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第6章 大魔導士ウィスターナ
6-11 謝りたい<最終話>
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二年後の本日、成人した私とマルクの結婚式は、王家の全面的な後援で行われた。
天候にも恵まれて、晴れやかな青空が広がっていた。
王宮はお祝いのために様々な花や装飾品で彩られ、大勢の来賓たちで賑わっていた。
本当はそんな派手な催しは苦手で回避したかったんだけど、救世主である大魔導士との円満な仲を王家側はアピールしたかったらしい。
あの男のせいで、随分評価を下げてしまったからね。
宣誓の件でマルクが前王妃にお世話になっていたので、協力する義理があるからとマルクから説明を受けて了承したけど、結婚式に強いこだわりを見せて私のドレス選びを一番嬉々として行っていたのは彼自身だったと思う。
真っ白な高級な絹でできたドレスは、華やかなレースと宝石が惜しみなく使われていて、大変豪勢だった。
ティアラも立派だったから、国王の妃が着るような格式の高さでビビったけど、家族も私の花嫁姿をすごく喜んでくれたので、結果的にマルクの言うとおりにして良かった。
マルクの着飾った姿も素敵だったから見れて眼福だったしね。
披露宴が終わってマルクと屋敷に戻り、風呂に入ったあとは既にクタクタだった。
使用人が勘違いしたのか、なぜか今まで使っていた部屋じゃなくて新しく用意された夫婦部屋に案内されたけど。
今まで別々の部屋で暮らしてきたから、結婚後も同じように別々で寝ると思っていた。
彼は言っていたもの。別に恋人らしい振る舞いを求めているわけではないって。
前世のような同居生活が彼の望みのようだった。
眠くて面倒だから明日伝えておこうと部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ直後、誰かが慌てて入室してきた。
せっかく寝落ちしそうだったのに騒がしい音で起こされてしまった。
うっすら目を開けると、再び部屋が明るくなっている。
マルクが風呂上がりなのかバスローブを羽織って部屋の中にいた。
彼もどうやら間違って案内されたようだ。
「今日は素敵な結婚式だったわね。マルクも疲れたでしょう? 間違ってこの部屋に案内されちゃったみたいだけど、疲れたから今日はこのまま休みましょう?」
ベッドは大人二人が寝ても余裕の大きさだった。
使用人を呼び出して部屋を変えるのは手間だ。夜中に働かせるのは可哀想だと考えていた。
一緒に寝るのは恥ずかしいけど、状況的に見過ごせる程度だ。
目を瞑った直後、ベッドの端にマルクが腰掛けたみたいで、少し寝床が揺れた気がした。
「ミーナ、新郎を置いて先に寝ないでください」
すぐに寝入りそうだったのに布団を無情にもめくられて再び邪魔された。
温もりが布団とともに奪われていく。
また目を開けると、彼が座りながら私を見下ろしていた。
「ミーナ?」
銀糸の長い髪を垂らして、風呂上がりで火照った肌を首元から覗かせている。
出会ってから二年経っていたけど、見た目は変わらず若いまま。
美しい容貌も変わらない。無防備な姿から色気まで感じる。
「マルクもここで寝ればいいじゃない」
横になったままで、自分の横の空いている場所を手でペシペシと叩いて示した。
「そうですが、その、今日は初夜じゃないですか」
「うん?」
「あの、ミーナは夫婦の夜の営みには興味はないんですか?」
もじもじと恥ずかしそうに質問してきた。
「えっ?」
驚くことを言ってきたから、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
起き上がってマルクを見つめる。
彼はとても気まずそうで、目線をあからさまに私から逸らしていた。
「もしかして、私とそういうことをしたかったの?」
恋人らしい振る舞いは求めていないって、マルクは言っていたから、ずっとそうだと思っていた。
ところが彼は、私の問いに黙ってうなずく。
マルクは密かに興味があったのね。
