48 / 68
第10章
3
しおりを挟む
俺たちはそのままライブハウスの近くの居酒屋に入った。ヴォーカルだけはもう自分は脱退したからと別れた。二人ともエリック・クラプトンが好きで、俺が『ランニング・オン・フェイス』をやったときに一緒にやりたいと思ったのだと言う。
ベースとドラムは俺と同い年で二人とも学生だった。ヴォーカルだけ歳が離れていたが三人とも同じ大学だった。サークルで組んだバンドだと言っていた。
話を聞いていると俺の入っていたサークルとは違って、積極的にライブハウスでの企画を打ったり学内でライブをやったりと、真面目に活動をしていた。
バック・ドア・マンはこうして学外でも活動をしているもののいまいちパッとせず、ほかのバンドからライブに呼ばれたりしていたがこのまま続けていてもなあなあのままだとメンバーは思っているらしかった。
俺はキッド・スターダストの名前を出した。あのバンドは一線を画するバンドだと。その名前は二人も知っていて格が違うと口を揃えていうのだった。
確かに、なんというかキッド・スターダストは持っている。それが具体的になにかとはわからないが確実にほかのバンドにないものを持っている。
なにが違うのだろうと俺たちは考えた。なにが違う、そもそも全てが違うのだろうがそこでじゃあしょうがないよねと済ませてしまいたくはなかった。でもいくら考えてみても結局答えは見つからなかった。
「ところで」俺は言った。「空のような目ってどんなバンドなの?」
ああ、とドラムが言った。
「対バンが気に入らないと今日みたいにバックれんだよね。確かにすごいバンドだとは思うけど……なんていうの、天狗になってるっていうかね」
「キッド・スターダストと対バンやったりしてるらしいじゃん」
「あー、仲はいいらしいけどね。んーでも、あんま好きじゃないなあ」
「空のような目は?」
ドラムが頷いた。
「まあ、ロックといえばそうなんだろうけどね」
ベースが笑いながら言った。
「時代錯誤だよ」
ドラムはそう言うと残ったビールを飲み干した。ベースはまあねえと梅酒に口をつけた。
二人とも酒が強かった。俺はどうにか意識を保とうと必死で目を開けていた。しかし夜明けごろには寝ていて、気がつくと駅前の道で二人に身体を揺り動かされていた。
「俺たちはこっちだから、帰るぞ」
俺が目を覚ましたのを確認すると二人はそう言ってどこかへ行ってしまった。身体がだるくて頭が痛い。それに気持ち悪い。口の中はウイスキーの臭いがした。でもウイスキーなんて飲んだ記憶はなかった。なにかやからしてないか心配だった。
どうにかこうにか立ち上がったものの吐き気がして俺は壁に手をつくとその場でゲロを吐いた。酒臭くてそれでさらに吐き気を催した。胃の中がからっぽになってもげーげーやっていた。息を吸うのを忘れて吐こうとしていたから苦しくなった。それで気がついたように深呼吸をした。するとまたゲロが出そうになった。
駅に向かう人たちが俺を避けるようにしながら構内に入っていく。それを気にしている余裕はなかった。褐色のゲロを足元に撒き散らかした。靴が汚れた。そしてそのまま俺は力尽きた。コンクリートに頭を打ったような気がしたが痛みはなかった。生ぬるくてべちょべちょした感触が頬にあった。汚ねえなと思ったがそれ以上は考えられなかった。
やけに寒かった。地面のゲロが冷えて頬から体温を奪われていく感じがした。立たないとと思ったものの身体のどこにも力が入らなかった。ぼやけた視界にちらほらと遠巻きで俺を見ている人たちが映った。
急にまた吐き気がこみあげてきた。俺はそのまま横向きに寝た体勢で吐いた。液体が頬から顎、首筋を伝っていくのがわかった。もうダメだ。なんでもいい。どうにでもなれ。
汚物にまみれて人から避けられていると屈辱を通り越したまた違った感情が芽生えた。開き直るのとも少し違う感情だった。そこには悔しさも恥ずかしさもなかった。本来もっとも忌むべき境地に俺はいた。
「大丈夫か?」
遠くでそう声が聞こえた。頬を叩かれた。誰かが面白半分で声をかけたのか。そう俺は思った。
「おい、しっかりしろ」
もうどうにでもしてくれ。返事をする気にもならなかった。
「……しょうがねえな」
急に身体が軽くなった。頭が異常に痛んでグルグルと回っている感覚がした。俺はまた吐いた。マジかよとすぐ横で声がした。
俺は突き飛ばされてそのまま崩れるように横になった。柔らかくて温かい場所だった。
バタンと一瞬その空間が揺れて俺は目を開いた。
「気がついたか」
霧が晴れるように視界が鮮明になっていく。車の中だった。バックミラーに顔が映っていた。ハルだった。
「なんで……」
俺は絞り出すようにそう言った。なんでここにハルがいるんだ?
