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15.with you

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「センセイ、日に焼けたね」
修平に会うのは6日ぶりだった。
「――――、ん、ああ。・・・日焼け止めぬるのサボったからなぁ」
ちょっと目を細めて、ボクを見下ろしながら修平が言った。
低い声が、気持ちをさらってゆく。
「なんだよ、生徒には絶対、ぬるのを忘れるな、とか言ってたくせに」
ニュージーランドは紫外線が強いから、日焼け止めは毎日、絶対にぬるように、と修学旅行の説明会で言われていた。
「あー、そうだったナ」
修平がわらった。いつもの笑顔。胸にきざまれている記憶とおんなじ。
そのカオから目がはなせない。目のはしっこの笑いじわに、くちびるでふれている自分を頭の中に想像してしまった。
2学期の期末テストが終わって5日後に出発した修学旅行は6泊7日のニュージーランドだった。
日程のうち3日間は各地を観光して、残りの3日間は向こうの兄弟校(うちは男子校だから、姉妹校とは言わないのだそうだ)のハイスクールでの英会話の授業とホームステイだった。
「・・・英語、少しはわかったか?」
何か言いたそうな、でも、それではないことを言うように修平が聞いてきた。
「うーん、どっちかっていうとジェスチャーのほうが通じた。・・・・・・センセイは?」
ボクもこういうことが言いたいんじゃないのに、そう言った。
まわりには、他の先生たちや生徒が居るから・・・。
ニュージーランドから12時間のフライトでようやく帰ってきた日本の国際空港のロビーは、まだまだ興奮してしゃべってる生徒たちや、時差ボケでぐったり疲れたみたいにロビーに座り込んでる生徒が視界のあちこちに見える。
職員と生徒全員が飛行機から降りて、点呼と、2、3の注意がすめば解散だ。あとは、各自で、機内から積み出された荷物を受け取って家に帰るだけ。
2年生の生徒と職員合わせて、250人近くの大所帯だから、全員が飛行機からおりるには、少々時間がかかる。
修平はボクのクラスの副担任だけど、他のクラスの担任の先生が腰痛で修学旅行に付き添うことが出来なくなったため、若くて活きのいい(と、学年主任の先生が修平に言ったのだそうだ)修平が急遽、そのクラスを引率することになった。
修学旅行は全クラス同時出発だったけれど、現地では先に観光をするコースと、先にハイスクールでの授業とホームステイをするコースの2つにわかれた。
それで、
ボクのクラスと、修平が引率することになったクラスはコースがわかれてしまったので、旅行中は全然、修平に会うことができなかった。
それで、ようやく、こうして帰国したばかりの日本のロビーで修平と話すことができた。
たまたまボクがすわっていた飛行機の席が後部の扉に近いところだったおかけで、早めに飛行機から降りることができたから、もう、先に降りて、ロビーの端で、全員が降りるのを待っている修平を見つけて、話しかけることが出来たというわけだ。
こんなに長いこと修平に会わなかったのは初めてだ。
試験前1週間と試験期間中は、修平の部屋には出入り禁止だけど(ちょっとぐらいいーじゃん、と言うけど、いつも却下される)、学校で会えるし、授業の質問、という形で国語科準備室に行ったりしていた。
夜にはケータイでちょこっと(テスト勉強の邪魔にならないくらいの時間)話したりしてたし。ケンカしてた時だって、授業ん時や校内で修平の姿を見ることができたし。
だから、全然、会えなくて話しも出来ないなんてことはなかった。
「ニュージーは、禁煙なところが多くてまいったな」
周りで威勢よくしゃべっている生徒たちの声が響き渡っている。そのざわめきの中でも、修平の声はあざやかにはっきりとボクの耳に届いてくる。
「フジワラはどうやって帰るんだ?」
久しぶりに、修平から苗字で呼ばれた。
「友だちと電車で帰って、駅に親が迎えにきてくれる」
空港が混雑するから、なるべく空港への出迎えは控えるように、ってことだったから、大きな駅までは電車だ。
「センセイは?」
「俺か? 俺は、川内先生の奥さんが空港に迎えに来てくれるそうだから、ついでに送ってくれるそうだ」
「えー、センセイばっか、ズルくない?」
身体も目も、全部、修平からはなれられない。もっと近づきたい。
「ずるくないさ」
ぽんっと肩に手を置いてきた。
(・・どうしよう)
「生徒と教師じゃ、疲労の度合いがちがうだろ?」
でも、手はすぐにはなれた。
「ほら、集合だ」










「つかれたでしょう」
と、ママさんが言った。
駅まで迎えにきてもらって、久しぶりに会ったママさんは、たった一週間なのにすごいなつかしい感じがした。変わらない顔を見て、なんだか、ほっとした。
それから、家に入ると、
ああ、本当に日本に帰ってきたんだな、と身体がゆるんだ。
なのに、
制服から着替えて荷物を整理しているとき、
すごく大事なことをどこかに置いてきてしまったような気持ちがして、ざわざわし始めて、落ち着かなくて、
とうとう、ボクは立ち上がった。
自分の部屋から出て、階段を降りて、キッチンにいるママさんに声を掛けた。
「ちょっと、出かけてくる。お土産、テーブルの上に置いてるから」
「凛ちゃん?」
あわてているボクに驚いたようにママさんが声をかけてきたけど、ボクはそのまま、玄関に脱ぎっぱなしだったスニーカーを履いて、玄関を飛び出した。
急いでも、どんなに、急いでも、30分はかかる。
走って、駅まで行って、電車を待つ間も乗っている間も(シートは空いていたけど、すわる気持ちの余裕がなかった)、気が急いてしようがなかった。










ベッドルームのドアノブをそっとまわした。
カーテンのひかれているうす暗がり。まだ、昼間だから、遮光カーテンでも遮ることのできない日差しが、カーテン越しに部屋をぼんやりと照らしていた。
ベッドにはたしかに横たわる人かげ。
ほっとした。
ちゃんと、修平が居る。
寝てるみたいなので、足音を立てないようにして、近づいた。
来る途中でケータイを鳴らしたけど、ワンコールですぐに留守録につながったから、マンションのドアを合鍵で開けながら、もしかして、学校で会議とかがあってるのかな、と思ってたけど、ちがったみたいだった。
よかった。
修平は静かにベッドで眠っている。
セミダブルなのに、真ん中じゃなくて、ボクと眠る時みたいに左端に寄って寝てるのがなんだかおかしくて、なんだか、胸のどこかが、きゅうっとなった。




ちょっとだけ、修平の寝顔を見てから、帰ろうと思っていたら、修平がゆっくりと目を開いた。ドアを開ける音で目を覚ましてしまったのかもしれない・・・。
「凛一・・? ・・・ユメ・・か?」
かすれた声で修平が言った。
「違うよ、本物だよ」
そう答えると、ああ、と言って、修平がふとんの端をめくった。
「ほら、」
「うん」
上着を脱ぐと、ボクはするりと、修平のとなりに入っていった。
体温で温められていた布団の中で、修平と向かい合った。
「ごめん、起こしたね」
いいさ、と言った声が、でも、もう、眠そうだった。
「―――― 飛行機でけっこう寝たんだけどな、・・やっぱり、家のベッドは違うな」
安心するよ、と修平が言った。
「ちゃんと家に帰ったのか?」
ボクの頬にふれる修平の手があたたかい。
「うん、親にお土産わたして、―――― そのまま、出てきちゃった」
とんだ孝行息子だな、と修平が言った。
会いたかったんだよ、会いたかったんだよ、―――― わかってる?
「こうやって、凛一が来るんだったら、」
指がくちびるにふれた。
「―――― 遠慮せずにさらいに行けばよかったな」
顔がもうすぐ目の前。
でも、表情がわかるくらいの薄暗がりだから、きっと、ボクの赤くなった顔はわからないだろう。
「さっき、ヤバかった」
「さっき?」
「ああ、空港のロビーで、凛一と少し話したとき」
「うん?」
「うっかり、凛一にキスしそうになった」
言って、修平がくちびるを近づけてきた。
かるく、あわせて、
舌をふれあわせた。
きつくからめるでもなく、はげしく吸いあうこともなく、
お互いが居ることを確認しあうように、
ただ、くっつけあった。
「ボクも、」
くちびるがはなれて、ボクも言った。
「修平に抱きつきそうになった」
言って、修平の身体に手を伸ばした。
修学旅行は楽しかった。
未知の国、通じない言葉、知らない風景、
新鮮で、驚きに満ちていて、毎日刺激的だった。
それでも、
日本に帰ってきて、ほっとした。
家族に会って、家に帰り着いてほっとした。
でも、
なにより、修平のそばが、いい。
ちゃんと、ここに居るって、身体がわかって納得して安心するまで、ぎゅうっと強く強くだきしめあって、
それから、
ふうっと、力を抜いた。
「・・すこし、眠ろう」
お互いの身体にまわしていた腕を、絡めあっていた足をほどいて、身体をよせあった。
おだやかな修平の声に、誘われて、
「・・・うん」
もう、ユメの入り口はすぐそこまで来ている。
温かな体温と静かな鼓動と、肌をなでていく吐息。
おやすみ、の声が耳にとどいた。
ボクもそう言って、
修平の肩に、頭をすり寄せた。





( おわり )






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