私はというと、前世を含めて全然そういう経験はなかった。
でも、お母さんから結婚前に畑に種をまいて子ができる話を聞かされて、さらに犬の交尾を偶然目撃したことがあったから、大まかに何をするのかは想像できたので、内心激しく動揺していた。
「夫婦の営みって、要は子作りよね? 子どもが欲しいの?」
「いえ、子どもが目的ではないです。ただ、あなたに触れたいだけです」
マルクは目を逸らしたまま答えるけど、彼の頬がさらに赤くなった気がした。
恥じらいに悶える彼の姿を見て、静かに胸に来るものがあった。
彼に怒られそうだけど、正直言って可愛かった。
普段の真面目な彼とのギャップが激しすぎて、もっと見てみたいと好奇心が顔をのぞかせてくる。
でも、ちょっと不満な点もあった。
「そんな大事なこと、突然言われても困るよ」
「そうですよね。すみません困らせてしまって。二度と話題にしませんから安心してください」
マルクが逃げるように慌ただしく腰を浮かせて部屋を出ようとする。
「ちょっと待ってよ!」
咄嗟に彼の腰にしがみついて彼の逃亡を阻止する。
今日に限って用意されていた夜衣の布がやたら薄くてスケスケで少し肌寒かったせいか、彼の体から伝わる体温がやたら温かく感じる。
「そういう拒絶の意味で言ったわけではないの。いいから座って!」
ペシペシとベッドのシーツを叩いて先ほどと同じ姿勢にさせた。
「その、いきなり心の準備もなく、子作りを求められたら動揺しちゃっただけよ」
私に伝える機会はいくらでもあったはずよ。
結婚式の一週間前に校長も辞めて、屋敷で研究の準備をしていたくらいだし。
「その、言いづらくて、遅くなって申し訳なかったです。でも、あなたが嫌がることをするつもりはありません」
彼の自信なさそうな表情から、本当に気まずそうな気持ちが伝わってくる。
「そっか。マルクは私に気を遣ってくれていたのね」
「はい。だから、あなたが性的なことに興味がなければ、すぐに終わる会話でした。本当に気にしないでください」
そう彼はやんわり笑って言うが、表情は暗かった。
そもそも彼は私から目を背けている。
いくら鈍感な私でも、彼が無理やり自分に言い聞かせて作り笑いしていると分かってしまった。
「気にするよ。それに言ったでしょ前に。マルクばかりに無理はさせたくないって」
「……それでは、私の要望に応えてくれるんですか?」
尋ねながらチラリと視線を私に向ける。そこに彼の欲望の片鱗が見えた気がした。
意外な彼の一面を垣間見て、胸の鼓動がひときわ激しくなる。
でも、それが嫌じゃなくて、そんな彼をもっと知りたいと、期待する自分がいてびっくりした。
「……そのつもりだけど、本心を言えば不安があるの。恥ずかしいし。だから、大丈夫かどうか、少しずつ試してうわぁ」
いきなり彼に押し倒された。
マルクの顔が間近にある。彼も息を凝らして私を見下ろしている。
彼の垂らした髪が、くすぐるように私の頬に掛かっていた。
心臓が口から飛び出そうなほどドキドキと緊張する。
彼も同じ心境なのか、表情は強張っている。
一心に私を見つめる瞳は潤み、激しく燃えるように熱かった。
お互いに余裕なく、固唾を飲んで様子を窺っている感じ。
彼の鼻と触れ合い、息遣いが感じるほど近い。
マルクのことは大事だし、好ましいとは感じていた。
でも、この彼に抱く気持ちを自分でもよく言い表せなかった。
友人や家族へ向ける感情とは違う気がする。
彼との関係は義理や人情を通り越して、どんどん複雑になっている。
彼に対する適切な言葉をずっと探し続けていた。
彼が私の目を見て、ふと笑う。安心させるように私の頬を優しく撫でる。
「愛しています、あなたをずっと」
マルクにそう囁かれて、唇が優しく重なる。
驚きと期待で心が躍り、胸が震える。
彼からの愛の告白と、口づけでここまで自分が嬉しくなるなんて思いもしなかった。
そうか。私は彼に愛されたかったんだ。
探していた言葉が、やっと見つかった気がした。
彼の熱が、肌から直に伝わってくる。
激しく深い想いも。溶けるように混ざり合い、私の中で弾けて広がっていく。
