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第1章 魔導学校入学

1-6 校長室再び

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「君は前世では何を専攻していたんですか? 魔導士として記憶がある以上、君も知っていると思いますが、国としては野放しにできないんです」

 入学してから二週間が経った放課後、私はまた校長室に呼ばれていた。

 前回サクスヘル校長から追い出された身としては、二度と彼と話す機会はないと思っていたから、彼からの呼び出しに緊張していた。

 応接セットのソファに前回と同じように腰掛けて向かいにいる校長を見つめる。
 目の保養と言わんばかりの美しさだ。

 彫刻のように整った顔立ちは、まだ不機嫌さはなく平静のままだ。
 今回も周囲に魔導で結界を張られている。私のために相変わらず用意周到だ。
 前世の記憶持ちで身分詐称したと誤解されているから、彼に警戒されまくっているのね。

 彼の寒々とした態度から、渋々対応していることが嫌でも分かる。

 こんな厳しい状態だけど、せっかく弟子と再会できたんだから、偽物の汚名を返上する絶好の機会だ。
 彼の機嫌を損ねず彼の師匠だとアピールして誤解をなんとか解きたかった。

 うーん専攻ねぇ。死ぬ直前、何を研究していたかしら?

 大魔導士として有名な実績を口にしたら、また騙るつもりなのかと文句を言われそうだ。
 だから、誰も知らないようなマイナーな仕事を私が答えられれば、弟子から師匠だと認めてもらえるんじゃない?
 そう思って、研究の途中で未発表だった仕事を頭の引き出しから頑張って取り出した。

「えーと、マナ解析の効率化と、マナの付加添付の研究だったかしら」

 どう? これは本物の師匠しか知らないことでしょ?
 結構自信があったから、今度こそ校長は私のことを見直すだろうって思って彼のことをじっと見つめる。

「なるほど」

 校長がそう呟いた直後、彼の眉間にまた深い皺が刻まれる。
 彼から発せられる気配が、一気に氷のように寒くなった。

 えっ、なんで!?

「また君は大魔導士ごっこを続けるつもりなんですね。呆れてものが言えません」

 忌々しそうにため息までつかれた。

「本当に本物なんだけど……」

 私が控えめに抗議すると、校長はギロリと鮮やかな青い目で私を睨みつけてきた。
 しかも魔導で威圧までかけてくる。前回よりもかなり強力なやつを。
 これって、普通の女の子だったら、失禁して気絶するレベルよ?
 肌がビリビリしている。

 食堂のときに他の生徒に見せた優しさを私にも見せてくれてもいいのよ!?

 一体何を考えているのかしら。こんなときまで前世の私の真似をしなくてもいいじゃない。

 彼が国からの命令で弟子としてやってきたとき、私も彼に思いっきり威圧をかけたのよね。
 もし腰を抜かせば、役立たずって追い返そうと思ったから。
 でも、彼は子どもだったにもかかわらず、顔色は真っ青だったけど、その場に立っていたのよね。
 少しは骨がある奴がきたのねって逆に感心したけど、いちゃもんをつけて追い返す口実を失って舌打ちしたのよね。
 うわっ、私ホント最悪だったわね。

「君が先ほど答えた師匠の仕事は、すでに出版公開されている私の手記に掲載されています。読んでいれば誰でも知っている内容ですよ」

 彼は吐き捨てるように言い放つ。
 弟子の手記が、出版されていたとは驚きだ。

「私はあなたの手記が出版されていたなんて、今初めて知ったの」

 私は下町暮らしの庶民育ちで、贅沢品である本を買えるほど生活に余裕があるわけではなかった。日常では、本屋なんて全然立ち寄らなかった。

「なら、せめて手記に載ってない事実を私に教えてください。まぁ、私を騙そうとするのは無駄だと思いますが。前にも言いましたが、君は師匠とは全然違います。あの人は道理や根回しなど、些末と言わんばかりに力づくで解決してしまう人なんですよ。まぁ、そこが師匠が師匠である所以で、私にはない発想で解決するので強引だと思う一方で尊敬もしていたんですけどね。だから、私を説得しようとしている時点で君はすでに失敗しているんですよ」
「ええ、そうね。以前の私ならさっきのあなたの威圧より強力なものを返していたわね」
「それをやらないのは、単に不可能だからですよね? 偽物」

 麗しの顔で睨まれると、すごい気迫がある。
 でも、ここまで拒絶されたせいか、私の中で歩み寄る気持ちがボキリと音を立てて折れた。
 私、頑張ったよね? これ以上、説得を試みても、彼を不快にさせるだけだよね?
 だから、目的の謝罪だけさっさと済ませてしまおう。

「弟子に謝りたかったのに威圧で失礼な真似をしたら、意味がないと思ったからよ」

 何か言い返そうと口を開いた校長に対して、私は制止させるために彼に手のひらを向けた。

「これで最後にするから、少し黙って聞いてちょうだい。私が前世を思い出したのは、つい最近なの。治療院で魔導を初めて見たときだった。弟が怪我をしてね。私の八つ下で、弟子と出会った頃と同じ年齢だったの。だから、弟子のこともすぐに思い出して、大変申し訳なくなったの」

 チラッと校長を窺いみると、彼は黙ったままだったので、私の話をとりあえず聞いてくれそうだった。
 だから、彼の気が変わらないうちにさっさと用件を話してしまおうと思った。

「前世の私は、弟子に本当にひどいことをしたの。まだ彼は子供だったのに威圧で追い払おうとしたり、素材としてムスカドラゴンの逆鱗をとってこいって無理難題を言ったりしたの。二ヶ月後にやっと帰ってきた弟子に対して今度はパンツいえ下着を買って来いって失礼な扱いをしたのよ? それなのに一度も弟子を辞めるって言わなかった健気な子に対して、今まで弟子をとったことがないから何をすればいいのか分からない。だから、私に何をしてほしいのか自分で調べてこいって何様な態度だったの。思い出して自分でも酷いと思ったから弟子にまず謝りたいと思ったの」

 ここまで話しても、校長から何も反応はなかった。
 黙ったままの彼から何も感情は読み取れない。

「あと、入学試験で手を抜いたのは、目立ちたくなかったから。魔導士として優秀だと国から目を付けられるでしょう? 上の役職に就くと、誓約させられて命令に背けなくなって、最終的にはよく知らない王族と結婚させられそうになったから、もうこりごりなの。何か悪いことを企んでいるわけでもないから、前世の記憶の件は黙っていてくれると、その、助かるわ」

 前世の私は、魔導を極めたい、知りたい、それだけだった。
 それなのに知識を得るたびに誓約という名の重い枷を嵌められて、理不尽な命令をしてくる国のお偉いがたに私は徐々に絶望していった。

 ついには優秀な血筋を残せと、王族との結婚を命じられ、家畜のような扱いをされたとき、私の心はぼっきりと再生不能なくらい完全に折れたのだ。

 だから家の中でやけ酒をあおった挙句に泥酔して転倒した結果、乱雑な床にあった置物に頭を強く打ち付けて死んだのよね。
 大魔導士に相応しい死に方ではなかった。

「屋敷で私は死んだから、たぶん弟子が最初に遺体を見つけたと思うの。きっと驚いただろうし、迷惑をかけただろうから、大変申し訳なかったわ。以上が弟子に伝えたかったことよ」

 そう最後に締めくくり、私は口を閉ざした。

 途端に校長室は静まり返った。

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