・西野さん、それ知ってたから紅茶を、・・・い、いーんちょーに買ってきたんだ」

キミのくちびるが、一瞬、西野がそうと呼んでいた僕の名前をかたどったように思えたのは気のせい?

「どうだろ、偶然かな」

キミがじっと見上げてくるから、

「飲む?」

青い紙パッケージのそれを渡すと、

「・・・うん」

ためらいがちに受けとったミルクティーのストローに口をつけた。
細いストローを挟み込んでいるくちびる、上気した頬に、少しうるんだようになっている瞳。
ほんのちょっと目を他に向けていたあいだに、
いつのまにそんなに甘やかなにおいをたたせていたんだろう。
そんなキミを見て、いつになく体温が上昇するのを感じた。

「あのさ、」

言って、指でテーブルに文字を書いた。単純なアルファベットを。

「したい」

ストローに口をつけたままびっくりしたように、
僕の指がK、I、S、S、となぞったテーブルに目を向けたまま、顔を上げてくれない。

「いや?」

下を向いたまま、キミは、小さく首を横にふった。
表情は見えなかったけれど、うつむいた横顔の、髪の毛のあいだから、あかくなっている耳が見えた。

「じゃあ、行こうか」

テーブルの下で、キミと握り合っていた手をはなしすのは惜しかったけれど、
僕は食器の乗ったトレーを手にして、キミをうながした。
さあ、今日は人目を忍んでどこへ連れて行こう。
きっとふたりとも、甘い紅茶の味がする。








週末にかけて、
うちに泊まりに来たキミに、
甘くやさしいキスをした。
両手を頬にそえながら、ゆっくりと舌をかさねあわせる。
こういうキスが好きなんだよね。
不思議だ。やさしし気持ちをこめてキスをすると、やさしい気持ちがかえってきてるような感じがする。それが心地よくて、もっと丁寧に舌をキミとふれあわせた。
そのあとに、頬とか額とかまぶたとか、顔のあちこちにかるく口づける。くすぐったがってるみたいな、小さく笑う顔を、もっと喜ばせたくなった。

「いーんちょー」

「ん?」

「―――― スキ」

そう言ってキミは、最初から僕の返事なんかあきらめているみたいにして抱きついてきた。
時々キミはその言葉を口にする。それは感情を表す種類の一つなだけで、特別、僕たちの間には関係ない言葉だと思っていた。
けれど、キミがそう言うたびに、何かが深く満ちてゆく ――――。
抱きしめると、
キミの温かな身体はすっぽりと僕の腕の中におさまる。まるで最初からこうあることが決まっていたみたいに。
僕の右肩に頬を埋めているキミの頭をそっとなでた。
指にふれるやわらかい髪の毛の感触に気持ちもやわらかくなりながら、自分の気持ちを確認する。
遊びのつもりで、からかうつもりで、つきあっただけだったのに。
なのに、僕は、キミを手放したくない・・・、と思っている ――――。





こんなふうに息をあわせるようなセックスを、誰ともしたことがなかった。キミと抱きあうまでは。
キミの呼吸の速さを感じて、それに自分の呼吸をあわせる。
腰の動きも、引き込まれるような感覚のままにあわせて、穿ってゆく。
手早くイくために快楽を追うことも、追い立てることもせずに。
それは、高みへと高みへのぼってゆくような感覚。肉をこすれあわせる体的な快感をともないながら、キミとふたりで、ずっとずっと上昇してゆくような感じ。
どこまでもどこまでも。
だから、放出の瞬間を少しでも先にのばしたくなる。この一体感をずっと味わっていたい。
キミと、いっしょに。
だけど、途中で動きをゆるやかにすると、
もっと、みたいな泣きそうな顔をする。
今日は、焦らしているわけじゃないんだよ、ただキミがいとおしいだけ。ゆるく溶けあう時間を長引かせたいんだ。だから、もう少しキミの中でただよわせて。
けれど、
待ちきれないようにキミが、涙にうるんだ瞳で僕を見上げてくる。
そんな表情を見ていると、ゆるく浸っていたいのに、動物的欲望が頭をもたげる。キミの汗のにおいに、あかくなっているくちびるに、刺激される。