波のように何度も打ち寄せて、消えない跡を残していった。
目が覚めると、部屋の中は朝日が差し込み、周囲を明るく照らしていた。
物音しない静かで爽やかな目覚めだった。
背後にはマルクがいる。以前のように彼に抱きしめられていた。
身動きして振り返れば、彼もそれで起きたらしく、うっすら目を開けていた。
うっとりするほど幸せそうに微笑んでいる。
そんな彼を見つめながら、私も幸福感に包まれていた。
「マルクおはよう」
そう言って、彼の頬に口づけする。
そうすると、ますます彼が嬉しそうなので、私もつられて楽しい気分になった。
とても幸せだった。胸の中は、彼を愛おしく思う気持ちでいっぱいだった。
昨晩、彼から与えられた言葉が、私の中でたしかに根付いていた。
「私も愛しているよ」
想いをやっと言葉にできた。
昨日は色々ありすぎて全く余裕がなかった。
気づいたら気を失うように寝ていたから、言いそびれた気持ちを伝えると、彼は目に見えて驚愕していた。
綺麗な青い目が大きく見開かれ、私を食い入るように見つめていた。
「ほ、本当ですか? 今の言葉は」
「うん」
「まさか、そんな」
あなたからそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。
彼は声を詰まらせて、涙を浮かべていた。手で自分の顔を覆う。
そんなに感極まる彼を見て、なんだかすごく申し訳なくなる。
本当はずっと前から彼のことを愛していたと思う。
でも、私があまりにもポンコツすぎて、気づくのに時間がかかりすぎていた。
もっと早く伝えられれば、彼を今まで落胆させることも、こんなに追い詰めることもなかった。
マルク、ごめんね。思わずそう言いかけて、口をつぐんだ。
きっと彼は謝罪なんて望んでいない。
そう思い直して、彼を慰めるために胸に抱き寄せる。
サラサラな彼の頭髪を撫でれば、彼は肩を震わせて、おとなしくされるがままになっている。
そんな彼も愛おしく感じる。
「ありがとうマルク。私をずっと愛してくれて」
きっと一生彼には頭が上がらない気がした。
<完>
天候にも恵まれて、晴れやかな青空が広がっていた。
王宮はお祝いのために様々な花や装飾品で彩られ、大勢の来賓たちで賑わっていた。
本当はそんな派手な催しは苦手で回避したかったんだけど、救世主である大魔導士との円満な仲を王家側はアピールしたかったらしい。
あの男のせいで、随分評価を下げてしまったからね。
宣誓の件でマルクが前王妃にお世話になっていたので、協力する義理があるからとマルクから説明を受けて了承したけど、結婚式に強いこだわりを見せて私のドレス選びを一番嬉々として行っていたのは彼自身だったと思う。
真っ白な高級な絹でできたドレスは、華やかなレースと宝石が惜しみなく使われていて、大変豪勢だった。
ティアラも立派だったから、国王の妃が着るような格式の高さでビビったけど、家族も私の花嫁姿をすごく喜んでくれたので、結果的にマルクの言うとおりにして良かった。
マルクの着飾った姿も素敵だったから見れて眼福だったしね。
披露宴が終わってマルクと屋敷に戻り、風呂に入ったあとは既にクタクタだった。
使用人が勘違いしたのか、なぜか今まで使っていた部屋じゃなくて新しく用意された夫婦部屋に案内されたけど。
今まで別々の部屋で暮らしてきたから、結婚後も同じように別々で寝ると思っていた。
彼は言っていたもの。別に恋人らしい振る舞いを求めているわけではないって。
前世のような同居生活が彼の望みのようだった。
眠くて面倒だから明日伝えておこうと部屋の明かりを消してベッドに潜り込んだ直後、誰かが慌てて入室してきた。
せっかく寝落ちしそうだったのに騒がしい音で起こされてしまった。
うっすら目を開けると、再び部屋が明るくなっている。
マルクが風呂上がりなのかバスローブを羽織って部屋の中にいた。
彼もどうやら間違って案内されたようだ。
「今日は素敵な結婚式だったわね。マルクも疲れたでしょう? 間違ってこの部屋に案内されちゃったみたいだけど、疲れたから今日はこのまま休みましょう?」
ベッドは大人二人が寝ても余裕の大きさだった。
