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第3章 両親への挨拶

3ー1 俺の女

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 マルクが用意した馬車のおかげで楽に学校から家に帰っている。
 私の親に師弟関係の承諾をもらうために彼も一緒だ。

「でも、弟子になるのは大丈夫だと思うけど、マルクと一緒に住むことに私の両親は首を縦に振ってくれるかなぁ……」

「ミーナ大丈夫ですよ。私が説得してみせます。きちんと誠意をお見せして、納得していただけるまで言葉を尽くします」
「そっか。マルクがそこまで言うなら大丈夫よね。私たちにやましい関係は全くないし、ある予定もないからね。いかにマルクが素晴らしい校長先生で、黒薔薇の君を一途に愛する清廉潔白な人かって私も両親を説得するわ」

 あら? マルクがまた泣いているわ。私の賞賛の言葉に感動したのかしら?
 再会したばかりだから、涙腺がまだ緩くなっているのね。

「これ、良かったら使って」

 持っていたハンカチを彼に差し出すと、それで素直に涙を拭っていた。

「このハンカチは、あなたが刺繍されたんですか?」
「あ、分かった?」

 マルクは手元のハンカチ(に成り損ねた何か)に目線を落としている。
 そこには、鳥を刺繍したつもりだけど、得体の知れない不気味な塊になっていた。
 呪われそうって、友だちからいつも評判だ。
 裁縫も女の子の嗜みだけど、私の腕前は救いようがないほど壊滅的だった。

「このハンカチは、一生の思い出にします」
「いや、そんな変なものあげられないわよ。返してね?」

 結局、汚れたから洗うと言われて、私の元に戻ってこなかった。



 私の家は庶民が暮らす長屋住宅だ。粗末な石造りの建物が所狭しと立ち並んでいる。
 貴族向けの道とは違い、通路は狭い。
 近くまで来たら、馬車を降りて歩く必要があった。

「お手をどうぞ」

 先に降りたマルクが手を差し出してくれて、降りる際に補助してくれた。
 さすがお手本のような紳士ね。
 でも、せっかく助けてくれたのに、馬車に慣れてなかった上に結構な段差があってよろめいちゃったのよね。
 ほら、こけて頭を打って死んだくらいだから、運動神経はいまいちなのよ。
 前世のときは魔導で誤魔化していたんだけど。

「きゃっ」

 咄嗟にマルクが体を抱えるように支えてくれた。

「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう。マルクがしっかりと受け止めてくれたおかげよ」

 礼を言いながら彼の腕に軽く触れる。

「前にも思ったけど、すっかり大人の頼もしい男性って感じね。前世のときは、まだマルクは少年って感じだったけど」

 すると、彼の口角に微笑が浮かんだ。

「あなたにそう言ってもらえて嬉しいです」

 彼の受け答えは社交辞令ではなく本心だったのか、あまりにも感激していたみたいで、いつもに増してマルクがキラキラしていた気がした。

「あう」

 美形の威力おそるべし。

 彼の笑顔が眩しくて思わず目を背けたとき、一人の男がズカズカと私たちに勢いよく近づいてきた。

 よく見たら、幼馴染のサムだった。
 彼は大きな声で何か言ったんだけど、残念ながら早口で上手く聞き取れなかった。

 私が首を傾げていると、さらに彼はビシッと指を私に突きつけた。

「誰か知らないけど、こいつは俺の女だから離れろよ!」

 幼馴染のサムは私と同い年で、図体も態度も近所の中ではデカイ部類だ。
 結構迫力ある彼がマルクに堂々と対峙している。明らかに顔つきは凶悪で威圧的だ。

 でも、この態度は大問題。

 どうやらサムはマルクの馬車と格好を見ても貴族みたいだと気づいていないみたい。
 もしかして馬車に家紋が入っていないし、まさか庶民の私が貴族といる訳ないから、ただの金持ちだと誤解しているのかしら。

 貴族相手に喧嘩腰はヤバイ。相手がマルクじゃなかったら、彼は不敬罪で訴えられてもおかしくなかった。
 スミおばさん(サムの母親)、泣いちゃうよ。

 一方で喧嘩を売られている当人は私をますます抱きしめて、サムから身を挺して私を守ろうとしていた。

 サムはそれを見て、ますます人参色の太い眉を顰める。やばい。
 マルクったら、彼を煽らないでよ。

「サム、どういうこと? 私があなたの女って」

 そもそも私はまだ話の内容を理解しきれていなかった。
 今まで彼の恋人だったことも、求婚されたことも全くなかったのだから。

「今日からお前は俺の嫁だってこと。さっき、お前の両親から承諾を得たからな。ミーナも俺の女になれて嬉しいだろ? 良かったな!」

 サムは勝ち誇ったように豪快に笑う。

「ええ!?」

 寝耳に水ってこのことね。驚きすぎて、すぐに二の句が告げなかった。

「でも私、家事できないし……」

「うん、確かに家事は全滅で有名だよな。ミーナのことを前から可愛いって思ってたんだけど、それでずっとお袋からダメって言われてたんだ。でも、ミーナに魔導士の資質があったんだから、もう大丈夫だろ?」
「んん?」

