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第6章 大魔導士ウィスターナ

6-4 黒薔薇の君

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 王宮に足を運ぶのは、現世では初めてだ。
 まだ魔導士の資格もない私だけど、マルクのオマケってことで、無事に入れた。
 格好に迷ったので、魔導学校の制服を着ている。
 マルクはもう討伐に行く必要がないので、普段どおりのスーツ姿だ。

 相変わらず富と権力を誇示するような豪華絢爛な装飾が目に入る。
 床には幾何学模様の柄に石が敷き詰められ、壁や窓枠には贅を尽くした彫刻が絶え間なく飾られている。
 天井には当時の巨匠による名画が今も変わらず描かれている。

 大広間に通されると、そこには他の魔導士も来ていた。
 何人か兵士らしき人が待機しているので、その一人にマルクは近づいた。

「リスダム殿下に伝えてほしい。厄災は消滅したと」
「厄災が消滅ですか!?」

 兵士は非常に驚いたのか、一際大きな声で反応した。
 それを耳にした者たちが一斉にこちらを振り向く。
 注目を浴びて兵士は我に返ったらしく、すぐに態度を改める。

「サクスヘル卿のお言葉、殿下に至急お伝えいたします」

 兵士は一礼すると、素早く歩いて去っていく。
 その直後、今度は他の魔導士たちが集まってきた。
 今回、厄災討伐に際し、段位所持者たちが徴集されたと聞いている。
 よくよく確認すれば、見知った顔もいる気がする。

「サクスヘル卿、失礼いたします。先ほどのお言葉は本当でございますか? どのようにして厄災を消滅させたのでしょうか」
「ええ、本当ですとも。彼女が対処してくれました」

 マルクに視線を送られる。その途端、みんなに注目された。

「えーと、この姿では初めまして? 前世では大魔導士ウィスターナと呼ばれていたわ。見覚えのある顔も何人かいるわね」

 ただのミーナと言っても信用ゼロだと思い、かつての称号と名前を名乗ってみた。

「本当にあの大魔導士様なのですか?」
「しかも、よりにもよって救世と二つ名を持つ大魔導士だと? その証拠はあるのか?」

 疑い深い人が、やはりいた。
 チラリとマルクを見上げて許可を求める。

「ええ、手っ取り早く、お願いします」

 そういうわけで、さっそく魔導で結界を作って場を支配し、威圧で周囲を打ちのめす。
 立ったまま残っていられたのはマルクと、黒髪の見知らぬ若い男くらいで、他は膝を床についていた。

「まさか本当にあの救世の大魔導士様が生まれ変わったとは」

 あっさりと信じてくれた。マルクと再会したときも、こうしたほうが話は早かったわね。

「ウィスターナ様なら、厄災をあっという間に倒されたのも納得です」
「生まれ変わったなんて、サクスヘル卿の願いが、叶ったんですね」
「黒薔薇の君と再会できて良かったですね」

 んん? どういうこと?
 今の口ぶりは、まるで私が黒薔薇の人みたいじゃない?

 ポカンとマルクを見上げると、彼は露骨に気まずそうで、私と目が合うなり急に視線を逸らした。

 えっ、まさか本当なの?

「彼女の今の名前はミーナと言います。今まで彼女は大魔導士として名乗るつもりはありませんでした。ですが、我々の危機を見過ごせず、こうして厄災から救ってくれました。今回も彼女は陛下の愛妾となることを望んでおりません」

 マルクの説明に周囲は顔色を変える。

「大魔導士を二度も失っては、我が国の損失だ。だが、陛下は何とおっしゃるか」
「我々の声を聞き届けてくださると良いのだが」

 厄災の危機が終わったけど、みんなの表情は暗かった。
 私ももちろん同じように不安だったけど、マルクの黒薔薇の件でも冷や汗をかきまくっていた。

 そういえば、黒薔薇の君について尋ねたとき、彼は『今度鏡を持ってきて紹介する』って答えていたわ。
 あのときは、まさか黒薔薇の君の正体が自分のことだと考えもしなかったから気づかなかったけど、鏡に映っているのは私自身だから、マルクはあのときに既に正直に私だと伝えていたのね。

 それなのに私ったら、彼に向かって『私たちにやましい関係は全くないし、ある予定もないからね』って、酷いことを言っていたわ。
 あのとき泣いていたのは、私の心無い言葉に傷ついていたからなのね……。

 前世で色々とやらかしたのに、被害者の彼からそういう好意を寄せられるなんて思いもしなかった。
 不器用なのは今でも変わらないし、魔導の資質が見いだされるまで、誰からも相手にされなかったから、そんな可能性は全然ないと思っていた。

 なんてこと。いくら恋愛ごとに疎いからって、彼を傷つけていいわけないわ。
 ちゃんと無神経な発言について謝らないと。

 マルクの袖をツンツンと軽く引っ張ると、彼が気づいて何の用かと窺ってくる。
 他人に聞かれるのも憚られる話題なので、彼に目配せして広間の隅に移動していく。

「もしも黒薔薇の話でしたら、今は勘弁してください」
「あう」

 彼は苦々しい顔で先手を打ってきた。

「あの、ごめんね。全然気づかなくて」

 でも、申し訳なくて謝罪をせずにいられなかった。
 頭を下げたが、彼から返事はなかった。代わりにため息が聞こえた。

「別に謝罪はいりません。今さらあなたに全然何も期待していませんから」
「あう」

 致命傷的な言葉の棘が、グサグサグサと連続で私にヒットした。
 一瞬で瀕死だよ。でも、それ以上の仕打ちを今まで私が彼にしていたのだから、彼の非難は素直に受け止めなくてはならない。

 でも、謝罪すら不要だと言われたら、どうやって彼に詫びればいいのか分からなかった。

 それにしても、全然私に期待できなくなるほど、彼をガッカリさせてしまったのね。
 生まれ変わってまともになったつもりだったけど、一番傍にいた彼にそんな風に言われるほど、まだ私はダメダメだったようだ。

 胸がズキズキと痛んで泣きそうになる。

 でも、彼は優しいな。既に恋愛的に好きでなくなっても、こんなに気を掛けてくれるのだから。

「サクスヘル卿、待たせたな」

 王子のリスダムが機敏な動きでマルクの元に近づく。
 相変わらず彼が苦手なので、ささっと素早くマルクの背後に隠れた。

「詳しい話を聞かせてもらおう」

 それから私たちは王子に部屋に案内された。
 応接セットに着席したら、根掘り葉掘り話を聞かれた。
 現地の兵士とも連絡を取り、事実確認をしてから、陛下に報告するらしい。

 魔導機器を使えば、長距離の相手とも連絡が可能になっている。
 さっそく聞き取りが終わったみたいだ。

 現地でも確認が取れて、厄災が消滅していたと証明できたっぽい。
 王子から協力を感謝された。
 でも、このことは陛下にも報告するから、一緒に来てもらいたいと言われた。

「嫌です。絶対会いたくない。無理です」

 ブルブル震えながら、私ははっきりとそう答えた。
 でも、陛下はやはり私を呼び出したみたいで、私の要望は全然聞き入れられなかった。
 でも、生理的な拒否反応のせいで、体が言うことをきかない。立てなかった。

「大丈夫です。私も一緒に行きます」

 横にいたマルクが安心させるように私の手を握ってくれる。
 この場では彼だけが頼りで、唯一信頼できる人だ。

「悪いけど、マルクに掴まっていてもいい?」
「ええ、構いません」

 申し訳ないと思いながらも、すがるように彼の腕にしがみついて必死に立ち上がった。

 いよいよあの男との対面だった。
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