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第4章 元下僕
4-2 図書館
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それから平穏に一日の講義が終わり、学校内にある図書館へ向かう。
マルクの部屋の本も自由に読んでいいと許可はもらってはいたけど、本人がいないのに部屋に勝手に入るのは気が引けていた。
今日も基礎的な教科書を確認するつもりだ。
私の死後、何か発見があり、やり方や常識が変わっている可能性がある。
現在の魔導の知識を早く知りたかった。
図書館の中は生徒がまばらにいた。
誰も無口なので、物音だけが微かに聞こえる。
静かな空間が前世から好きだから、教室にいるより気分が落ち着く。
沢山の本も好き。
特に魔導に関する内容だと、血が騒ぐくらい気分が高揚して、マルクが指摘していたように寝食を忘れるくらい没頭してしまう。
まさに貪るように知識を得ようと夢中になる。
前世では人間よりも本を愛していたくらいだ。
「お前すごいね。それ読めるの?」
だから、いきなり声をかけられたとき、やっと我に返っていた。
「え?」
私は本棚の真前で立ったままだったので、話しかけられるまで人の気配を感じてなかった。
振り返ったら、一人の男性がいた。
年齢は三十代半ばか四十代くらいだろうか。
割と顔が端正な上に体の線が細いので、中性的な美形な感じ。
他の教師のようにスーツ姿だ。
この短くカールした栗毛の人をどこかで見た覚えがあったけど、初等部の先生ではないから、それ以外の先生だろう。
「何かご用ですか?」
ヒソヒソ声で返事をする。
「いや、その本だけど、俺の故郷の本で、リーカイド語で書かれていないから、読めるなんてすごいと思ったんだ」
先生はふんわりと笑みを浮かべる。
彼は本当に興味本位で声をかけてくれたようだ。
誠実そうな雰囲気を言葉と表情から感じた。
読んでいた本は、確かにこの国のものではなかった。
うろうろ歩いて棚を眺めていたら、つい見つけていた。
見慣れない本が珍しくて手が伸びて、そのままそこで立ったまま読んでいた。
異国の言葉は辛うじて読めた程度だ。そこまで流暢ではなかった。
前世で国中の魔導の本を読み尽くしたあと、更なる魔導の知識が欲しくて、こっそりと他国に密入国して本を漁っていたときもあった。
そのときに他国の言葉も少し習って覚えていた。
でも、初等部に入学したばかりで、普通ならそんなことできるわけもないし、正直に言えるわけもない。
「いえ、全然読めませんよ。ただ単に眺めていただけです。珍しくて」
「そうか? 随分熱心に読んでいたみたいに見えたけど」
褐色の目がこちらを窺うように見ている気がした。
どきっ。なにか疑われている?
「それよりあなたは、エルフィンから来たんですか?」
「そうだよ。三十年くらい前にな。今は情勢が落ち着いているから、この国と交換留学もやっていて交流が盛んなんだよ」
慌てて話題を変えたら、彼は上手く乗ってくれた。
「へー、そんな制度があったんですね。面白そうですね」
「ああ、興味があるならお前も狙ってみれば? エルフィンはこの国みたいに宣誓する必要はないからな。特に女子に人気だ」
彼の言葉をいまいち理解できなくて首を傾げる。
「あの、どうして女子に人気なんですか?」
「いや、それは俺の口からはちょっと」
彼はなぜか苦笑いして、言葉を濁す。
「俺はカーズと言うんだ。高等部の教師だ。お前の名前は?」
「ミーナです」
「また見かけたら、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。カーズ先生」
彼はあっさりと先に帰っていった。
受付にある時計を見れば、もうすぐ閉館時間だった。
声をかけられなかったら、きっとチャイムを聞いて慌てて帰り支度をする羽目になっていた。
周囲に人は見かけない。もう生徒は私を除いて全員帰ったのかも。
片付けをして鞄を持ち、出口に向かって歩き始めたときだ。
「え?」
急に背後が気になって振り返った。
そこには一人の男性がいた。さっき帰ったはずのカーズ先生が。
「よく気づいたな」
さっきみたいに微笑んでいる。でも、どうしてこんな気配なく私の後ろにいたの?
彼が一歩近づいたとき、警戒して思わず後ずさってしまった。
『大魔導士ウィスターナ・オボゲデス、俺を覚えているか?』
カーズ先生は、いきなりこの国のリーカイド語ではなくエルフィン語で話しかけてくる。
急に彼の声色は低くなっていた。
顔つきまで変わり、愛想が一切ない真顔になっている。
でも、言われた内容のせいで頭が真っ白になりそうなほど面食らった。
どうして分かったの?