 色々と問題発言はあったと思うけど、サムはいい仕事したぜって、やり遂げた顔をしている。
 そういえば、前からサムには、顔だけは好みなんだよなって言われていたのよね。

 彼は近所の女子から評判が良くて、よく彼を巡って駆け引きが行われていたほどだ。
 彼の実家が商売をやっていて、その羽振り具合から、身入りが良さそうだったし、社交的でよく冗談を言って周囲を楽しませてくれる人だったから。
 玉の輿を狙って彼に近づく人は絶えなかった。

 私は現世でも他の人のように恋をしたことがなかった。
 誰かを想うだけでドキドキワクワクしたり、特別に惹かれたりしなかった。
 だから、女の子たちが盛り上がる恋愛話には全く共感はできなかったけど、彼自身についてはよく構ってくれるので好ましく思っていた。

「でも、どうしてサムは私じゃなく親に結婚の申し込みをしたの?」

 率直な疑問をまず尋ねてみた。結婚するなら、まずは相手が了解しているものだと思っていたから。

「はぁ? 親の反対があったら、いくら当人同士が好きでも結婚は無理だろ? だから、まずは親の承諾を得ないと話は進まないだろ!」
「え? そうなの?」

 てっきり当人同士の問題だと思っていた。
 前世でも庶民出身だったから、考え方は同じだと思っていたが、違うのだろうか。

 思わず見上げてマルクに尋ねると、彼は私をぎゅっと包み込むように抱きしめてくる。

「あぅ」

 私の耳たぶに彼の体の一部が触れたせいで、変な声を出してしまった。
 密着しているせいで緊張したのか、胸がドキドキしていた。

 こちらの動揺に気づいていないのか、彼は安心させるように優しく微笑んでいた。
 さっきから彼とぴったりとくっ付いているから分かるんだけど、彼の身体の肉付きが硬くて意外にしっかりしている。
 忙しいはずなのに時間の合間に鍛えているのね。ふむ、相当の努力家ね。

「庶民の感覚はよく分かりませんが、家柄にも寄ると思いますよ。貴族では、財産が絡むため、親の許可は必要不可欠です。ですが、そもそもあなたはまだ十六歳で未成年ですから、結婚はできないはずですが」

 うちの父親は雇われ家具大工職人で、母親は食堂で給仕の仕事をしている。
 勤勉な庶民って感じだ。家柄なんて、全然関係なかった。

「庶民と貴族の結婚観は違うのね。庶民は特に成人年齢はないわ。年頃になったら、特に国に届け出ることなく結婚して、子どもが生まれた時だけ戸籍を得るために申告するの」

 多分、サムの家はお店を営業して財産があるから、貴族寄りの結婚観を持っているのね。

 以前の役立たずの私だったら、間違いなくサムからの求婚を喜んでいた。
 だから、両親は彼から結婚を申し込まれて了承してしまったのね。
 マルクの弟子になって一緒に暮らすって約束したのにまずいわ。

「それよりいい加減、俺の女からさっさと離れろよ!」

 サムが私を抱いているマルクの腕を掴もうとしたとき、魔導の素早い動きを傍から感じた。

 目の前に透明な防護壁が作られて、サムの接近を許さない。彼の手は簡単に弾き返された。

「いてぇ!」

 静電気のような光が一瞬だけ見えた。

「魔導法第十九条により、一般人に対しても、正当防衛としての使用は認められているのですよ」
「金持ちのボンボンかと思ったら魔導士かよ。別に俺は暴力を振うつもりはねぇし」
「私は弟子となる彼女を守る必要があります。意に染まぬ結婚からも守るつもりです」

 マルクがサムをすごい目つきで睨みつけている。人を射殺しそうな勢いだ。

「あぁ!? 俺が無理やり嫌がることをするわけねぇだろ! 結婚だって、ちゃんと許可をとったんだしな!」

 サムとマルクが私を挟んで睨み合っている。頭上で火花が散っているわ!
 私はマルクの腕を指で突いて、落ち着くように合図を送る。
 ついでに私を捕獲している腕もどけて欲しいんですけど。
 目で訴えていると、彼も私をチラリと見て目配せしてきた。どうやら彼なりの考えがあるみたいね。
 了解して、小さく彼にうなずいた。

「あなたの話だけ聞いても判断できません。これから彼女のご両親に確認するので、ご同行願えますか?」
「はっ、分かりましたよ」

 サムは嫌味ったらしい口調で渋々返事をする。
 こうして三人で私の両親に会うことになった。
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