使用人を呼び出して部屋を変えるのは手間だ。夜中に働かせるのは可哀想だと考えていた。
一緒に寝るのは恥ずかしいけど、状況的に見過ごせる程度だ。
目を瞑った直後、ベッドの端にマルクが腰掛けたみたいで、少し寝床が揺れた気がした。
「ミーナ、新郎を置いて先に寝ないでください」
すぐに寝入りそうだったのに布団を無情にもめくられて再び邪魔された。
温もりが布団とともに奪われていく。
また目を開けると、彼が座りながら私を見下ろしていた。
「ミーナ?」
銀糸の長い髪を垂らして、風呂上がりで火照った肌を首元から覗かせている。
出会ってから二年経っていたけど、見た目は変わらず若いまま。
美しい容貌も変わらない。無防備な姿から色気まで感じる。
「マルクもここで寝ればいいじゃない」
横になったままで、自分の横の空いている場所を手でペシペシと叩いて示した。
「そうですが、その、今日は初夜じゃないですか」
「うん?」
「あの、ミーナは夫婦の夜の営みには興味はないんですか?」
もじもじと恥ずかしそうに質問してきた。
「えっ?」
驚くことを言ってきたから、一瞬で眠気が吹っ飛んだ。
起き上がってマルクを見つめる。
彼はとても気まずそうで、目線をあからさまに私から逸らしていた。
「もしかして、私とそういうことをしたかったの?」
恋人らしい振る舞いは求めていないって、マルクは言っていたから、ずっとそうだと思っていた。
ところが彼は、私の問いに黙ってうなずく。
マルクは密かに興味があったのね。
私はというと、前世を含めて全然そういう経験はなかった。
でも、お母さんから結婚前に畑に種をまいて子ができる話を聞かされて、さらに犬の交尾を偶然目撃したことがあったから、大まかに何をするのかは想像できたので、内心激しく動揺していた。
「夫婦の営みって、要は子作りよね? 子どもが欲しいの?」
「いえ、子どもが目的ではないです。ただ、あなたに触れたいだけです」
マルクは目を逸らしたまま答えるけど、彼の頬がさらに赤くなった気がした。
恥じらいに悶える彼の姿を見て、静かに胸に来るものがあった。
彼に怒られそうだけど、正直言って可愛かった。
普段の真面目な彼とのギャップが激しすぎて、もっと見てみたいと好奇心が顔をのぞかせてくる。
でも、ちょっと不満な点もあった。
「そんな大事なこと、突然言われても困るよ」
「そうですよね。すみません困らせてしまって。二度と話題にしませんから安心してください」
マルクが逃げるように慌ただしく腰を浮かせて部屋を出ようとする。
「ちょっと待ってよ!」
咄嗟に彼の腰にしがみついて彼の逃亡を阻止する。
今日に限って用意されていた夜衣の布がやたら薄くてスケスケで少し肌寒かったせいか、彼の体から伝わる体温がやたら温かく感じる。
「そういう拒絶の意味で言ったわけではないの。いいから座って!」
ペシペシとベッドのシーツを叩いて先ほどと同じ姿勢にさせた。
「その、いきなり心の準備もなく、子作りを求められたら動揺しちゃっただけよ」
私に伝える機会はいくらでもあったはずよ。
結婚式の一週間前に校長も辞めて、屋敷で研究の準備をしていたくらいだし。
「その、言いづらくて、遅くなって申し訳なかったです。でも、あなたが嫌がることをするつもりはありません」
彼の自信なさそうな表情から、本当に気まずそうな気持ちが伝わってくる。
「そっか。マルクは私に気を遣ってくれていたのね」
「はい。だから、あなたが性的なことに興味がなければ、すぐに終わる会話でした。本当に気にしないでください」
そう彼はやんわり笑って言うが、表情は暗かった。
そもそも彼は私から目を背けている。
いくら鈍感な私でも、彼が無理やり自分に言い聞かせて作り笑いしていると分かってしまった。
「気にするよ。それに言ったでしょ前に。マルクばかりに無理はさせたくないって」
「……それでは、私の要望に応えてくれるんですか?」
尋ねながらチラリと視線を私に向ける。そこに彼の欲望の片鱗が見えた気がした。
意外な彼の一面を垣間見て、胸の鼓動がひときわ激しくなる。
でも、それが嫌じゃなくて、そんな彼をもっと知りたいと、期待する自分がいてびっくりした。
「……そのつもりだけど、本心を言えば不安があるの。恥ずかしいし。だから、大丈夫かどうか、少しずつ試してうわぁ」
いきなり彼に押し倒された。
マルクの顔が間近にある。彼も息を凝らして私を見下ろしている。
彼の垂らした髪が、くすぐるように私の頬に掛かっていた。
心臓が口から飛び出そうなほどドキドキと緊張する。
彼も同じ心境なのか、表情は強張っている。
一心に私を見つめる瞳は潤み、激しく燃えるように熱かった。
お互いに余裕なく、固唾を飲んで様子を窺っている感じ。
彼の鼻と触れ合い、息遣いが感じるほど近い。
マルクのことは大事だし、好ましいとは感じていた。
でも、この彼に抱く気持ちを自分でもよく言い表せなかった。
友人や家族へ向ける感情とは違う気がする。
彼との関係は義理や人情を通り越して、どんどん複雑になっている。
彼に対する適切な言葉をずっと探し続けていた。
彼が私の目を見て、ふと笑う。安心させるように私の頬を優しく撫でる。
「愛しています、あなたをずっと」
マルクにそう囁かれて、唇が優しく重なる。
驚きと期待で心が躍り、胸が震える。
彼からの愛の告白と、口づけでここまで自分が嬉しくなるなんて思いもしなかった。
そうか。私は彼に愛されたかったんだ。
探していた言葉が、やっと見つかった気がした。
彼の熱が、肌から直に伝わってくる。
激しく深い想いも。溶けるように混ざり合い、私の中で弾けて広がっていく。
波のように何度も打ち寄せて、消えない跡を残していった。
目が覚めると、部屋の中は朝日が差し込み、周囲を明るく照らしていた。
物音しない静かで爽やかな目覚めだった。
背後にはマルクがいる。以前のように彼に抱きしめられていた。
身動きして振り返れば、彼もそれで起きたらしく、うっすら目を開けていた。
うっとりするほど幸せそうに微笑んでいる。
そんな彼を見つめながら、私も幸福感に包まれていた。
「マルクおはよう」
そう言って、彼の頬に口づけする。
そうすると、ますます彼が嬉しそうなので、私もつられて楽しい気分になった。
とても幸せだった。胸の中は、彼を愛おしく思う気持ちでいっぱいだった。
昨晩、彼から与えられた言葉が、私の中でたしかに根付いていた。
「私も愛しているよ」
想いをやっと言葉にできた。
昨日は色々ありすぎて全く余裕がなかった。
気づいたら気を失うように寝ていたから、言いそびれた気持ちを伝えると、彼は目に見えて驚愕していた。
綺麗な青い目が大きく見開かれ、私を食い入るように見つめていた。
「ほ、本当ですか? 今の言葉は」
「うん」
「まさか、そんな」
あなたからそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかった。
彼は声を詰まらせて、涙を浮かべていた。手で自分の顔を覆う。
そんなに感極まる彼を見て、なんだかすごく申し訳なくなる。
本当はずっと前から彼のことを愛していたと思う。
でも、私があまりにもポンコツすぎて、気づくのに時間がかかりすぎていた。
もっと早く伝えられれば、彼を今まで落胆させることも、こんなに追い詰めることもなかった。
マルク、ごめんね。思わずそう言いかけて、口をつぐんだ。
きっと彼は謝罪なんて望んでいない。
そう思い直して、彼を慰めるために胸に抱き寄せる。
サラサラな彼の頭髪を撫でれば、彼は肩を震わせて、おとなしくされるがままになっている。
そんな彼も愛おしく感じる。
「ありがとうマルク。私をずっと愛してくれて」
きっと一生彼には頭が上がらない気がした。
<完>
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ulalume様、最終話まで感想ありがとうございます!
最後までお付き合いくださり、本当に嬉しかったです。
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こじらせ仲間も、気にしてくださり、ありがとうございます!
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