31 / 49
第4章 元下僕
4-9 言い分
しおりを挟む
「おかしいと思ったのは、前日カーズ先生の殺意を感じたときです。引っ掛かりを覚える中、本日またもや同じ状況のときにカーズ先生から襲撃を受けたので、推測は当たっていたようですね」
マルクは修復魔導で寝室の修理をしながら、説明してくれた。
私の前世で散々鍛え上げられたおかげか、慣れた手つきである。
みるみる元通りに戻っていく。
壁が見事に復活していた。
彼は長い銀髪を垂らしたままで、しかも寝間着はゆったりとしたワンピース。
彼のくだけた姿は、かなり貴重だった。
「うーん、やっぱりよく分からないわ。どうして私が師匠に押し倒されたときにカーズ先生が師匠に怒りを覚えたの? もしかして、私が襲われていると勘違いしちゃったの?」
マルクが寝間着のままで働いている一方で、私は既に制服に着替えていた。
戦闘が終わってすぐにマルクから真っ先に格好について指摘を受けたからだ。
カーズ先生がいるから着替えなさいと。
今は壁際に立ち、二人の邪魔にならないようにしている。
細かい作業は得意ではなかった。
「勘違いじゃなくて、本当に襲われていただろ! 俺が止めなかったら、ヤバかったぞ!」
カーズ先生が修復の作業の手を止めて、ぎょっと驚いていた。
でも、なぜ彼がそんな慌てるのか理解できなかった。
「えー、そんなことないわよ。彼に限って。あれはただ単に戯れあいだし。全然変な意味はないわよ」
マルクの黒薔薇の人への一途さをカーズ先生は知らないのかしら。
そう答えた途端、カーズ先生はまるでおかしなものを見るかのような目を私に向けてきた。
ケーキに間違って塩を入れたのに気づかず、そのまま焼いて一口食べてしまったあと、ケーキを二度見したときの顔に似ている。
「校長先生、大魔導士様がおかしなことを言ってるぞ」
「いつものことだから気にしないでください。私だけが彼女の良さを知っていればいいので」
「最後に褒めているけど、最初は否定するところじゃないかしら?」
変なところで一致団結しないで欲しい。
「とにかく、カーズ先生が私を狙っていたわけではなくて良かったわ」
「良かったじゃねーよ。どうして俺が恩人の大魔導士様を狙っているって話になっていたんだよ」
「あう」
避けて通りたかったけど、やっぱり当の本人は見逃してくれなかったようだ。
「ほら、前世の最後に会ったとき、あなたはすごく恐ろしかったでしょう? 戦意を剥き出しで、私を殺すってやる気まんまんだったじゃない。それで再会したら、深刻な顔で話しかけてきて、私を恨んでいるような口ぶりだったから、今でも私を殺したいのかなって誤解しちゃったのよ。ほら、前世で私が死んで下僕の呪いがとけちゃったし、元の下僕の呪いが復活したでしょう?」
「いやいや、元の呪いも張本人は処刑されて死んでるから消えているって。だから、今の俺は誰からも支配されてない」
確かめてみろよと言わんばかりに彼は胸をアピールするので、念のために調べると、確かに彼の体には何も魔導の痕跡はなかった。
「確かにさ、俺はお前を恨んでいた。病気の妹がいて、あの組織が妹のために薬を用意していたんだ。だから、組織がなくなったら妹が死んでしまうと必死だったんだ。でも、本当は組織が俺を駒にするために妹を利用していただけだった。大魔導士様は組織に囚われていた子どもを全部助けてくれただけじゃなく、病気の子たちもできる限り治してくれたらしいな。その中に俺の妹もいて、これで美味いものでも食えってお金もくれたって嬉しそうに話していた。薬だってずっともらったやつは効果の何もない偽物で騙されていたって分かって、俺はやっと目が醒めたんだよ」
そっか。あの中にカーズ先生の家族がいたんだ。
知らなかった。
光も入らない汚くて狭い部屋の中に子どもたちが押し込まれていたのよね。
碌に世話をされていないのは明らかなほど不衛生だった。
あまりにも酷かったから、こんな組織が無くなっても誰も困らないよねって壊滅を決意したのよ。
私も魔導の力がなかったら、この子たちと同じ目に遭っていたような育ちだった。
だからなのか、組織が許せなかった。
我慢できないほどの憎悪がこのとき私を突き動かしていた。
完全に偽善な行為だったけど、救われた人がいたなら良かった。
「でも、図書館で私にエルフィン語で話しかけてきたとき、なぜあんなに恐かったの?」
カーズ先生は恥ずかしそうに苦笑する。
「これでも柄にもなく緊張していたんだよ。それで真顔になっただけだ。今となっては、馬鹿らしいけど。お前、なぜか大魔導士だと隠していただろう? だから、まずは大魔導士だとお前に認めさせないと話にならないと思ったんだよ。一応お前に合わせて人気がないタイミングで、会話も聞かれても分からないように配慮したんだぞ?」
「あーだからなのね。なんか追い詰められる犯人みたいな気分になったから、余計に怖く感じたんだわ」
「あんなに熱心に難しい本を初等部の生徒が読み漁っているのは不自然だったぞ」
「あう。じゃあ、恨んでいるような口調だったのは?」
「意を決して会いに行ったのに無視されたしなー。それに、お前を責めるわけじゃないけど、やっぱり辛かったんだよ。自業自得とはいえ、恩人に誤解されたままで、謝罪も感謝もできないのって。しかも忘れ去られたのか一度も会いに来てくれなかったから余計にな。恩人が困っているときに何もできないままお前が亡くなって、やるせない思いしか残らなかったんだよ」
カーズ先生は、今は落ち着いて話してくれるけど、あのときの声の調子は、苦渋の深淵を感じて恐怖を覚えるほどだった。
マルクは修復魔導で寝室の修理をしながら、説明してくれた。
私の前世で散々鍛え上げられたおかげか、慣れた手つきである。
みるみる元通りに戻っていく。
壁が見事に復活していた。
彼は長い銀髪を垂らしたままで、しかも寝間着はゆったりとしたワンピース。
彼のくだけた姿は、かなり貴重だった。
「うーん、やっぱりよく分からないわ。どうして私が師匠に押し倒されたときにカーズ先生が師匠に怒りを覚えたの? もしかして、私が襲われていると勘違いしちゃったの?」
マルクが寝間着のままで働いている一方で、私は既に制服に着替えていた。
戦闘が終わってすぐにマルクから真っ先に格好について指摘を受けたからだ。
カーズ先生がいるから着替えなさいと。
今は壁際に立ち、二人の邪魔にならないようにしている。
細かい作業は得意ではなかった。
「勘違いじゃなくて、本当に襲われていただろ! 俺が止めなかったら、ヤバかったぞ!」
カーズ先生が修復の作業の手を止めて、ぎょっと驚いていた。
でも、なぜ彼がそんな慌てるのか理解できなかった。
「えー、そんなことないわよ。彼に限って。あれはただ単に戯れあいだし。全然変な意味はないわよ」
マルクの黒薔薇の人への一途さをカーズ先生は知らないのかしら。
そう答えた途端、カーズ先生はまるでおかしなものを見るかのような目を私に向けてきた。
ケーキに間違って塩を入れたのに気づかず、そのまま焼いて一口食べてしまったあと、ケーキを二度見したときの顔に似ている。
「校長先生、大魔導士様がおかしなことを言ってるぞ」
「いつものことだから気にしないでください。私だけが彼女の良さを知っていればいいので」
「最後に褒めているけど、最初は否定するところじゃないかしら?」
変なところで一致団結しないで欲しい。
「とにかく、カーズ先生が私を狙っていたわけではなくて良かったわ」
「良かったじゃねーよ。どうして俺が恩人の大魔導士様を狙っているって話になっていたんだよ」
「あう」
避けて通りたかったけど、やっぱり当の本人は見逃してくれなかったようだ。
「ほら、前世の最後に会ったとき、あなたはすごく恐ろしかったでしょう? 戦意を剥き出しで、私を殺すってやる気まんまんだったじゃない。それで再会したら、深刻な顔で話しかけてきて、私を恨んでいるような口ぶりだったから、今でも私を殺したいのかなって誤解しちゃったのよ。ほら、前世で私が死んで下僕の呪いがとけちゃったし、元の下僕の呪いが復活したでしょう?」
「いやいや、元の呪いも張本人は処刑されて死んでるから消えているって。だから、今の俺は誰からも支配されてない」
確かめてみろよと言わんばかりに彼は胸をアピールするので、念のために調べると、確かに彼の体には何も魔導の痕跡はなかった。
「確かにさ、俺はお前を恨んでいた。病気の妹がいて、あの組織が妹のために薬を用意していたんだ。だから、組織がなくなったら妹が死んでしまうと必死だったんだ。でも、本当は組織が俺を駒にするために妹を利用していただけだった。大魔導士様は組織に囚われていた子どもを全部助けてくれただけじゃなく、病気の子たちもできる限り治してくれたらしいな。その中に俺の妹もいて、これで美味いものでも食えってお金もくれたって嬉しそうに話していた。薬だってずっともらったやつは効果の何もない偽物で騙されていたって分かって、俺はやっと目が醒めたんだよ」
そっか。あの中にカーズ先生の家族がいたんだ。
知らなかった。
光も入らない汚くて狭い部屋の中に子どもたちが押し込まれていたのよね。
碌に世話をされていないのは明らかなほど不衛生だった。
あまりにも酷かったから、こんな組織が無くなっても誰も困らないよねって壊滅を決意したのよ。
私も魔導の力がなかったら、この子たちと同じ目に遭っていたような育ちだった。
だからなのか、組織が許せなかった。
我慢できないほどの憎悪がこのとき私を突き動かしていた。
完全に偽善な行為だったけど、救われた人がいたなら良かった。
