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第3章 両親への挨拶

3-6 師弟契約

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 数日後の休日、マルクの屋敷に両親と一緒に招待された。
 我が家にわざわざ馬車まで用意してもらって。
 彼個人の家に来たのは初めてだ。
 場所は学校から近かった。
 貴族のように部屋がたくさんある高層の邸宅で、一階玄関から入ると、吹き抜けの開放的な空間が出迎えてくれた。
 天井に吊るされたクリステルのシャンデリアが豪華さを演出している。
 足元に敷かれた絨毯は綺麗な上にふかふかで、きっと転んでも痛くない。

 マルクの執事が、彼の部屋へと案内してくれた。
 通された部屋は彼の執務室なのか、使い込まれた文房具が机の上に出されている。
 書きかけの書類も置かれている。
 壁の本棚には、魔導関係の書物が多かった。

 マルクは私たちが来ると、すぐに席を立ち、わざわざ出迎えてくれる。

「お越しくださり、ありがとうございます」

 休みにもかかわらず、マルクはきっちりと濃紺のスーツで身を包み、畏まった格好をしていた。
 お父さんもお母さんも滅多に着ないお洒落な服を選んで着ていた。

 私なんて、マルクに会うだけだし普段どおりの格好で行こうとしたら、よそ行きの服をお母さんに押しつけられて着ているけど。

 応接セットのソファを勧められ、使用人にお茶を給仕される。
 うちの両親なんて、借りてきた猫のように落ち着かない顔をしている。

「そんなに緊張することないよ」
「ちょっと、ミーナは黙ってなさい」

 お母さんが子どもの失言を注意するみたいに慌てて口止めしてくる。
 マルクが前回来たあとに彼のことを根掘り葉掘り聞かれたんだけど、彼が王族だって思い出して話したら、すごい血相を変えていたんだよね。
 サムのことでお礼を言いに来たスミおばさんともヒソヒソ話していたし、なんか大ごとみたいになっていた。

 マルクに師弟契約の内容を説明してもらったあと、契約書に両親と私がサインした。

 師弟の契約を結ぶ最大の目的は、才能ある若者の育成もあるが、技術や情報の漏洩を防ぐためだ。
 そのため、私たちの間には守秘義務が生じる。
 今回の書類にも、主にそれについて触れていた。
 また、弟子の責任は師匠にあるとも明記されている。
 何か私に問題があったら、全部マルクが負うことになる。
 だから、保護者と同等の保護責任が師匠にも生じる。

 結構面倒くさいのよ。弟子をとるのって。
 だから前世で最初マルクの弟子入りに対して必死に抵抗していたのよね。

「そうそう、実はもうミーナさんの部屋は用意しているんですよ。案内しますので、ご覧ください」
「まぁ、そうなんですか?  娘のためにありがとうございます」

 そういうわけで、ぞろぞろと一行は移動する。

 私のために用意された部屋は想像以上に広かった。
 どこかの貴族のお嬢様のような優雅で可愛らしい家具が用意されている。

「おや、家具の角が全部丸いですね」

 家具大工のお父さんがすかさず反応していた。

「ええ、ぶつけても怪我しにくいように選びました」
「まぁ、校長先生は本当にミーナのことをよく理解してくれているのね」

 お母さんが嬉しそうに笑う。

「うん」

 マルクは嫌になるほど私を知り尽くしているからね。
 私が万が一転んでも大丈夫なように配慮してくれたようだ。

「こちらの部屋はなんですか?」
「ああ、クローゼットになっています」

 お父さんの問いにマルクは快く応じている。
 チラリと覗いたら既に服がたくさん収納されている。
 一体いくら使ったんだ。私の好みを知り尽くしたデザインばかりだ。

「ここにあるものは、全てミーナさんのために用意したものですので、好きに使ってください」
「ま、まぁ! 娘のためにこんなにありがとうございます。本当になんとお礼を申し上げたらよいのか」

 お母さんが目を白黒して、驚きを通し越して非常に恐縮していた。

 ただの弟子にここまでする師匠がいるかな?
 ちょっとやり過ぎじゃない?

 私もお母さんほどではないけど、彼の気合の入れ具合に思うところがないわけではなかった。

「あの、大変失礼ですが、一筆書いていただいてもよろしいでしょうか?」

 お父さんが懐から一枚の紙を差し出す。一体なんだろう。
 マルクが受け取って書類に目を通すので、横から何が書かれているのか私も覗きこんだ。

「婚約証明書!? お父さん、何を考えているの!?」
「何って、口約束だけじゃ不安だろう? 万が一ってこともあるから、立場の弱い庶民は契約書を作っておいた方がいいって、スミさんがわざわざ作ってくれたんだよ」
「スミおばさんと何か話し込んでいたと思ったら、そんなことだったの?」
「ああ」

 そういえば、サムは人が変わったように仕事を手伝うようになったんだって。
 女の子にモテて調子に乗っていたところも直ったって、おばさんは息子の成長をすごく喜んでいた。

「お前はまだ魔導士の資格も取ってないから、保証があった方がいいと助言を受けたんだよ」
「さすがスミさん……」

 言っていることはごもっともだった。
 でも、うちの両親は誤解しているんだよね。
 そもそもマルクとは結婚なんてする予定もないからどうしよう。
 どうやって親の暴走を止めようかな。

「って、なんでサインしているの!?」

 マルクが私のために用意した机で躊躇なくスラスラと署名していた。

「何も問題ないからですが?」

 落ち着いた素振りでマルクが平然と答える。
 そうか。なんちゃって婚約だから、何も問題ないってことなのね。

 でも、黒薔薇って呼んでいる人が好きなんじゃなかったの? 彼女に誤解されたらまずくない?

 そう心配したけど、マルクが問題ないって言っているくらいだから、もしかしたら相手はすでに人妻か故人かもしれない。

 ううう、マルク可哀想に。ごめんね。
 前に彼女について尋ねたときに変な返答だったのも、そのせいだったのね。
 鏡を持ってきて紹介するって。おかしいと思っていたのよ。
 彼女について、もう話題に出さないわ。

「一緒に暮らすのは明日からでよろしいですか? 荷物は彼女の帰宅時に使用人に取りに行かせますので」
「はい、よろしくお願いします」

 両親が頭を下げるので、私もそれに倣う。
 そういうわけで、明日からマルクとの生活が始まる。

 でも、本当に大丈夫かな。ちょっとだけ不安があった。
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