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4.コントロール不可能 ~馴れ初め編~(1)
しおりを挟む「ええと、ボク、オトコですけど・・」
と、学校の裏庭で言うのは、ソーセキの猫が“I am a CAT.”と言ったぐらいに当たり前なことなのは、うちの高校が男子校だからだ。
「それが、どうした。―― 好きだ」
この人、というか、先輩は、さっきから、とにかくすべての言葉の語尾に「好きだ」を付けている。
ボクの目の前に立っている先輩は、バスケ部の人で、2年生だけど、レギュラーな人で、
高校に入学したてのボクが入った卓球部は、バスケ部と同じ体育館の2階で部活をしているから、
顔は、覚えていて、
声も、覚えていて、
でかい身体も、始めて見たときに「きれいなシュートだなあ」という素朴な感想を胸にいだいたので覚えていた。
卓球部に入って一週間しか経っていないけれど、
卓球部の先輩より、このヒトの顔や声を憶えたののほうが早かったような気がする。
「ボク、あの、先輩のことよく知らないし」
学年と名前とぐらいしか知らない。
部活やってるときの素早くて気迫のあるドリブルとか、目線で悟らせない的確なパスだとか、
それからそれから、伸び上がった真っ直ぐな身体から放たれる印象的なシュートをしてるとことか、
部活の合間にコートの端っこで、練習のときの真剣な表情とは違う、楽しそうな雰囲気で部の人と大きな口を開けてわらってる顔だとか、
そーゆーところしか知らない、のに。
「これから知ればいい。―― 好きなんだ」
「・・・先輩も、ボクのことそんなに知らないハズでしょ」
なんで、そんなに簡単に「スキ」なんて言葉を言えるんだろう。
「知ってるから好きになるというわけでもないだろう」
ジリ、とまた先輩が一歩近づいてきた。
そうなのだろうか、恋、ってお互いをよくよく知ってから芽生えたりとかじゃあないのかなあ。
チラリと今までに好きになったオンナのコたちの顔が浮かんだ。好きは好きだったけれど、勇気をだして告白、までには至らなくて、高まっていた熱もなんだかそのままココロの温度が平熱に戻っていったけ。
でも、
この目の前のヒトは、落ち着いた顔で、
けれど、
すごく熱、を感じる。
凶暴な雰囲気でも凶悪な人格でもないっぽいから、いやなら断りを入れて、走って逃げればいいじゃないか、とこころの中で声がする。
いちいち受け答えをすることはないだろう、と。
見上げるオトコらしい顔。1コ年上なだけなのに、大人っぽい感じがする。
こんなふうに、熱のある瞳で見つめられるからだから、同じオトコなのに、と思いながらも、
どきどき、する。
「――――、好きなんだ」
いつの間に知ったんだろうボクの名前。
そのボクの名前を呼ぶ声にだって熱、があるから、
好き ―――― どこが、どうして、なにが、どんなふうに、という明確さのないアイマイな感情がきらりと現実味を帯びて、ボクの胸の中に飛び込んでくる。
ただ先輩を見上げるばかりでなんにも答えられないボクに、
まるで、
NoでないんならYesじゃないのか、というような、
「じゃあ試しにトモダチから」
というコトバに、小さくうなずいてしまったのも、きっと熱をうつされたからだ。
ボクは、ほんの1ヶ月ほど前に中学を卒業したばかりなんだけれど、
・・・こーゆーことに、年齢は関係ないのかもしれないけれど、
一緒に帰り始めて、3日目で、
帰り道のひとけのない児童公園のほの薄暗い木陰での抱擁とキスは、
すっごく早いんじゃないかなあと、思う。
しかも・・・・・・、
舌まで入ってきてるし ―――― 。
学校の裏庭で先輩に「好きだ」と言われて「おトモダチ」になることになって、
別に特別なことはなんにもなくて、
ただ、
部活のあとに駅まで一緒に歩いて帰るぐらいで、
なのに、どんどん、熱をうつされた。
先輩のおもしろくて楽しい話しに笑いながら、底のほうで目立たないように流れているぴりりとした緊張感が、何かの拍子に瞬時に甘い空気に代わる瞬間にはびっくりする。走って逃げたくなる。
ねえ、教えて、イッタイボクをどんなふうに変えちゃうつもりなんだよ!と叫びたくなる。
オカシクなる前に、逃げろ、と叫ぶココロと、
どんなところがどんなふうにオカシクなるのかを知りたがる本能とが、
せめぎあう。
だから、初めて先輩の目を見て、初めて先輩の名前を呼んだ。
ただ、それだけだったのに、
たったの3日目で、こんなふうに、どこがどんなふうに、なのかを悟らせるようなコト、されるとは思ってもなかった、よ。
ちょっと、待って、と、
拳でドンドンと先輩の肩を叩いた。
引き寄せられてる腰は、先輩の身体にぴったりとくっついているし。
力強い腕に、身体に、圧倒される。
液体のような筋肉に口の中をくすぐられて、
ナンダヨ、こんなことヤメロよ、と思う気持ちの輪郭がぼやけていく。
いったいいつのまに、ボクのどこかの何かのスイッチを入れたんだよ、と思うぐらいしかできなくて、
それで、
ようやくくちびるがはなれたら、
「鼻で息をするんだ」
そんなヒトコトだけで、
抵抗する拳の意味を曲解する。
「と、ともだち、って先輩、言った」
こんな自分の声はいやだ。
弱っちくかすれた声。
まるで自分が、なんにも出来ない小さな小さなコドモに思えてくる。
「友だちだってキスするだろう?」
いけしゃあしゃあと・・・、
するわけないだろ!!
と、気分的に怒鳴ってるのに、
「・・・しないよ」
見つめられるのがすごくイヤで、うつむきながら言った。
「恋人前提の友だちならするさ」
いつのまにそうなってたんだヨ。
と、言う前に、
先輩の手がボクの頬にそえられて、
硬い皮膚の親指が、唾液に濡れたボクのくちびるをなでる。
ぞくぞく、してる。さっきから。
知らない、こんなカンジ。
知らないことは怖くて、いやだ。
だから、イヤなんだから、はっきりと「イヤ」って先輩に言えばいいんだよ。
なのに、
「も1回」
吐息みたいな声を、こんな声をささやかれたことなかった。
なかったから、自分がどんなふうに反応するのかも知らなかった。
激しくきつい調子で命令されたわけでもないのに、身体が動かなくなる。自分でコントロールできない感じになる。
顔を上に向けさせされた。
深い意味を含んだ瞳の熱が、―――― 。
ほら、
もう、つぎにどこにどうなるのか予想できる。
イヤなら、
強くいましめられてるわけじゃないから、顔を背けるだけでいいのに、
それだけでいいのに、
コントロール不可能。
( つづく )
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