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26、最終章

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 やがて姉は目に涙を浮かべながらも、口元に苦笑いを浮かべる。
 何か悟ったような吹っ切れた表情で。

「婚約者たちには見捨てられたのに最後に手を差し伸べてくれたのは散々苛めたあなただけなんてね。……あなたには完全に負けたわ。大国の王子妃に逆らうほど愚かではないし、私のことは好きにしてちょうだい」

 姉は頭を下げて恭順の意を示す。すっかり従順になっていた。きっと二度とおかしな行動は取らないだろう。

 姉が提案を聞き入れてくれて本当に良かった。心底安堵した。

「お姉様。アグニスのこと、よろしくお願いします」

 姉は素直な面持ちで黙ってうなずき、ゆっくりと立ち上がる。

「そうね。こんなのでも王女ですもの。国のために頑張るわ。……それよりも、遅くなったけど婚約おめでとう。私が言えた義理ではないけど、幸せになってね」

 姉からの突然の祝いの言葉に驚いて思わず目を瞬いた。
 でも、さっそく彼女は新たな関係を築こうとしてくれているのだと気づいて、素直に嬉しくなる。

「ありがとう。お姉様も幸せになってくださいね」

「ありがとう。でも、それは難しいわね。だって相手はあのバーサイド公よ? あんな年寄りじゃ、夜の生活には全然期待できないじゃない」

 ウィンリーナは姉の気がかりを意外に思った。

「そうですか? 彼は夜も寝かさないって私に迫っていたくらいですから、その点は心配はないと思いますわ」
「あら、そうなの? いいことを聞いたわ」

 意外なことに少し明るくなった姉は、そのまま衛兵に大人しく連行され、部屋から出ていった。

 ナーセルンの処罰は、アグニスとスーリアとの国交に影響がないようにウィンリーナが願ったため、国外追放だけで済んだ。
 姉が国外の貴族であることと、フィリアンク殿下が配慮してくれたおかげで、転移ポータルまで使用を許可してくれたのだ。
 ただし、ナーセルンの監視と再教育を要求し、二度目はないと脅しつきだったが。
 本来なら王子の婚約者を脅すなどあってはならないことだ。これだけで済んだのは、フィリアンクがウィンリーナの心情を慮ったからである。

 このときスーリア国の使者が王妃である母からウィンリーナ宛の手紙を預かったそうで、使者が帰国したときに渡してくれた。

『リナへ 元気にしているか。ナーセのことは気づかず申し訳なかった。それにもかかわらず寛大な処置に感謝する。あの子は自業自得もあり、ネルソンから婚約破棄されて、バーサイド公と結婚することになった。掟があるとはいえ、できるだけ夢のある結婚をと願い、あの男と我が子たちの婚姻を避けたかったのに皮肉なことだ。あの子も自分の過ちを理解したのか、おとなしく嫁ぐことに了承していた。あと、以前リナと結んだ魔法の契約はもう用済みだから、そちらで破棄してほしい。そのほうがリナも安心だろう。幸せを祈っている。これからはスーリア国のために尽くしなさい。その国で其方が盤石な地位を築けたとき、それはアグニスの力にもなるだろう』

 手紙を持つ手が震え、ウィンリーナの目から涙が流れた。この手紙には確かに母からの信頼を感じていた。
 手紙には書かれていたとおり、魔法の契約が同封されていた。
 どうしてなのか、分からない。なぜ、もう魔法の契約は用済みだと母が言ったのか。
 密偵として裏切らないように魔法の契約を使ったのではなかったのか。
 訳が分からないため、思い切って何も知らないアニスに事情を話して相談すると、彼女はある推測を出してくれた。

「もしかしてですけど、王妃陛下はリナ様に保険を掛けたのかもしれませんね。万が一、失敗したときにリナ様が面目がなくて帰りづらくても、問題なく帰れるように配慮してくれたのかもしれません。命令だから、仕方がないことだと」

 アニスの言葉がすんなりとウィンリーナの心に入ってくる。
 そうだ、きっとそうに違いない。
 現に、この契約書が手元に届けられているのだから。

「それに、王妃陛下はリナ様の幸せを願っていたんだと思います。だから、スーリアに行かせ、バーサイド公との結婚を解消させたのでしょう」

 アニスに言葉を聞いた途端、急に理解できた。密偵を命じられたとき、『黒目は気にする必要はない』という母の言葉の意味を。母は知っていたのだ。恐らくフィリアンク殿下の髪の色を。漆黒の死神と称されていたのだから、母は簡単に気づいていたのかもしれない。

「そうね、アニスの言うとおりだわ」

 全て母の優しい思惑だったのだろう。やっぱり母は偉大な悪女だった。到底敵わない。

 契約書を二つに破ると、端から魔法の力で崩れるように消えていった。もうウィンリーナを縛るものは何もなかった。



 §


 数日後、スーリア国では建国祭が始まり、数日間にわたる賑わいを迎えた。
 珍しく王宮が解放されて、国王と王妃がバルコニーから大勢の民衆の前に姿を現わす。

 その同じ場所にウィンリーナもフィリアンクに同伴していた。いつも祭典に欠席が常習犯の殿下の出席に気づいた家臣たちは彼の姿を二度見していた。

 殿下の婚約者としてウィンリーナが紹介され、正式に彼の婚約者として認められることになった。

 そのあとは、婚約祝いパーティーとなり、黒髪同志のカップルは大いに目立ち、人々の注目を浴びた。
 婚約を歓迎してくれる者もいれば、遠巻きに見ている者もいる。
 でも、表立って嫌味を言う人はいなかった。
 養家である男爵家夫婦も祝いの席に駆けつけてくれた。久しぶりの再会に会話が弾み、世話になった礼を何度も口にした。
 妃選びの選考会で仲良くなった令嬢たちとも久しぶりに会えて嬉しかった。

「パーティーに出るのは久しぶりだよ」
「わたくしもです」

 お互いに黒色のせいで、人の集まる場所にいい思い出がなかった。

「でも、これからは違うね」
「はい」

 フィリアンクの優しい眼差しに気づき、自然と笑みが浮かんだ。
 ウィンリーナは差し伸べた彼の腕にそっと手を添える。ゆっくり歩き始めた彼の歩調は、ウィンリーナにも歩きやすかった。

 彼と一緒に行く先をいつまでも見ていたい。彼の温もりを感じながら、ウィンリーナはそう心の底から願っていた。

《完》
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