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21、ナーセルンと愛人

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 アグニス国、王城にあるナーセルンの部屋には、部屋の主人と、彼女の愛人であるサーバーク公がいた。
 人払いをしており、ソファにナーセルンが相手に寄り添うように座っている。
 昼間からの堂々とした逢引きである。ところが、ナーセルンは相手を睨みつけ、男性のほうは物憂げな顔をしている。
 連日の雨で窓から差す陽の光は弱い。どんよりしているのは、部屋の中だけではなかった。

 昨日、王族の勤めとして、ナーセルンは城で結界魔法の仕事があった。これがなければ国内に魔物が大量発生してしまう。大事な役目だ。王の子たちの担当地区はウィンリーナがいなくなったため、兄ルンフィードとナーセルンの二人で行うことになった。

「リナがいなくなっても、大して変わりはありませんわ」

 禍つ色の助力など、今まで期待などしていなかった。土地には境界を示す結界石が置かれている。それを支点に覆うように結界魔法を兄と二人で展開していくのだが、いつものように魔力を消費しても強度が全然足りなかった。どんどん吸われるように魔力が体から抜けていく。

「ちょっとお兄様! 手を抜くのは止めてくださいませんこと!?」
「ナーセこそ、真面目にやっているのかい!?」

 兄の必死の様子から嘘ではないようだった。無事に終わったときには二人とも全力疾走したみたいに息も絶え絶えで疲労困憊になるくらいの有様だった。床に膝と手をついて肩で息をしていた。

「はぁはぁ、リナがいないと、こんなに疲労するなんておかしくないか?」

 兄の言葉にナーセルンは何も答えられなかった。こんなこと、あり得なかった。いつもなら鼻歌できるほど余裕で終わっていたのに。
 まさか妹がいないだけで、こんなに魔力を消費するなんて思いもよらなかった。

「一人抜けて、いつもと勝手が違ったから、調子がおかしかったですわ」

 そうに決まっていた。
 でも、兄はそれに納得しなかった。

「そうかな。実は、リナがいなくなって心配だったから、彼女の担当地区を先日見に行ったんだ。そうしたら、やたら作物が元気だった。一体何をしたら、あんなに結果が変わるんだろうね。ナーセは何か聞いてないか?」

 ウィンリーナには何もするなと命令したので、彼女が何かしたとは思えなかった。念のために侍女に妹の動向を見張らせていたが、城から出たという話も聞かない。

「残念ながら、ただの偶然かと思いますわ」

 妹が監視の目をくぐり抜けて、何かできたとは思えない。支給金すら手元にないというのに。

 妹がいなくなって清々したはずなのに、不在なままでも不快にさせるなんて、さすが禍いと称されるだけあった。

 だから本日、気分転換に愛人のサーバーク公を呼び出したのだが、彼から驚くべきことを言われたのだ。兵士をこれ以上は貸せないと。
 暑い中、兵士たちに無理して作業をさせたら熱中症になったそうだ。
 兵士たちは彼の優しさに甘えているだけだとナーセルンは主張し、脅してでも働かせるべきだと主張したが、彼はそれを拒否した。辞められたら自分の評判が下がるという理由だけで。

「そんな無礼な人は処罰すればいいんだわ」

 いつも妹が生意気な態度をとったとき、ナーセルンはお仕置きして言うことを聞かせていた。

 その言い分にサーバーク公は呆れたようにため息をつく。

「悪いが、あなたの課題にはこれ以上は手を貸せない」

 サーバーク公の断言にもう説得は効かないと悟り、ナーセルンは引き下がるしかなかった。

「分かったわ。でも、あなたの弟が王配になれるチャンスを台無しになってしまってもいいのね?」
「……」

 念のために確認すると、サーバーク公に少し迷いが生じていた。幸いなことに、まだ付け入る隙があったようだ。

「兵士には可哀想なことをして反省しているわ。でも、今は雨のせいで休めているじゃない。次からは気をつけるから、ねぇお願い」

 王女である自分が頭を下げるなんて屈辱だったが、下手に出てサーバーク公が頷いてくれるなら安いものだ。
 弟の婚約者に手を出した彼は、押しに少し弱かった。

 彼は病気の手当を条件に納得してくれた。

 ナーセルンが女王になり、彼の弟が王配になれば所領が増える。後ろ盾の公爵家も増々権威が強くなる。お互いに利を得ることができる。

「フフフ、悪い人ね」
「そういうお前も悪い女だろう」

 ほくそ笑む二人の顔が近づき、唇が合わさった。今度こそ何もかもうまくいく。そう信じて疑わなかった。
 ところが、先に進もうとしたら、彼の手によって拒まれる。

「今日はその気にならないんだ」
「……そうなの」

 ナーセルンは舌打ちした気分になった。
 彼は見た目も良く、丁寧で気持ちよくさせてくれるが、淡泊な点に不満を持っていた。兄弟合わせてナーセルンにはちょうどよいくらいの関係だった。
 
 妹の任務が失敗したという決定的な報告がまだ届かないのもあり、ナーセルンを苛立て続ける。

(そうよ、妹はきっと失敗したと言いづらいのかもしれないわ。だから、私から結果はともかく帰ってくるように言ってあげるべきね。まぁ、なんて妹想いの優しい姉なんでしょう!)

 ナーセルンは傷心して帰ってくる妹を想像して、思わず口元に意地の悪い笑みを浮かべていた。

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