「お前が呼んだんだろ」
俺が?
「覚えてねえのか。まあ、いいや。帰るぞ」
エンジンがかかり車が動き出した。
ベースとドラムは俺と同い年で二人とも学生だった。ヴォーカルだけ歳が離れていたが三人とも同じ大学だった。サークルで組んだバンドだと言っていた。
話を聞いていると俺の入っていたサークルとは違って、積極的にライブハウスでの企画を打ったり学内でライブをやったりと、真面目に活動をしていた。
バック・ドア・マンはこうして学外でも活動をしているもののいまいちパッとせず、ほかのバンドからライブに呼ばれたりしていたがこのまま続けていてもなあなあのままだとメンバーは思っているらしかった。
俺はキッド・スターダストの名前を出した。あのバンドは一線を画するバンドだと。その名前は二人も知っていて格が違うと口を揃えていうのだった。
確かに、なんというかキッド・スターダストは持っている。それが具体的になにかとはわからないが確実にほかのバンドにないものを持っている。
なにが違うのだろうと俺たちは考えた。なにが違う、そもそも全てが違うのだろうがそこでじゃあしょうがないよねと済ませてしまいたくはなかった。でもいくら考えてみても結局答えは見つからなかった。
「ところで」俺は言った。「空のような目ってどんなバンドなの?」
ああ、とドラムが言った。
「対バンが気に入らないと今日みたいにバックれんだよね。確かにすごいバンドだとは思うけど……なんていうの、天狗になってるっていうかね」
「キッド・スターダストと対バンやったりしてるらしいじゃん」
「あー、仲はいいらしいけどね。んーでも、あんま好きじゃないなあ」
「空のような目は?」
ドラムが頷いた。
「まあ、ロックといえばそうなんだろうけどね」
ベースが笑いながら言った。
「時代錯誤だよ」
ドラムはそう言うと残ったビールを飲み干した。ベースはまあねえと梅酒に口をつけた。
二人とも酒が強かった。俺はどうにか意識を保とうと必死で目を開けていた。しかし夜明けごろには寝ていて、気がつくと駅前の道で二人に身体を揺り動かされていた。
「俺たちはこっちだから、帰るぞ」
俺が目を覚ましたのを確認すると二人はそう言ってどこかへ行ってしまった。身体がだるくて頭が痛い。それに気持ち悪い。口の中はウイスキーの臭いがした。でもウイスキーなんて飲んだ記憶はなかった。なにかやからしてないか心配だった。
どうにかこうにか立ち上がったものの吐き気がして俺は壁に手をつくとその場でゲロを吐いた。酒臭くてそれでさらに吐き気を催した。胃の中がからっぽになってもげーげーやっていた。息を吸うのを忘れて吐こうとしていたから苦しくなった。それで気がついたように深呼吸をした。するとまたゲロが出そうになった。
駅に向かう人たちが俺を避けるようにしながら構内に入っていく。それを気にしている余裕はなかった。褐色のゲロを足元に撒き散らかした。靴が汚れた。そしてそのまま俺は力尽きた。コンクリートに頭を打ったような気がしたが痛みはなかった。生ぬるくてべちょべちょした感触が頬にあった。汚ねえなと思ったがそれ以上は考えられなかった。
やけに寒かった。地面のゲロが冷えて頬から体温を奪われていく感じがした。立たないとと思ったものの身体のどこにも力が入らなかった。ぼやけた視界にちらほらと遠巻きで俺を見ている人たちが映った。
急にまた吐き気がこみあげてきた。俺はそのまま横向きに寝た体勢で吐いた。液体が頬から顎、首筋を伝っていくのがわかった。もうダメだ。なんでもいい。どうにでもなれ。