頭の中でそんな疑問が瞬時によぎるけど、まずは目の前のいる彼の対応が先だ。
「先生、申し訳ないんですが、何を言っているのか分かりません」
『バレバレの嘘をつくなよ。ずっとお前を見ていた。初等部の生徒が高等部の本をなぜ読む? 誰も気づかないと思ったのか? 油断しすぎたな』
「あと、すみません。そろそろ帰る時間なので失礼します」
『無視かよ、ひどいな。下僕の俺を忘れたのか? 俺はお前のことを一瞬たりとも忘れたことはないのに』
彼の言葉の端々から私への根深い執着と恨みの念を感じる。
エルフィン出身の私の下僕。まさか。
一つだけ苦い心当たりのあった。
心臓がうるさいくらいバクバクする。
そそくさと急いでいる風を装って足早に図書館から出ていった。
周囲を警戒していたけど、カーズ先生は追ってきていないようだった。
マルクに報告しないと。ひとまず彼の屋敷に戻ることにした。
マルクの部屋の本も自由に読んでいいと許可はもらってはいたけど、本人がいないのに部屋に勝手に入るのは気が引けていた。
今日も基礎的な教科書を確認するつもりだ。
私の死後、何か発見があり、やり方や常識が変わっている可能性がある。
現在の魔導の知識を早く知りたかった。
図書館の中は生徒がまばらにいた。
誰も無口なので、物音だけが微かに聞こえる。
静かな空間が前世から好きだから、教室にいるより気分が落ち着く。
沢山の本も好き。
特に魔導に関する内容だと、血が騒ぐくらい気分が高揚して、マルクが指摘していたように寝食を忘れるくらい没頭してしまう。
まさに貪るように知識を得ようと夢中になる。
前世では人間よりも本を愛していたくらいだ。
「お前すごいね。それ読めるの?」
だから、いきなり声をかけられたとき、やっと我に返っていた。
「え?」
私は本棚の真前で立ったままだったので、話しかけられるまで人の気配を感じてなかった。
振り返ったら、一人の男性がいた。
年齢は三十代半ばか四十代くらいだろうか。
割と顔が端正な上に体の線が細いので、中性的な美形な感じ。
他の教師のようにスーツ姿だ。
この短くカールした栗毛の人をどこかで見た覚えがあったけど、初等部の先生ではないから、それ以外の先生だろう。
「何かご用ですか?」
ヒソヒソ声で返事をする。
「いや、その本だけど、俺の故郷の本で、リーカイド語で書かれていないから、読めるなんてすごいと思ったんだ」
先生はふんわりと笑みを浮かべる。
彼は本当に興味本位で声をかけてくれたようだ。
誠実そうな雰囲気を言葉と表情から感じた。
読んでいた本は、確かにこの国のものではなかった。
うろうろ歩いて棚を眺めていたら、つい見つけていた。
見慣れない本が珍しくて手が伸びて、そのままそこで立ったまま読んでいた。
異国の言葉は辛うじて読めた程度だ。そこまで流暢ではなかった。
前世で国中の魔導の本を読み尽くしたあと、更なる魔導の知識が欲しくて、こっそりと他国に密入国して本を漁っていたときもあった。
そのときに他国の言葉も少し習って覚えていた。
でも、初等部に入学したばかりで、普通ならそんなことできるわけもないし、正直に言えるわけもない。
「いえ、全然読めませんよ。ただ単に眺めていただけです。珍しくて」
「そうか? 随分熱心に読んでいたみたいに見えたけど」
褐色の目がこちらを窺うように見ている気がした。
どきっ。なにか疑われている?
「それよりあなたは、エルフィンから来たんですか?」
「そうだよ。三十年くらい前にな。今は情勢が落ち着いているから、この国と交換留学もやっていて交流が盛んなんだよ」
慌てて話題を変えたら、彼は上手く乗ってくれた。
「へー、そんな制度があったんですね。面白そうですね」
「ああ、興味があるならお前も狙ってみれば? エルフィンはこの国みたいに宣誓する必要はないからな。特に女子に人気だ」
彼の言葉をいまいち理解できなくて首を傾げる。
「あの、どうして女子に人気なんですか?」
「いや、それは俺の口からはちょっと」
彼はなぜか苦笑いして、言葉を濁す。
「俺はカーズと言うんだ。高等部の教師だ。お前の名前は?」
「ミーナです」
「また見かけたら、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。カーズ先生」
彼はあっさりと先に帰っていった。
受付にある時計を見れば、もうすぐ閉館時間だった。
声をかけられなかったら、きっとチャイムを聞いて慌てて帰り支度をする羽目になっていた。
周囲に人は見かけない。もう生徒は私を除いて全員帰ったのかも。
片付けをして鞄を持ち、出口に向かって歩き始めたときだ。
「え?」
急に背後が気になって振り返った。
そこには一人の男性がいた。さっき帰ったはずのカーズ先生が。
「よく気づいたな」
さっきみたいに微笑んでいる。でも、どうしてこんな気配なく私の後ろにいたの?
彼が一歩近づいたとき、警戒して思わず後ずさってしまった。
『大魔導士ウィスターナ・オボゲデス、俺を覚えているか?』
カーズ先生は、いきなりこの国のリーカイド語ではなくエルフィン語で話しかけてくる。
急に彼の声色は低くなっていた。
顔つきまで変わり、愛想が一切ない真顔になっている。
でも、言われた内容のせいで頭が真っ白になりそうなほど面食らった。
どうして分かったの?
頭の中でそんな疑問が瞬時によぎるけど、まずは目の前のいる彼の対応が先だ。
「先生、申し訳ないんですが、何を言っているのか分かりません」
『バレバレの嘘をつくなよ。ずっとお前を見ていた。初等部の生徒が高等部の本をなぜ読む? 誰も気づかないと思ったのか? 油断しすぎたな』
「あと、すみません。そろそろ帰る時間なので失礼します」
『無視かよ、ひどいな。下僕の俺を忘れたのか? 俺はお前のことを一瞬たりとも忘れたことはないのに』
彼の言葉の端々から私への根深い執着と恨みの念を感じる。
エルフィン出身の私の下僕。まさか。
一つだけ苦い心当たりのあった。
心臓がうるさいくらいバクバクする。
そそくさと急いでいる風を装って足早に図書館から出ていった。
周囲を警戒していたけど、カーズ先生は追ってきていないようだった。
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