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第6章 大魔導士ウィスターナ

6-7 議決

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「陛下は今まで多くの魔導士を愛妾に望まれ、子が誕生しましたが、必ずしも母親の優秀な魔導の血を受け継いでいるわけではない現状では、積極的に婚姻を優先する理由が見当たりませんわ」

 そう告げたのは、あの男の横にいた王妃だ。

「なぜそのようなことを言うのだ!? 其方は余との離縁に了承したではないか!」

「あら、厄災が現れたとき、国を捨てて逃げようとした陛下に愛想を尽かしただけですわ。ご覧ください皆様、この委任状を」

 王妃が掲げた紙が、議会の天井近くの空間まで浮遊したと思ったら、急に拡大されたように見えた。

 魔導だ。実際に存在するように見せる幻覚系の。

 そこには国の統治権を王子に委任する旨が記され、日付と署名がなされていた。
 まさに厄災が現れた日だった。

「陛下は厄災が現れたと聞いた直後、誰よりも早く避難されようとしたのです。臣下と民たちを顧みずに!」
「貴様、裏切ったな!」

 陛下は顔を真っ赤にして立ち上がり、激昂のあまりに手を大きく振りかぶった。
 だが、その手は王妃に届かなかった。おそらく、王妃が自身に張った結界に阻まれたから。

「それと陛下。議会の決議を経ずに、ミーナという娘との結婚の許可を彼女の国籍があるエルフィン国に求めましたね? かの国から返答が届きましたのよ? 婚姻は本人の希望なしに許可しないと。どんな脅しが来ても、決して応じないと、厳重な抗議がありました」
「我が国との流通が途絶えてもよいと言うのか!」
「まぁ、エルフィン国を脅されたんですね? 陛下のお考え一つで、国交問題にまで発展してしまったのですね。一大事ですわ。陛下が議会を無視して行動したせいで」
「娘一人の結婚を許可しない相手が悪いのだ!」
「ちなみにエルフィン国だけではありません。抗議文が届いたのは。エルフィン国から話がすぐに広まったのでしょう。大魔導士への結婚強制に対する抗議文が周辺各国から届いておりますのよ。世界の損失とも厳しいご意見まで頂戴しました」
「内政干渉だ! 揃って我が国を陥れるつもりなのだ!」
「陛下、国内の魔導士労働組合からは嘆願書が届いております。王命による魔導士の婚姻は、廃止してほしいそうです。これが聞き入れられない場合は、魔導士たちの労働を一斉に停止すると組合から通達されております」

 魔導士労働組合?
 そんな組織がこの国にあったなんて知らなかった。でも、ちょっと待って。マルクがよく会合に出席して会食していたのは、組合じゃなかった?

 まさか。振り向いて彼と目が合うと、小さくうなずかれた。
 顔が近づいてきたと思ったら、「私が組合の会長なんです」と教えてくれた。
 どうやら全部彼は把握しているようだ。

「馬鹿な! そんなことをしたら国が崩壊するぞ!」
「他にも商人ギルドからも魔導士への待遇改善を求める嘆願書が届いております。上級以上の魔導士が激減して、輸送時の護衛確保も難しいと。ですから、陛下が魔導士を命令で娶るのを辞めればいいのです」
「何を言う! そんな身勝手な者たちに屈したら、国の尊厳に関わるぞ! 余に逆らう者は、全員処刑せよ! 特に首謀者は死刑とする!」

 あの男がそう叫んだ瞬間、みんなの顔色が明らかに変わった。
 人によって様々だ。睨む者がいれば、呆れたような者もいる。
 一方で、顰めている者や、気まずそうな者もいた。

 誰一人、あの男に同調はしていなかった。

「陛下のお考えはよく分かりました。どうぞ、お座りください。議会を続けますから」
「くっ……」

 王妃に対してあの男はとても不満そうだったが、議会中だと思い出したのか、渋々着席していた。

「さて、次の議題に移りたいと存じます。魔導士法改正の議案についてです。意見がある方はいらっしゃいますか」

 司会の議員が、何事もなかったかのように話を進める。
 特に議員から質問は出なかった。不自然なほど静かだった。

「では、特に反対意見がないようですので、魔導士法改正を行い、それに伴って宣誓制度は廃止となります」

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「宣誓制度の廃止? 本当に?」
「ええ、本当です。もう国から命令を強要されることはないのです。理不尽な命令を拒否することも可能になったんです」

 横からマルクが説明してくれた。

「馬鹿な! 其方たち、自分たちが何に賛成したのか分かっているのか!? 魔導士たちが国を滅ぼしても良いと言うのか!」

 議長席で、あの男が勝手に喚いている。

「陛下、魔導士たちよりも陛下ご自身が国を滅ぼそうとしているのが分からないのですか? この魔導法改正は、周辺各国に倣って魔導士の地位向上の目的もあったのですが、国や地位の高い者が宣誓を悪用して魔導士に理不尽な命令を強要することを防ぐためでもあったのです。陛下が死刑を含む処刑を命じたことにより、その必要性が完全に証明されたのですよ」

 王妃の説明はとても分かりやすかった。
 この男が自滅したせいで、反対派が完全に消えてしまったようだった。

 しかも、直前に王妃によって男が国を捨てて逃げようとしたと証言もあったので、あの男への忠誠心がなおさら低下したのだろう。

「さらに、国内外を混乱に陥れた陛下の振る舞いは、とても看過できるものではございません。陛下の退位を勧告いたしますわ! 王子ラクシルに王位を譲って隠居なさいませ」
「其方、無礼であるぞ!」

 再び王妃に襲い掛かろうとしたが、今度は衛兵に背後から押さえ込まれていた。
 若い男が議席から立ち上がり、上座に近づいていく。
 金髪で、明らかに王族だと分かる容姿をしている。

「父上、あとは私にお任せください」
「ラクシル、貴様も余を裏切るのか! 王位が目的か!」
「私ではない! 父上が母上を裏切ったのではありませんか!」

 長年男に尽くした妻を私と結婚したいからって離婚しようとしていたもんね。
 子どもが怒るのも当然だ。
 でも、息子に言い返されるとは思ってもみなかったのか、男は明らかに怯んで口ごもっていた。

「離せ! 許さん、こんな振る舞い、許されるわけない! 余は国王であるぞ!」

 男はみっともなく暴れながら、衛兵によって会場から強制的に下がらされていた。

「皆の者、父上に代わり、今までの魔導士たちへの理不尽なふるまいを謝罪する。これからは私が王位を継ぎ、国の発展に尽くそう。よき王となるためには、其方たちの協力が必要不可欠だ。どうか私に手を貸してもらえないだろうか」

 議員たちが一斉に拍手し始めた。「ラクシル陛下、万歳!」とまだ即位の儀式を経ていないのに口にしている者もいる。

 賛成ばかりの雰囲気で、反対を言える勇気のあるものはいないようだった。

 私と言えば、まだ理解が追いついていなかった。

 こんなに急に魔導法改正が可決されて、私を苦しめた宣誓がなくなるなんて、思ってもみなかったから。

 横にいるマルクを窺えば、彼は嬉しそうに微笑みながら、私に「説明は後で」と言わんばかりの目配せをしてきた。
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