汚物にまみれて人から避けられていると屈辱を通り越したまた違った感情が芽生えた。開き直るのとも少し違う感情だった。そこには悔しさも恥ずかしさもなかった。本来もっとも忌むべき境地に俺はいた。
「大丈夫か?」
遠くでそう声が聞こえた。頬を叩かれた。誰かが面白半分で声をかけたのか。そう俺は思った。
「おい、しっかりしろ」
もうどうにでもしてくれ。返事をする気にもならなかった。
「……しょうがねえな」
急に身体が軽くなった。頭が異常に痛んでグルグルと回っている感覚がした。俺はまた吐いた。マジかよとすぐ横で声がした。
俺は突き飛ばされてそのまま崩れるように横になった。柔らかくて温かい場所だった。
バタンと一瞬その空間が揺れて俺は目を開いた。
「気がついたか」
霧が晴れるように視界が鮮明になっていく。車の中だった。バックミラーに顔が映っていた。ハルだった。
「なんで……」
俺は絞り出すようにそう言った。なんでここにハルがいるんだ?
「お前が呼んだんだろ」
俺が?
「覚えてねえのか。まあ、いいや。帰るぞ」
エンジンがかかり車が動き出した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
寝室のクローゼットから女の声がする!夫の浮気相手が下着姿で隠れていてパニックになる私が下した天罰に絶句
白崎アイド
大衆娯楽
寝室のクローゼットのドアがゴトゴトと小刻みに震えて、中から女の声が聞こえてきた。
異様な現象を目の当たりにした私。
誰か人がいるのかパニック状態に。
そんな私に、さらなる恐ろしい出来事が目の前で起きて…
【受賞作】狼の贄~念真流寂滅抄~
筑前助広
歴史・時代
「人を斬らねば、私は生きられぬのか……」
江戸の泰平も豊熟の極みに達し、組織からも人の心からも腐敗臭を放ちだした頃。
魔剣・念真流の次期宗家である平山清記は、夜須藩を守る刺客として、鬱々とした日々を過ごしていた。
念真流の奥義〔落鳳〕を武器に、無明の闇を遍歴する清記であったが、門閥・奥寺家の剣術指南役を命じられた事によって、執政・犬山梅岳と中老・奥寺大和との政争に容赦なく巻き込まれていく。
己の心のままに、狼として生きるか?
権力に媚びる、走狗として生きるか?
悲しき剣の宿命という、筑前筑後オリジンと呼べる主旨を真正面から描いたハードボイルド時代小説にして、アルファポリス第一回歴史時代小説大賞特別賞「狼の裔」に繋がる、念真流サーガのエピソード1。
――受け継がれるのは、愛か憎しみか――
※この作品は「天暗の星」を底本に、9万文字を25万文字へと一から作り直した作品です。現行の「狼の裔」とは設定が違う箇所がありますので注意。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
好きになっちゃったね。
青宮あんず
大衆娯楽
ドラッグストアで働く女の子と、よくおむつを買いに来るオシャレなお姉さんの百合小説。
一ノ瀬水葉
おねしょ癖がある。
おむつを買うのが恥ずかしかったが、京華の対応が優しくて買いやすかったので京華がレジにいる時にしか買わなくなった。
ピアスがたくさんついていたり、目付きが悪く近寄りがたそうだが実際は優しく小心者。かなりネガティブ。
羽月京華
おむつが好き。特に履いてる可愛い人を見るのが。
おむつを買う人が眺めたくてドラッグストアで働き始めた。
見た目は優しげで純粋そうだが中身は変態。
私が百合を書くのはこれで最初で最後になります。
自分のpixivから少しですが加筆して再掲。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる