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第2章 ヘブンスの回想

2-3 弟子入り

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 私がパンツを買った翌日、彼女の弟子として恐らく正式に認められたと思っていたが、どうやら彼女は違ったらしい。

「まだいたの? 痴女に用はないんじゃないの?」

 彼女の塩対応は全然変わらなかった。しかも、昨日の軽はずみな発言をしっかり根に持たれている。

 この日は彼女の自室ではなく書斎らしき部屋だったが、机は書類や物で雪崩が起きそうなだけではなく、床が本で埋め尽くされて、整理整頓とは無縁の状態だった。
 そこで彼女は何か本を探しているようだった。

「私は弟子ですから、師匠の傍にいるのは当然ではないですか」
「別に無理せず痴女の弟子なんて辞めればいいじゃない」
「あの、実は私には身寄りがいないんです」

 少々心苦しかったが、同情を誘う作戦を試してみた。

「ふーん」
「なので、こちらにお世話になってもいいでしょうか」

 チラリと上目遣いの目で必死に懇願しても、彼女の冷たい視線は変わらなかった。

「そう、そんなに居場所が欲しいなら、あなたに相応しい場所を紹介してあげるわ」
「え?」

 彼女が何か魔導を展開したと感じた直後、私は全く別の場所に移動していた。
 どうやら孤児院の施設だった。突然現れた私は、迷子と勘違いされていた。
 でも、大魔導士の弟子で、彼女の仕業だと説明すると、そこの施設の職員に師匠にはいつも世話になっていると礼を言われてしまった。
 どうやら彼女はたまに高額な寄付をしていたらしい。
 彼女の意外な一面を知って驚きしかなかったが、自分への扱いの酷さは全く理解できなかった。

 幸い同じ都市の中での移動だったので、すぐさま師匠の元へ戻った。
 でも、もう夕方になっていたので、今日また彼女の機嫌を損ねてどこか飛ばされるのも大変だ。
 勝手に空いている部屋を借りて休むことにした。

 この屋敷の使用人は、共用部分の掃除と師匠の食事の用意と、最低限の仕事しかしていない。
 あちらから話しかけてくることはなかった。だから、私が何か用事を伝えると、動いてくれる感じだった。

 事情を聞くと、彼女は作業の中断を嫌うらしい。だから、私の訪問はひどくタイミングが悪いと、彼女と接するコツをこっそりと教えてもらえた。

 確かに彼女が何か取り込み中に話しかけていた気がした。
 でも、何もしていない時間はいつなのか。よく分からないので、彼女を観察してみることにした。

 寝起きは常時最悪。誰か訪問があっても、基本無視している。
 ちなみに私も使用人に断られていたが、弟子だからと強引に押し入っていた。
 これも彼女の機嫌が悪くなった一因だと思われる。
 王宮からお迎えがあって出かける以外は、普段彼女は屋敷の中にいた。
 でも、外から帰って来たときは、いつも機嫌が悪くて苛々していた。

 毎日何か瞑想したり、考え事をしたり、魔導の本を読んでいる。
 何か書き物をしていると思ったら、魔導の理論について、思案しているみたいだった。
 使用人曰く、魔導の仕事中に邪魔をすると、一番恐ろしいそうだ。過去、追い出された使用人もいたらしい。

 だから、風呂か食事のときが、一番魔導と関係なく、機嫌もいいようだ。

「師匠、私のために一日十五分だけでもいいので時間をいただけないでしょうか」

 彼女の好物が多めに食卓に出ている日に私は交渉を試みようとした。
 彼女は小動物のように果物をモリモリと美味しそうに齧っていた。ちょっと不覚にも可愛かった。

「あのね、私の弟子になっても、あなたが私になれるわけじゃないのよ? みんなそう。私の弟子になりたいっていう奴は、私の弟子になれば、勝手に今以上の能力を得られると勘違いしているのよ。今の私は、誰かのおかげでなれたと思う? 学校を出たあとは、誰にも師事してないの。全部自分でやったのよ。だから、人に頼らず自分で学べばいいじゃない。私の邪魔をして、私の研究の時間を奪わないでよ。そうでなくても余計なことで時間を食われるのに」
「いや、ですが」

 あなたは私のことを何も知ろうとしないじゃないか。
 拒絶ばかりだ。
 何か反論しようとした私に彼女はため息をついた。

「もう、いいわ。修行に送ってあげる」

 気づいたら、私はまた見知らぬ場所にいた。
 今度は同じ都市ではなかった。
 どこか山奥にある村だった。いきなり現れた子供の私に村人たちは驚いたので、私はまた大魔導士の弟子だと名乗った。
 でも、今度は簡単に信じてくれなかった。

「証拠を見せてくださいよ。大魔導士様は、ご訪問してくださったとき、この村を助けて下さったんだ。その彼女のお弟子様なら、あの山奥にいる魔物を同じように簡単に倒せますよね?」

 どうやら師匠は、この村に何度か訪れたことがあるらしい。
 その度に村の住人の要望を聞いて貢献していたようだ。
 信じられない。同じ人物とは思えなかった。
 そんなわけで来たばっかりなのに魔物を倒すことになり、そのあと村人たちの治療をし、さらに壊れた井戸の器具や建物などを修理して、ようやく弟子として歓迎されることになった。
 この経緯を経て、私はやっと気づいたことがあった。

 私は彼女に自分を知ってもらう努力をしただろうかと。
 思えば私は強引に来た立場だったにもかかわらず、彼女に要求してばかりだった。
 弟子として遇しろと。
 ひどく傲慢だった。この村のように尽くしてやっと受け入れられるようなものなのだ。
 だから、彼女にとって利点があると、少しでもアピールしていれば、今のように嫌われていなかったかもしれない。
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