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16.メリーメリークリスマス

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冗談かと思ったけど、顔が真面目だった。
12月も半ば近くになったある日、
「クリスマスどうする?」って言ったら、修平が「どうする、って? なんかするのか?」
と至極、真顔で聞いてきた。





ベランダから、ちちち、と鳴いているのが聴こえて来るのは、冬支度を始めているスズメだろうか、と頭のかたすみで考えながら、
このおっさんはどこの国の人間だよ、とボクは目をすがめた。
「今まで、クリスマスはなんにもしてこなかったの?」
「うちは寺だからな」
そういえばそんなことを言ってたっけ。たしか、今はサラリーマンをしている修平のお兄さんが将来はお寺を継ぐらしいってことも。
「でも、クリスマスぐらいは・・、」
「なにを言っているんだ」
パチリ、とカーペットの上で足の爪を切りながら、修平が言った。
(あーあ、修平ってば、新聞紙を敷かないで爪を切って、どこかに飛んでった爪のカケラをあとでふんずけて、イッテぇと叫んだときのこと、もう、忘れてるな)
「俺の家では、そんな西洋の風習などしたことはない」
や、そんな。
きめ顔で宣言しなくっても・・・。










来週のクリスマスを控えて、世間では特製ケーキだのセレブリティなプレゼントだのホテルディナーだのと盛り上がりに盛り上がっているけれど、
学校ではそれほどでもない。
しょせん、男子校の高校生だ。イブあき(クリスマスに予定なし)でも、まぁ、そんなもんかなって感じだ。
去年は、クラスの友だちとカラオケに行ったけど、
イブの日のカラオケボックスは、カップルや合コンらしい男女のお客さんでにぎわっていて、ボクたち高校男子の集団は、なんだかやけに肩身がせまかった。
で、ボクの今年のクリスマスイブは、――――――――。




「え? バイト入れたよボク」
修平に24日は何時に来るんだ? と尋ねられて、そう答えた。
大型スーパーで、棚に商品を補充していくバイトをクラスの友だちと今年の夏休みにやった。
それからも、売り場の主任が人手が欲しくなるとメールしてくるから、連休だとか、たまの土日に、友だちの関口といっしょにバイトに入っていた。
クリスマス前後はヒトが足りないからって言われて、丁度、学校の冬季講習も22日で終わっていたし、修平はといえば特別何もしないみたいだったから、気軽にOKしたんだった。
「なんだと、せっかく、カモの手配をしたのに」
カモ? チキンじゃなくて・・?
「カモの丸焼き?」
七面鳥の丸焼きでもなくて?
「何を言ってるんだ。カモと言えば、カモ鍋だろう」
カモ鍋と、イブとどういう関係があんだよ・・。
“せっかく” イブに手配する意味があるんだろうか?
は、・・・まてよ――――。
「ケーキは・・・?」
「喰うのか?」
へ? って顔で修平が言った。
「凛一、甘いのそんなに喰わないだろう?」
そりゃ、食べないけどさー、イブだよ。
は、・・・もしかして ――――。
「プレゼント、・・・は?」
「なんだ、凛一、まだ、サンタクロースを信じてるのかぁ?」
子どもに言うみたいにして修平が言った。
・・・おっさん、わかってない。
恋人たちのクリスマスイブのセオリーをまったくわかってない。
あんた、どういう生活をやってたんだよ。ふつーにしてれば、いやでもそういう情報は入ってくるだろう。
それともあれなんだろうか、仏教徒は西洋キリスト教的な慣習を頑なに拒否してるんだろか ――――・・・?
そう思いながら、
「―――― 修平って、クリスマスあとに振られたことあったりして」
と、ぼそっと、
なにげに、言ったら、
・・・・・・不自然にシーン、となった。
修平が気まずそうに、目をそらす・・・。
え・・! 図星?!
「あー、ボク、もう、バイトOKしちゃったし。カモ鍋は25日に食べにくるよ」
イブは遅番シフトだけど、25日は早番シフトだから、夕方にはあがれる。
まぁ、修平がなんにもなしでも、いちおうプレゼントなんてのは渡したかったから、ちゃんと用意はしているし。
羊毛のマフラー。修平が最近気に入ってヘビロテしているシープスキンの真っ黒なコートに合わせた、シックな色合いのオレンジだ。
「24日は、バイト何時に終わるんだ?」
遠い目から返ってきた修平が、ちょっと不機嫌そうに聞いてきた。
「・・・? 8時だけど」
高校生だから夜は8時までだ。
「バイト先に、迎えに行く」
「は?」
「肉は新鮮なうちに食べたほうがいい」
あー、・・・そう。
ま、いいけどさ。










「今日、ドコ行く」
「ニコマ?」
「ああ、特製ぶたまん?」
「そうそう」
スッタフ用のロッカーで、関口と早川がバイトのときに着ていたスーパーのエプロンを脱ぎながらしゃべっている。
大学生や専門学校生より早上がりな高校生のバイト組の3人(ボクと関口と早川)でシフトが一緒になると、帰りはたいてい、近くのコンビニに寄って、あったかメニューを食べながら地下鉄駅まで歩く。
スーパーから駅までの間に3軒のコンビニがあるから、適当に選んだとこに行く。
けれど、今日は、
「あー、ごめん。今日、ボク、急ぎなんだ」
と、ふたりにあやまった。
「藤原、イブに予定ねーって言ってたくせに」
お前、まさか、って顔で関口と早川が睨んでくる。
「あー、違うよ、家の用事だよ。家族が迎えにくるし」
内心あせりつつも、しょうもない事でさぁ、みたいなふうに答えると、
「そうか、それなら許す」
と、関口と早川が鷹揚にうなずいた。
さっき、ケータイをチェックしたら、店の正面入り口のところに居る、と修平からメールが入っていたから、
ボクは、じゃあまた明日、と言って、足早に更衣室をでた。
早川は違う高校だけど、関口は同じ高校だから、修平の姿を見せるのはヤバイし。
従業員用の出入り口で守衛さんに荷物の中身を見せて、ボクはぐるりとスーパーの正面までを駆けた。
入り口の自動扉がゆっくり開くのももどかしく、店の中に入ったけれど、
修平は居なかった。
(トイレにでも行ったかな・・?)
バイトが終わったと、メールを打とうとしたとき、
「凛一」
知らないおじさんから声をかけられた。
「は・・・い?」
だぶっとしたエスキモーみたいなコート。妙に派手なニット帽に、フレームが分厚い黒のメガネ、顔を半分おおうような立体マスク ―――― タチの悪い風邪がはやってるから、マスクをしている人はよく見かけるけど・・・、なんかあやしげないでたちだ。
けど、
―――― もしかして??
「・・・修平?」
小声で聞いてみたら。
「そうそう」
マスク越しのくぶもった声がそう答えた。








