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14、買収も悪女の手段

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「リナ様、モテモテですわね」

 フィルトと部屋の前で別れた直後、着替えでアニスと二人きりになったとき、彼女がウィンリーナに耳打ちしてきた。驚いて彼女を見つめると、楽しそうな茶褐色の瞳とぶつかった。

「本気でリナ様に惚れてしまって、殿下に奪われたくないみたいですね」
「えっ?」

 アニスの発言に思わず耳を疑った。先ほど見たフィルトの熱い眼差しを思い出して、勝手にドキドキして落ち着かなくなる。

「ま、まさか。そんなことあるはずないわ。だって、彼は殿下の部下で、わたくしは妃候補ですから。彼は親切なだけで、アニスが言うような殿下を裏切る真似をする理由がありません」
「リナ様がとても魅力的だからだと思いますよ。まぁ、自信が持てないのは元の環境がひどかったせいでしょうから、仕方がないですけど」

 アニスはいつもほめ過ぎだと思う。
 でも、この国に来てから良いことばかりだから、いつもより受け入れやすかった。

「でも、ありがとうアニス。褒めてくれて嬉しいわ」
「あら、リナ様が素直だなんて、明日は雨が降るかもしれませんね」

 素直に礼を言えば、彼女に茶化されてしまった。でも、その彼女の気さくさが好ましかった。

「妃の選考でもし落ちたとき、セングレー卿の妻を狙ってみるのもいいのではないでしょうか。せっかく男爵家の養女となったのですから、このまま故郷に戻らず、この国で暮らしてもいいと思います」
「そうね……」

 そう答えたものの、アニスを心配させたくなくて本当のことを言えなかった。
 魔法の契約のことを。
 母に命じられた内容は、「最低一年間は、密偵に努めるように。失敗したら国に戻ること」だった。
 本当は第二王子の篭絡に失敗したら、すぐに戻ると思っていた。

「王妃陛下、なぜ一年間なのですか?」
「せっかくスーリアに入国できる機会なのだ。情報を集めてもらいたい」

 ウィンリーナの疑問に対して、そう母は説明していた。
 思い出すだけで、胸がじわりと痛む。

「でも、殿下がダメだったら狙うだなんて、フィル様に失礼だと思うわ」
「そんなことを言ったら失恋から立ち直れませんよ」
「そうかしら?」

 フィリアンク殿下に対しては論文の件で尊敬はしているが、恋愛感情はまるでなかった。

「そうそう、気にしすぎですよ。でも、気になる相手はきちんとお調べしたほうがいいですよね。セングレー卿について、誰に聞けば教えてくれるでしょうか」

 アニスの言葉を聞いて思い出す。敵を知ることは重要だと母も言っていた。
 策略で家臣を従え、国を治める母の言葉は重い。一つも聞き流せなかった。

 アニスが首を傾げた直後、すぐに目を大きく見開き、何か思いついたようだ。

「王都の商家出身のメルシルンなら、顧客である貴族の情報にも詳しいと思いますので適任かと思います。ですが、彼女は引き受けてくれるでしょうか」

 アニスは渋い顔をしている。今までの経緯を踏まえるなら、難しいだろう。すぐに断られそうだ。
 よい案が浮かばない。
 こういうとき、母や姉はどうしただろうか――。

『黙っていてほしかったら、わたくしの言うことをきくことね。手始めにあなたに支給されている支度金をいただこうかしら? あなたに新品のドレスは分不相応でしょう?』

 姉の言葉がふと脳裏によみがえる。あのときは、侍女を雇う費用だけは残してくれと懇願した覚えがあった。一人も侍女がいなければ体面が悪いと言って、姉に渋々納得してもらったが。

(そうよ。この手があったわ!)

「そうね。もう一度頼んでみましょうか。でも、今は彼のことよりも、殿下や選考に通過した女性たちの情報を知りたいわ」
「はい、分かりましたわ。では、メルシルンを呼んで参りますね」

 会話をしている最中にアニスのおかげで手際よく着替えは終わっていた。

「で、何の用ですか?」

 呼び出されたメルシルンは、不満を隠そうともしない態度だった。口まで尖っている。

「実はね、あなたに聞きたいことがあったの」
「前にも言いましたけど、知っていたとしても、教えるつもりはないですよ」
「ええ、分かっているわ。あなたはお養母様に仕えているだけで、わたくしに仕えているわけではありませんから」
「それを分かっていて、どうして呼び出したんですか? 無駄じゃないですか」
「ええ、だからわたくしもお養母様のように対価を払おうと思ったのです」
「対価?」

 メルシルンの反応が著しく変わった。こっちを見る目つきが、馬鹿にする様子から、交渉モードに切り替わったみたいだった。

「そうです。あなたがわたくしに尽くす義理はないのですから、サービスに対しては相応の対価が必要だと気づいたのです。引き受けてくださらないかしら? 是非あなたの協力が必要なのです」

 姉の口止め料からこの案を思いついていた。何事も対価は必要だと。

「そうですね。取引ならしてあげないこともないですね」

 そう不遜に答えたメルシルンの眼鏡の奥で、彼女の緑の瞳がキランと怪しく光った気がした。
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