上 下
33 / 49
第5章 兄弟子

5―1 校外授業の一週間前

しおりを挟む
 カーズ先生が滞在してから一週間が経っていた。
 頑張って早起きするようになり、彼らと食卓で顔を会わす機会が増えた。
 と言っても、起床時間が早すぎると食欲がないのは変わらないので、水だけちびちびと飲んでいる状態だけど。

「……カーズが来たから、ミーナは起きるようになったんですか?」

 マルクからこの世の終わりのような顔で質問された。
 前世で彼が散々注意しても私の寝起きの悪さは一向に改善しなかったのに、カーズ先生が来てから治ったと勘違いしたみたいだ。

「違うよ。マルクとせっかく再会できたのに、ほとんど会話できる時間がないから、頑張って起きただけだよ。ほら言ったでしょう? マルクだけに無理をさせたくないって」

 意思疎通は重要だ。
 特に私は前世を思い出してから間もないから、まだ世の中の現状をきちんと把握しきれていない。
 彼と会えない時間が少ないせいで、何も分からなくて、彼にばかり負担をかけたくなかった。

 だから、彼が忙しい分、私が時間を融通した方がいいと考えたの。
 高度な魔導の会話もできるしね。

「ありがとうございます。そんな風に気にかけてくれて感無量です」

 マルクは感極まったように手で口元まで押さえている。

「もうマルクったら言い過ぎよ」
「あなたからの好意が、私には嬉しくてたまらないのです」

 前世でよほど塩対応だったせいか、マルクの反応が大げさな気がする。
 彼から後光が差しているみたいにキラキラしている。

「あー、この甘ったるいやりとりは、どこまで続くのかな」

 カーズ先生が胃もたれしてそうな顔でぐったりしている。
 甘いと皮肉られたけど、私たちにそんな要素はどこにもないから、彼の具合が悪いだけじゃないのかしら。
 
「調子が悪いなら、詳しく診てあげるわよ?」
「どうしてそうなるかな!?」
「まぁ、いつもどおりです」

 時々、彼らにしか分からない会話をするのよね。
 まぁ、初めはいがみ合っていた二人の仲が良くなったみたいだから、良しとするわ。



 §



 いつもマルクたち先生は、私よりも早く出かける。
 遅れて一人で登校したら、教室にいた男女五人の同級生たちの表情が明らかに暗かった。
 私よりも幼くて可愛らしい顔が、揃ってしょんぼりしている。

「みんなおはよう! どうしたの? 元気ないように見えるけど」
「それがさ、大変なんだよ! 校外授業がなくなるかもしれないんだって!」

 一人の男子生徒が、すかさず答えてくれた。

 クラスには、貴族など色んな家系の子が混ざっているけど、学校内では生徒同士は対等だと校則で定められているので、先生以外には基本敬語は使わない。
 マルクが校長になってから変わった規則みたいね。

 魔導の素質があれば、出身にかかわらず同じ職場で働く可能性がある。
 それを察して、あからさまに身分を笠に着る人はいなかった。

「どうしてなの?」

 楽しみにしていただけに残念な知らせをすぐに信じられなかった。

「それがさ、急に魔物が出るようになったらしいんだ。だから今、兵隊と魔導士がそこに行って調べているんだって。僕の家族が王宮で働いているから教えてくれたんだ」
「そっかー」

 魔物くらいこっそり退治しちゃえばいいのかな。
 そう考えていたら、新たに教室に誰かが入ってきた。

 知らない男だった。
 年は私より少し上に見える。
 制服を着ているので生徒のようだ。
 でも、顔が嫌いな奴によく似ていたので、生理的に苦手な感じだった。
 頭は茶髪だけど、よく見ればまつ毛と眉毛が金髪なので、染めているのがバレバレだ。
 金色は、王族特有の色だ。
 胸騒ぎのように気持ちがざらつく。

「ここにヘブンス先生の弟子がいると聞いたが本当か?」

 教室は一瞬でシーンとなった。みんな顔を見合わせる。

「知らないでーす」
「分かりませーん」

 黙っていればやり過ごせるようだ。
 無視するのも悪いが、正直よく人柄の分からない王族の彼と関わりたくないので、口を噤んでいた。

「年は十六で、名前はミーナと聞いている」

 えっ、そこまで情報が漏れているの?

 みんな一斉に私を見た。
 なぜなら、この初等部一年の中で十六歳のミーナは私しかいないからだ。
 でも、その目は疑心暗鬼に満ちていた。

「でもさー」
「……うん」
「ちょっとあり得ないよねー」

 私はほぼ毎日何かしら躓いて筆箱や鞄の中身をまき散らしているから、信用が全くなかった。

 みんなの突っ込みに苦笑いするしかない。

「多分、ここにはいないと思うよ」

 クラスメイトがそう答えると、訪問者は「そうか」と言ってすぐに消えていった。
 見えなくなった途端、どっと力が抜ける。
 安堵のため息をつくほど緊張していた。

「って答えたけど、本当に違うんだよね?」
「うーん、実はその、本当だったりするんだけど……」

 友だちに嘘をつくのは心苦しいから、躊躇しながらも正直に答えた。
 すると、みんな後ずさるくらい驚いていた。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

人質姫と忘れんぼ王子

雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。 やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。 お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。 初めて投稿します。 書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。 初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。 小説家になろう様にも掲載しております。 読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。 新○文庫風に作ったそうです。 気に入っています(╹◡╹)

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

元妻は最強聖女 ~愛する夫に会いたい一心で生まれ変わったら、まさかの塩対応でした~

白乃いちじく
恋愛
 愛する夫との間に子供が出来た! そんな幸せの絶頂期に私は死んだ。あっけなく。 その私を哀れんで……いや、違う、よくも一人勝手に死にやがったなと、恨み骨髄の戦女神様の助けを借り、死ぬ思いで(死んでたけど)生まれ変わったのに、最愛の夫から、もう愛してないって言われてしまった。  必死こいて生まれ変わった私、馬鹿?  聖女候補なんかに選ばれて、いそいそと元夫がいる場所まで来たけれど、もういいや……。そう思ったけど、ここにいると、お腹いっぱいご飯が食べられるから、できるだけ長居しよう。そう思って居座っていたら、今度は救世主様に祭り上げられました。知らないよ、もう。 ***第14回恋愛小説大賞にエントリーしております。応援していただけると嬉しいです***

処理中です...