「あやしい、怪しすぎるよ、そのカッコウ!」
修平の車に乗り込むと、開口いちばんにボクは修平にそう言った。
「バレなさそうだろう?」
ま、たしかに、そうだけど。目立ってたと思うけどなあ。
「駐車場で待ってればよかったのに」
「凛一がどんなところで働いてるか見たかったしな」
「・・・・・・、もしかして働いてるとこ見てた?」
「ちょっとだけな」
あのカッコウで ――――・・・。絶対、警備の人に目を付けられてたよな。
ボクが助手席のシートベルトを締めると、
変装(?)をといた修平がエンジンをスタートさせた。
「じゃ、ドライブに行くか」
「え? カモ鍋じゃないの?」
「ドライブから帰ってからな」
時刻は夜の8時半。
今日は修平がカモ鍋をするっていうから、いつもはパンやおにぎりを食べている夕方の休憩時間を缶コーヒーだけですましたんだけど。
「ボク、お腹すいたよー」
「少しぐらい我慢しろ。イブらしく、すばらしいナイトビューの場所を確保してきたんだぞ」
別に、夜景スポットなんかいいし。
「また今度にしようよー。夜景はいつでも見れるしさ。ボク、お腹すいてヘロヘロなんだよ」
8時間まるまる動きっぱなしだったし。
「いーや、行くっ。ちょっとぐらい気合いで我慢しろ」
うっわ、オーボー。
「もう、なんだよ」
命令口調な修平にぷうっと口をとがらせて、なんかせめて、食べ物でもないかと、修平が、時々、食べ残しのクッキーとかを入れてるダッシュボードを開けた。
「ああっ、こらっ」
修平がへんな声をあげた。
ダッシュボードから雑誌がばさっと出てきた ―――― 無理やり押し込めてたみたいだ。
コンビニなんかでよく売ってる街の情報誌タウンウォーカーだ。
なんだ、これ、と見ると、表紙にでかでかと『クリスマスデート特集』とあった。
雑誌をまじまじと見て、となりの修平を見た。無言で前を見ているけど、こころなしか耳が赤いような気がする ――――。
で、
とりあえず、雑誌をもとに戻して、パタンとダッシュボードを閉めた。
「―――― どっか、コンビニに寄ってよ」
「・・・ああ、・・わかった」
なんか、あったかいものでも買おう。
「あんまり、たくさん食うなよ」
「わかってるよ。―――― カモ鍋、楽しみにしてたんだからさ。その分は、お腹減らしとくよ」
とりあえず、キスぐらいできるまでに体力は戻しておこう。










朝、起きたら、目の前に赤い長靴があった。
あれだ、子どもが喜びそうなお菓子の入ったサンタクロースの真っ赤なブーツ。
・・・うっわ、ヘンな夢、と思って寝返りをうったら、カーテンの開いている窓から朝の日差しがはっきりと目に入った。
窓越しの白く煙っている世界 ―――― 昨日は、真っ暗な部屋でカーテンを開けたまま窓の外から入ってくる街の明かりで、まぁ、いろいろと・・・・・・。
隣で寝ていたはず修平は、もう居なかった。
修平の低位置に手を伸ばせば、まだ、そこには温みが残っていた。
また、休日だというのに早くに起きだして、お気に入りのアナウンサーが出ている朝の情報番組を観てるんだろう。
ボクは、ふぁああ、と大きくアクビをした。
今日もバイトだ。朝の10時から、夕方まで。起きる時間にセットしておいたケータイがまだ鳴らないから、起きなきゃいけない時間までもう少し余裕がありそうだ。
寒い冬の朝、
あたたかいベッドの中から出るのはとても勇気がいる。
(もちょっとだけ、)
と、思って、窓から流れてくる朝の気配に背を向けるようにして、寝返りをうつと、
またまた、赤いブーツが目に入った。夢じゃなかったらしい。
(修平が置いてったのか・・・)
「あーあ、ボクは、もう、サンタクロースは信じてないんだけどさ」
昨日、たいそう美味しかったカモ鍋とシンプルなマロンケーキ(なぜ、栗なのかは謎だ)を食べたあとに、ボクは用意しておいた修平のプレゼントを渡したけれど、
修平からはなんにもナシで・・・、
まあ、予想はしていたから、ちぇーとは思いながらも仕方ないよな、修平は仏教徒だし、とか思って自分を納得させていた ―――― んだけど・・・。
ボクは、プラスチックで出来たサンタブーツに手を伸ばした。子どもが履けそうなくらいの大きさだ。履き口からは、中に入っているお菓子がはみだしている。
(これ、一応、クリスマスプレゼントなんだろうな)
と、思いながら手に取ると、赤いーブーツは意外と重かった。
あれ? と思って、
ボクは、ベッドサイドのテーブルに中身を出していった。
中からは、キャンディーやクッキーや袋入りのラムネ菓子が出てきて、
そして、
いちばん最後に箱が出てきた。
緑色のつるっとしたラッピングペーパーに金ラメの赤いリボン ――――。




ボクは、寒さなんかものともせずにベッドを飛び出すと、
その箱を手に、修平のもとへ走っていった。






( おわり )






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