「ここ?」

熱くなっている身体に手を這わせた。

「ちがっ、」

いやいやをするように首をふる。

「―― 僕、キミに、ヒドイこと、してる?」

急ぎそうになる身体をこらえながら、言った。

「し、てる。・・・なん、で?」

甘やかな息の中、キミが焦らさないで、みたいに言った。
―――― ずっとつながっていたいからだよ、と言葉をたどりそうになった。
けれど、言葉のかわりに腰の動きを速くした。
欲の本能に身を任せる。ある一点の空白になる瞬間を目指して駆け上るように。なにも考えられなくなる。ただ本能のとおりに強く激しく肉を穿ちつづける。
ほら、もう、キミの声でさえ、遠い。
でも、キミが呼ぶなら。僕を呼ぶなら、スパークの後に、また、ここへ舞い降りてこよう。そして、深海に沈みこむようにふたりきりの空間に溺れていこう。





目が覚めた時、まだ世界はしんと静かだった。
薄いカーテンごしの光りは、もう夜があけたことを教えてくれているけど、起きだすにはまだ早い。
隣の温かな体温とおだやかな寝息。
起きているときの元気いっぱいに表情を動かしている時よりも、こうして静かに目を閉じている表情のほうがキミは大人びて見える。
もしかしたら、
僕はキミに甘えているのかな。
キミにイジワルする僕も、やさしくする僕も、同じように両方うけれてほしい、なんて・・・・・・。
ねえ、キミはいつまで僕を好き? 明日も、明後日も、その次も?
いつの間にか、ひらりと僕の前から消えてしまったりするんじゃないかな。
他の誰かのものになりに行くんじゃないかな。
ねえ、僕から逃げ出してしまわないように、キミをがんじがらめに縛ってしまいたくなるんだよ。そんなことを僕が考えているなんて、キミは想像もしていないよね。
キミを、僕だけのものにしておきたい。
他の誰かがキミに興味を持ったことに気がつくたびに、僕だけを見て僕の声だけしか聞こえないようなところへキミを閉じ込めてしまいたくなるんだ。
知らなかった ―――― 、僕の中に、こんなに真っ黒くて醜い生き物が潜んでいなんて。
キミの向かうこの強い気持ちは、ただの独占欲なんだろうか、
それとも、―――――――― 。
そんなことを考えながら、僕の隣で眠っているキミの顔をながめていたとき、

「・・・もぅ、朝?」

キミがわずかに身じろぎをして、うっすらとまぶたをあけた。

「まだだよ、時間になったら起こすから、まだ寝てなよ」

こんなにやさしい声の自分を知らない。

「ぅん、」

モゾリと僕に近づいてきて、
僕の肩口に顔を寄せると、また、スウっと眠りに落ちていった。
ずれてしまったブランケットをキミの首のところまで引き上げながら、
胸のどこかが痛んだ。

(・・眠っているキミに言ってみようか)

ふと、思った。
キミがいつも欲しそうにしている「好き」というコトバを。
ためしに、少しだけ、――――――――・・・。

「・・・すきだよ」

ただの音の羅列なのに、まるで胸の深くからあらわれたような色合い。
もう一度、

「好きだよ、皓也、」
耳に言葉をささやくと、

「・・・ん」

寝息のような声。
くちびるが少しだけ開く。

「・・・オレ、も、―― 好き。エーシ、好き」

小さな幻のような淡い言葉は、ほんの一瞬で消えたのに、
僕の胸には、ずっとずっと響いてた。


この、泣きたくなるような胸の痛みを、僕は何と呼べばいいのだろう。






( おわり )



里川 英嗣 ・・・ さとかわ えいし
君塚 皓也 ・・・ きみづか こうや

やっと名前が出せました。
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