「でも、図書館で私にエルフィン語で話しかけてきたとき、なぜあんなに恐かったの?」
カーズ先生は恥ずかしそうに苦笑する。
「これでも柄にもなく緊張していたんだよ。それで真顔になっただけだ。今となっては、馬鹿らしいけど。お前、なぜか大魔導士だと隠していただろう? だから、まずは大魔導士だとお前に認めさせないと話にならないと思ったんだよ。一応お前に合わせて人気がないタイミングで、会話も聞かれても分からないように配慮したんだぞ?」
「あーだからなのね。なんか追い詰められる犯人みたいな気分になったから、余計に怖く感じたんだわ」
「あんなに熱心に難しい本を初等部の生徒が読み漁っているのは不自然だったぞ」
「あう。じゃあ、恨んでいるような口調だったのは?」
「意を決して会いに行ったのに無視されたしなー。それに、お前を責めるわけじゃないけど、やっぱり辛かったんだよ。自業自得とはいえ、恩人に誤解されたままで、謝罪も感謝もできないのって。しかも忘れ去られたのか一度も会いに来てくれなかったから余計にな。恩人が困っているときに何もできないままお前が亡くなって、やるせない思いしか残らなかったんだよ」
カーズ先生は、今は落ち着いて話してくれるけど、あのときの声の調子は、苦渋の深淵を感じて恐怖を覚えるほどだった。
11
お気に入りに追加
1,282
あなたにおすすめの小説
脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。
石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。
ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。
そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。
真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。
お姉ちゃんが僕のことを構い過ぎて色々困ってますっ
杏仁豆腐
恋愛
超ブラコンの姉に振り回される弟の日常を描いたシスコン、ブラコン、ドタバタコメディ! 弟真治、姉佳乃を中心としたお話です。※『姉が僕の事を構い過ぎて彼女が出来ませんっ! 短編』の続編です。※イラストは甘埜様より頂きました!
婚約破棄狙いの王太子が差し向けてくるハニートラップ騎士が…ツンデレかわいくて困る!
あきのみどり
恋愛
【まじめ王女×不器用騎士の、両片思いの勘違いラブコメ】
恋多き王太子に悩まされる婚約者ローズは、常に狙われる立場であった。
親に定められた縁談を厭い、婚約の破棄を狙う王太子に次々とハニートラップを仕掛けられ続け、それはローズのトラウマとなってしまう。
苦しみつつも、国のために婚約を絶対に破棄できないローズ。そんな彼女に、ある時王太子は己の美貌の騎士を差し向けて(?)。新たな罠に悲しむも、ローズは次第に騎士に惹かれてしまい…。
国事と婚約者の裏切り、そして恋に苦しむ王女がハッピーエンドをつかむまでの、すれ違いラブコメ物語。
※あんまり深刻にはなりすぎないと思います。
※中編くらいを予定のぼちぼち更新。
※小説家になろうさんでも投稿中。
私は、あいつから逃げられるの?
神桜
恋愛
5月21日に表示画面変えました
乙女ゲームの悪役令嬢役に転生してしまったことに、小さい頃あいつにあった時に気づいた。あいつのことは、ゲームをしていた時からあまり好きではなかった。しかも、あいつと一緒にいるといつかは家がどん底に落ちてしまう。だから、私は、あいつに関わらないために乙女ゲームの悪役令嬢役とは違うようにやろう!
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
冷酷非情の雷帝に嫁ぎます~妹の身代わりとして婚約者を押し付けられましたが、実は優しい男でした~
平山和人
恋愛
伯爵令嬢のフィーナは落ちこぼれと蔑まれながらも、希望だった魔法学校で奨学生として入学することができた。
ある日、妹のノエルが雷帝と恐れられるライトニング侯爵と婚約することになった。
ライトニング侯爵と結ばれたくないノエルは父に頼み、身代わりとしてフィーナを差し出すことにする。
保身第一な父、ワガママな妹と縁を切りたかったフィーナはこれを了承し、婚約者のもとへと嫁ぐ。
周りから恐れられているライトニング侯爵をフィーナは怖がらず、普通に妻として接する。
そんなフィーナの献身に始めは心を閉ざしていたライトニング侯爵は心を開いていく。
そしていつの間にか二人はラブラブになり、子宝にも恵まれ、ますます幸せになるのだった。
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる